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第21話 甘いものは友達の基本?


 カルデサックの街は、昼前になると一層にぎやかになる。通りには屋台や店が並び、甘い香りや焼き菓子の匂いが風に乗って漂っていた。


 レティシアは歩きながら、ちらりと隣を盗み見る。


 マールは相変わらず、きょろきょろと落ち着きなく周囲を見回していた。さっきまで鍛錬場で何時間も結界を維持していたとは思えないほど、元気そうだ。


(……ほんと、よく分からない子)



「ねえ、マール」


 呼び止めてから、指先で通りの一角を示す。


「最近のトレンド、知ってる?」


 返事を待たずに、得意げに言い切った。


「カルデサックの流行最先端――それはコブラ苺よ! 甘くて美味しくて、それになんと言っても希少で、中々食べることができないの!」


 果物屋の店先には、艶のある赤い苺が大切そうに並べられている。ひと粒ひと粒が大きく、値札を見れば“高級品”であることは一目で分かった。



「ふふふふ……今日は特別に、アタシが奢ってあげる!」


 どや、と胸を反らす。


 マールの目が、ぱあっと輝いた。


「ほんとに!? あ、でも……」


 けれど、その次の言葉が続かない。

 口を開いては閉じ、なぜか視線を逸らしている。


「……? なによ、変な顔しちゃって」


 訝しんだ、そのときだった。



「――あら、マールちゃん」


 果物屋の奥から、店主の女性が顔を出す。


「いつもコブラ苺を採ってきてくれて、ありがとうねぇ」


 その一言で、空気がぴたりと止まった。


「……は?」


 レティシアの口から、間の抜けた声が零れる。


「え、ちょっと、どういうことよ!」


 慌ててマールを見ると、彼女は肩をすくめるようにして、もじもじと指先を絡めた。


「えっと……生活のためにときどき取りに行ってて……」


 小さく、申し訳なさそうな声。


(と、取りに行ってる? この子が!?)


 頭の中で、その言葉を反芻する。


 希少で、滅多に手に入らない高級果物。

 それを“採ってきている側”。


 さっきまで、自分は知識をひけらかして、どや顔で奢る気満々だったというのに。



(……なにやってんの、アタシ)


 顔に、かあっと熱が集まる。


「でも、マールはレティシアちゃんと一緒に食べられたら嬉しいな……」

「と、当然でしょ!」


 思わず、声が強くなった。


「このアタシと食べること自体が何より貴重なのよ! ありがたく思いなさい!!」


 自分でも苦しい言い訳だと分かっている。

 それでも止まらなかった。


(……恥ずかしすぎる)


 マールは、きょとんとしたままレティシアを見上げている。その無自覚さが、余計に居心地を悪くさせた。


 レティシアは顔を背け、腕を組む。


「……と、とにかく!」


 咳払いを一つ。


「このアタシが奢ってあげるって言ってるんだから。ついてきなさい」


 そう言って、さっさと店先に向かう。

 背中越しに、マールの弾んだ声が聞こえた。


「うん!」


 その返事を聞いて、レティシアはさらに顔を赤くした。


(ほんと、調子狂うわね……)



 そうしてコブラ苺を堪能した二人は、通りを少し離れ、街角の食堂に入った。昼どきの店内は活気に満ち、鍋の煮える音や食器の触れ合う音が絶え間なく響いている。


 レティシアは席に着くなり、卓上のメニューをひったくるように開いた。


「これと、これ。それからこっちも」


 指先で次々と示し、迷いなく注文を入れていく。


「レティシアちゃん、たくさん食べるね!」

「当然でしょ。食べることもトレーニングの一環だもの」


 運ばれてきた料理に、レティシアは遠慮もなく手を伸ばした。肉を頬張り、パンをちぎり、スープを啜る。その食べ方は豪快で、気持ちいいほどだった。



 一方で向かいに座るマールの皿は、ずいぶんと控えめだった。少量を、ゆっくり。一口一口、確かめるように噛んでいる。


 しばらくして、レティシアは眉をひそめた。


「……アンタ、少食すぎじゃない? いつもそんな調子なワケ?」

「う、うん」

「はぁ~、だからそんなガリガリなのよ」


 マールは一瞬、きょとんとした。

 それから、少しだけ視線を伏せる。


「……ずっと、ごはん……もらえなかったから」


 その一言に、レティシアの動きが止まった。


「……は?」


 意味が、すぐに繋がらない。

 問い返す代わりに、黙って続きを待つと、マールはぽつぽつと話し始めた。


 辺境伯家での生活。

 役に立たないと判断され、後回しにされた食事。

 空腹が当たり前だった日々。


 話は淡々としていた。

 恨み言も、悲しみも、語られない。


 それが、余計に胸に刺さる。



「……そんなの」


 レティシアの喉が、ひくりと鳴った。


「許せない……!」


 次の瞬間、椅子が派手な音を立てて倒れる。


「今からその家、ぶっ壊してきてあげるわ!!」


 立ち上がったレティシアの目には、はっきりと涙が浮かんでいた。


「だ、だいじょうぶ!」


 マールが慌てて席を立ち、必死に腕を掴む。


「いまは……しあわせだから!」


 ぎゅっと腕を掴んだまま、マールは慌てて言葉を重ねた。


「レグルスおじさんたちが……いっぱい、ごはんくれるし……」


 指先に、少しだけ力がこもる。


「結界も……役に立つって、言ってもらえたの。ここではマールにも……できること、あるって……」


 そこで一度、言葉が途切れる。

 でも、俯かなかった。


「それが……すごく、うれしくて」


 拙い言葉。

 ゆっくりで、噛みしめるような告白。


「だから……いまは……しあわせ」


 その言葉に、レティシアの身体がびくりと震えた。



 しばらくして、彼女は拳を握りしめながら椅子に座り直す。


(……弱くて人に流されてばっかりだと思ってた子が)


 こんな過去を抱えて。それでも、必死に自分の居場所を見つけようとして。こんなふうに笑っている。


 胸が、ぎゅっと締めつけられた。

 レティシアは俯いたまま、ぐいっと涙を拭った。


(……ほんと、放っておけない子)


 向かいでは、マールが心配そうにこちらを見ている。その視線から逃げるように、レティシアは再び料理に手を伸ばした。



 食事を終えたあと、二人は街をぶらぶらと歩くことにした。


「ねぇ、こっちのお店に行ってみましょうよ!」


 可愛い服で有名な服飾店に、何気なく向かってみたものの。普段からオシャレに興味が無く、どちらかというと武器や防具の方が関心があるマールとレティシア。


 結局は早々に店を出てしまった二人の足は、自然とその隣――小さな魔導具屋へと向かっていた。


「ついでだし、こっちも入ってみる?」

「うん!」


 店内はこぢんまりとしているが、木製の棚とガラスケースが壁沿いに配置され、細工の施された品々が所狭しと並んでいた。ペンダントや指輪、耳飾りに混じって、簡易魔導具や装飾用の結晶も置かれている。カウンターの奥では、丸眼鏡をかけた老婆の店主が穏やかな笑みで幼い客たちを見守っていた。


 レティシアは、ふと足を止める。



「ふーん、ピンチのときに音が鳴る魔導具ですって。こんなのもあるのね」


 そんなことを言いながら手に取ると、迷いなくカウンターへと足を運ぶ。


「レティシアちゃん、それ買うの?」


 マールが、きょとんとした顔で見る。


「別に高いものじゃないし、アンタにあげるわよ」

「え……?」

「な、なによ。その驚いた顔」


 一拍。視線を逸らし、腕を組んで言った。


「その……友達候補記念よ。それ以上の深い意味はないわ!」


 そう言って、レティシアは購入したばかりの小さなペンダントをマールにずいっと差し出した。素朴だけれど、結界を思わせる円環の意匠が刻まれている。


 マールは、ぱっと顔を明るくした。


「いいの……?」

「こ、このアタシがいいって言ってるでしょ! ほら、アタシの気が変わらないうちに受け取りなさいよ!」


 そっぽを向いたまま、言い切る。

 それを受け取ったマールは、しばらく悩むように店内を見回し――やがて一つを手に取った。


 大きくて、可愛いリボン。派手すぎず、でも目を引く色合いだ。



「これ、レティシアちゃんに」

「……は?」


 差し出されたそれを見て、眉をひそめる。


「お返し」


 短い一言。

 レティシアは数秒、黙ったままリボンとマールの顔を見比べ――ふん、と鼻を鳴らした。


「……まあ、貰っといてあげるわよ」


 そう言って受け取る。

 だがその顔は誰の目にも真っ赤に染まって見えた。口も“によによ”と緩んでいる。そんな微笑ましい二人のお客を、店主はニコニコと見送った。



 夕暮れ。


「楽しかったね、レティシアちゃん!」


 マールはそう言って、ぎゅっとペンダントを握りしめた。夕暮れの光を受けて、円環の飾りが小さくきらめく。


「ま、まぁ気分転換にはなったわよ」


 ぶっきらぼうに答えながら、レティシアは自分の髪に結ばれたリボンに、無意識に指を伸ばした。


 街灯に火が入り始め、通りを行き交う人々の影が長く伸びる。昼間の喧騒が少しずつ落ち着き、カルデサックの街は、穏やかな夜の顔へと変わりつつあった。


 別れ際、レティシアは足を止めた。


(……弱いと思ってた……足手まといだと思ってた)


 でも、本当は。

 誰よりも前を向いて。転んでも、立ち上がって。自分の居場所を掴もうとしている子だった。


 友達なんて、いらないと思っていた。比べられるのが怖くて。失うのが怖くて。

 けれど。

 目の前で笑う、この子を見ていると――



「……まあ」


 小さく、呟く。


「友達ってのも悪くはないわね」


 マールが、ぱっと笑った。

 レティシアはこの日、初めて“誰かと一緒にいる時間”を悪くないと思ったのだった。





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