物思う
夜の寝室に佇む蓮瑛は、深く溜息を吐いた。
昼間の会見でシンシャと婚姻についての結論が先延ばしになってしまったことに対して、彼女は少なからず落胆していた。
蓮瑛は早くに両親と死別し、養家でも気が休まることはなかった。皇宮に迎えられた後も冷遇され、巫女としての評判が芳しくない中で、彼女の心は安らぎと他者からの優しさを求めていたのだった。そんな彼女の前に現れたシンシャという人物は、まるで蓮瑛の願いを形にしたような存在であったのである。
その美しい容姿と、温かく優しい性格。蓮瑛は初めての出会いから、シンシャに心を許し、彼への想いが芽生えたのだった。彼のことを信じ、心から愛そうと決意した。だからこそ、どんな事情があるとはいえ結婚が先延ばしになったことは、彼女を打ちのめしたのである。
しかし、蓮瑛はもう一度よく考えてみる。
「……シンシャ様が本当に素晴らしい御方だと思うのなら、私のようにあの方をお慕いする人がいてもおかしくはないわ。そして、その誰かをシンシャ様は愛しているのかもしれない」
そう考えると、蓮瑛は自分の存在が迷惑であるかのように感じ、恥じ入る気持ちが膨れ上がって来た。
蓮瑛の脳裏にはシンシャにお似合いの美しく嫋やかな女性が彼に寄り添い、彼もまた恋人を愛しそうに見つめている様子が浮かんできた。自分のように無能で痩せぎすな女は相応しくないだろうと、また溜息を吐く。
眠りも浅いまま、朝を迎えた蓮瑛は、朝の支度にやって来たメイリンに問い掛けた。
「ねぇ、メイリン。正直に話して欲しいの」
「急に、どうなさったんですか?」
「シンシャ様には恋人がいらっしゃるのではないの?皆、優しいから黙っているだけで」
蓮瑛は不安げな表情でメイリンを見つめた。メイリンはしばらく黙り込んでから、ゆっくりと口を答えた。
「蓮瑛様。私は陛下のことを幼い頃から存じておりますが、そのような方の話は聞いたことがありません」
「でも、あのように素晴らしい方であれば、女性は放っておかないでしょう?」
「もちろん、陛下は魅力的な方ですから、慕う者が多いのは事実です。けれども、御自身の結婚が国の行く末に関わるということを考えれば、陛下も慎重にならざるを得ないでしょう」
つまり自分の気持ちよりも、政を優先して妃を決めるということのなのだろう。そうであるのなら、龍の巫女の力も無い平民の自分はシンシャに相応しくないのだと蓮瑛は理解した。けれど理解しながらも、やはり心は乱れたまま落ち着くことはない。
「それでは、いずれ現れる御妃様の為に、私がここにいては邪魔なのではないかしら?」
物憂げに話す蓮瑛がシンシャへ好意を抱いていることにメイリンは気づいた。そして命令とはいえ、輿入れするつもりで蓮瑛が碧砂国にやって来たことも知っているメイリンは、すぐに答えることは出来ない。シンシャが誰と結婚するかなど一介の侍女の関知するところではなく、また楽観的に励ましたところで覆されてしまって傷つくのは蓮瑛だからだ。
「陛下は、懐に迎え入れた者を放り出すような無責任な御方ではありません。もし御心配であれば、再び場を設けてお互いに話をするのはいかがでしょうか」
メイリンの提案に蓮瑛はほんのり微笑みながら頷いた。彼女が気に掛けてくれることに安心感を覚えたのだ。
「メイリン、ありがとう。でも、私のことでシンシャ様を煩わせるのは心苦しいわ。御都合の良い時間があったら知らせて欲しいの」
「蓮瑛様は大切な御客様なのですから、もう少し我が儘を仰ってもよろしいのですよ?」
気遣ってくれるメイリンの気持ちは嬉しかったが、自分のような人間が他人の時間を奪うなんて申し訳なくて蓮瑛には出来なかった。
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