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第23話 一方その頃④ 断罪される豚令嬢たち

 応接間では、ヴァネッサとプリシラが笑っていた。


 マールのことを、役立たずだの、勝手に死んだだのと口にしながら。自分たちが何をしたのかも分からないまま、ただ愉快そうに。



 その笑い声の中で、ルシアン・ヴェイルは無言で立ち上がった。


 次の瞬間。

 ピシリと、空気が変わる。


 屋敷が、ミシッと鳴った。床石が軋み、壁が低く唸る。窓ガラスが、細かく震えた。怒りが、魔力となって漏れ出している。それだけで、場の空気は一変していた。


「……な、なに……?」


 プリシラの声が上ずる。さっきまでの余裕は、きれいに消えていた。


「じ、地震……? 違う……わよね……?」


 ヴァネッサも慌てて周囲を見回す。だが、崩れている場所はどこにもない。変わったのは、空気だった。


 ルシアンは二人を見た。

 怒っていることは、誰の目にも明らかだ。だが、その表情にも声にも、感情は込められていない。



「……その幼女は」


 淡々と、告げる。


「アルマティア王家の血を引く方です」


 一瞬。

 応接間が、静まり返った。


「――は?」


 プリシラの口から、間の抜けた声が零れる。


「な、なにを言って……そんな話、聞いてないわ!」


 ヴァネッサが慌てて立ち上がる。


「王家の血? あの子が? 冗談でしょう!」

「あなた方が粗末に扱い、見捨てたのは」


 一歩、近づく。


「ただの使用人ではありません。この国の未来を左右する偉大なるお方です」


 床石が、みしりと音を立てた。


「ひっ……!」

「そ、そんな……!」


 ヴァネッサは必死に首を振る。


「知っていれば……知っていれば、丁重に扱っていましたわ!」

「そうよ! 分かっていれば、あんなこと……!」


 プリシラも縋るように頷く。

 ルシアンは、声を荒らげない。



「王城からは、何度も親書が届いているはずです」


 二人の顔色が、目に見えて変わった。


「それにマール様の保護に対する支援と補助金も、定期的にあなた方のもとへ届いていたはずです」


 沈黙が落ちる。

 その静寂の中で、ルシアンの視線は二人と応接間を静かに捉えていた。


 過剰な装飾のドレス。場違いな宝石。

 金がどこへ消えたのか。

 そして、誰のために使われたのか。

 答えは一目瞭然だった。


 その金は、マールには一切使われていない。すべて――この二人の、贅沢のために消費されていた。



「……あれは……」


 ヴァネッサが、絞り出すように言う。


「魔の森の守護の……報酬だと……」


 ルシアンは、きっぱりと告げた。


「それは別途、当主である辺境伯に直接支給されています。そもそも――」


 冷えた声で、続ける。


「あなた方は、魔の森の防衛に何一つ、貢献していない」


 ルシアンは言い切り、二人を見据えた。



 沈黙が落ちる。

 それは思案のための間ではない。裁きが次へ進むための、ただの区切りだった。


「加えて確認しますが――」


 声は低く、淡々としている。


「現在、辺境伯当主は行方不明のようですね?」


 ヴァネッサの喉が、ひくりと鳴った。


「指揮官不在のまま、防衛拠点は事実上機能停止。結界の異変と魔獣被害は、各地で同時多発しています」


 感情は込められていない。

 だからこそ、それは否定しようのない事実として突き刺さった。



「この状況を受け、王国は正式介入が必要だと判断しました」


 二人の顔から、血の気が引いていく。


「よって、これより国王代理としての権限を執行します」


 宣告は、続く。


「辺境防衛の継続は不可能と判断し、辺境伯の権限を一時停止。屋敷および関連資産は王国管理下に置き、すべて差し押さえ対象とします」

「そんな……!」


 ヴァネッサが、声を裏返らせた。


「私は正妻よ。辺境伯家のあるじなのよ。こんなの、間違っているわ!」

「お願い……助けて……貴方には人の心が無いの!?」


 プリシラは床に崩れ落ち、絨毯に縋りついた。必死に手を伸ばす。その姿は、哀れで、みっともなかった。


「いま、なんと?」

「「ひぃっ!?」」


 ルシアンは鋭いまなざしで、ようやく二人を正面から見た。


「……ひとつ、聞きます」


 間を置き、静かに続ける。


「あなた方は、同じ危機的状況でマール様に手を差し伸べましたか?」


 ヴァネッサは、口を開いたまま固まった。プリシラの手が、力なく床に落ちる。彼女らに救いは、最初から存在しなかったのである。



「これから私たちはどうすれば……」


 縋りつこうとするヴァネッサから距離を置きつつ、ルシアンはゆっくりと鬼の仮面を手に取った。


 黒く、無骨で、威圧的な仮面だ。

 それを顔に近づけながら、彼は静かに言い放つ。


「安心しなさい」


 声は落ち着いている。

 あまりに落ち着きすぎていて、かえって異様だった。


「マール様が本当に亡くなっていれば――この国は、どうせ終わりです」

「なっ、あんな役立たずの子がどうして……」

「その理由を知ろうとしたのが、あまりにも遅すぎましたね。彼女の素晴らしさなら、いくらでも僕が教えて差し上げたのに」


 王からの親書にそのことが書いてあったのかもしれない。そうでなくとも、夫の言いつけをしっかり守っていればこんなことには――。


 ――後悔しても、もう遅い。

 ヴァネッサとプリシラの顔から、血の気が一気に引く。互いに縋りつき、震えながら抱き合った。



 ルシアンはその様子を、冷静に観察していた。責任転嫁。他人任せ。そして現実逃避――自分たちの行いと向き合う意思は、どこにもない。


(……兵が来る前に、屋敷から逃げる可能性は高いですね)


 だが、すぐに結論は出る。


(逃げたところで、何ができるわけでもない)


 今さら行き場もない。

 味方もいない。


(本心で言えば、この場で斬り捨ててやりたい気分ですが……)


 心から敬愛するマールを傷つけた罪は万死に値する。だが同時に、このような醜い豚たちを一方的な暴力で痛めつけたとあれば騎士道に反する。なにより心優しいマールは、そんなことをしても喜ばないであろう。


 というわけでルシアンは、あえて拘束しないことを選んだ。


 震える二人を背に、踵を返す。必要な情報はすでに揃っていた。これ以上ここに留まる理由はなく、ルシアンは一刻も早く、この場を離れたかった。



 応接間を出た途端、屋敷は不気味なほど静まり返っていた。


「……ああは言いましたが」


 廊下を歩きながら、ぽつりと独白する。


「僕は、マール様が亡くなったとは微塵も思えません!!」


 急に声が弾んだ。

 先ほどまでの冷え切った裁定者は、どこにもいない。


「ふふ、ふふふっ……間違いない、まだあの方の生命の息吹を感じますからねっ」


 自信満々だった。根拠は本人の中にしかない。屋敷を出て、ルシアンは魔の森の方角を見やる。そこで一度、立ち止まった。



(さて……今後の方針ですが)


 光が集まり、彼の指先に純白の伝令鳩が現れる。王族と一部の関係者しか知らない魔術式による、秘匿性の高い伝令だ。


 ルシアンはさらさらと筆を走らせた。


 王へ。

 辺境伯家の現状と、執行した断罪の内容を簡潔に。そして同じ文面を、近隣で信頼できる貴族にも託す。


「これでいいでしょう。あとは王都へ戻るだけですが――」


 本来であれば帰還し、直接報告すべき立場である。だが――


(……いえ。マール様のご無事を、この目で確かめるまでは帰れませんね)


 そして、筆を止めることなく、もう一通。王への追加の手紙には、こう記した。


『陛下は今もなお、マール様の身を深く案じておられることでしょう。そして自分は、そのお気持ちを預かる代理人として、直接確認する必要があります。よって僕は帰還せず、このままマール様を追跡いたします!!』


 純白の伝令鳩は、光の粒子となって空へ舞い上がった。その背を見送りながら、ルシアンは自分に言い聞かせる。


 これは私情ではない。

 王命の延長だ。


 そう。断じて、私情ではない。実に都合のいい解釈である。



「待っていてください、僕の心の聖女、マール様! このルシアンが、必ずあなた様を見つけ出し、傷ついたお心を癒して差し上げますから!」


 もはや勢いは、姫を救う王子そのものだった。

 ルシアンは馬へと向かう。


 ――彼はまだ知らない。

 その幼い王女が、すでに居場所と幸せを見つけていることを。



拙作をお読みいただき、本当にありがとうございます。

皆さまからの応援が、日々筆を取る力になっています。

もしお気に召しましたら、★評価などいただけましたら嬉しく、今後の創作の励みになります。

これからも少しでも楽しんでいただける物語を紡いでいければと思っております。

心より感謝をこめて──今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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