会見
医者の許可が出て、シンシャとの会見が叶ったのは翌日のことだった。
王の執務室に案内されて扉を開けると、奥にいたシンシャの姿に蓮瑛はとても驚いた。
彼はオアシスで会った時の衣装とは違い、もう少し楽な衣装で頭も顔も出している。その髪は動きやすいようにまとめてあるが、見たこともない金色だった。蓮瑛は息を呑み、彼の姿に再び圧倒されてしまったのだ。
蓮瑛が動かないことに気づいたシンシャが声を掛けた。
「蓮瑛殿?」
呼びかけに応え、蓮瑛は少し戸惑いながらも顔を上げる。しかし、彼女は迷いを振り払い、心の中で自分に言い聞かせるように頭を振った。
「私のことは、ただの蓮瑛とお呼びください」
と、彼女は慌てて返事をした。彼女は今までの自分の立場を忘れければならないと自戒する。自分は龍の巫女を解任された、ただの女でしかないのだ。控えめな姿勢であり続けなければならないと自覚していた。
それを見たシンシャは一方で感心し、また一方で少し戸惑いを覚えた。
これまでの地位に固執し、それを失った後も傲慢な態度を取る者のいる中、自分の立場を理解して弁えた態度を取ることはなかなか出来ることではない。だが、これまで龍の巫女として傅かれきたはずの人間の反応とは到底思えなかったのも事実である。
シンシャは蓮瑛に椅子に座るように促し、会見は始まった。
「蓮瑛。我々はこの三日間、龍華国と龍の巫女について調べていた。貴女と隊長がオアシスで話していた通り、既に後任の巫女が現れており、大切にされているようだ」
蓮瑛は聞き入るように頷いた。蒼天殿で出会ったあの美しい女性が、人々から敬われ、大切にされているのだと思うと、胸がつかえたような感じがして苦しい。嫉妬に心を振り回されているのかと愚かな己が恨めしいと蓮瑛は唇を噛む。
「前任の巫女についての噂も耳に入って来た。無能で怠け者と言われ、神の怒りを買わないように砂漠の地に放逐されたと言う話だ」
確かに蓮瑛は力が発揮できない無能な巫女だったが、怠けていたわけではなかった。
夜明け前から夜更けまで神殿で祈りを捧げ、真冬も冷たい水で身を清めて巫女の力を高めようとしたが、その結果は徒労に終わっただけだった。長い時間を修行に捧げたと言うのに、体は重くなるばかりで巫女の力が高まることはなかったのだ。祈りは天に届かず、果たして巫女としての適性があるのか、自問自答する日々だった。
だが、そんな愚痴を吐き出したところで困らせてしまうだけだと、蓮瑛は目元に浮かんでくる涙をグッと堪える。
「後任の巫女が大切にされていると聞いて安心いたしました。龍華国にとって、私がいなくとも大丈夫なのですね……」
彼女の健気な様子をシンシャは心配そうに見つめながら、言葉を続ける。
「もし龍華国に帰りたいと思うなら、貴女が故郷に帰ることができるように取り計らうが?」
「いいえ。私は帰りたくはありません」
蓮瑛は静かに首を横に振り、ハッキリと拒絶した。そして自分の出自を打ち明ける。
幼い頃に両親を亡くし、人買いに売られるところを、幸いにも遠縁の者に引き取られたと蓮瑛は語る。その後は親族によって教育を受けたが、その背景には政略結婚への意図があったのだろうと彼女自身も察していた。
美しい少女を養女にして、都合の良い家に嫁がせるなどよくある話である。
引き取ってくれた夫婦に恩義はあるが、彼らの息子達からは時折いやらしい目で見られていたことを蓮瑛は感じていた。それは微妙な言葉や視線の中にこめられた微笑みや嘲笑によって表れ、彼らへの嫌悪と恩義が混ざり合い、複雑な思いを抱えていたのである。
問題が起きる前に神託が下り、皇宮に引き取られたのであった。
「御役目も果たせず放逐された女に、戻る家などありません。許されるのあれば、この国に置いていただけないでしょうか?」
シンシャは蓮瑛の覚悟を受け入れ、自らが後見となることを提案した。
「貴女がいたいと思うだけいてくれて構わない。私が後見となろう。もちろん最初は監視をつけるが、問題がなければ自由だ」
それを聞いて蓮瑛の心は踊った。彼の目には優しさと信頼が宿っていて、それが蓮瑛の内なる不安を癒してくれるようだった。彼の支えになりたいと思う気持ちが胸に湧き上がり、初めて希望の光を見つけたような気がした。
「ありがとうございます……陛下の御役に立てるのなら、どのようなことでも致します」
蓮瑛は深く深く頭を下げた。会って間もない人だけれど、彼の為に何か役に立つことがしたいと言う気持ちが湧いて来る。つまらない雑用や人が嫌がる仕事でも、それがこの美しい王の為になるのなら頑張ろうと思ったのだ。
「役目、という意味で、我々の結婚について話さなければならない」
蓮瑛は静かに頷く。結婚は、彼女がこの地に来ることにあった真の目的であり、避けては通れない話題であった。
「貴女は花嫁として碧砂国へ向かうように命じられたのかもしれないが、我が国は龍の巫女を貰い受けるという話だった。力を失った巫女では話が違う。龍華国は我が国を偽った故に、貴女への命令は無効だ」
シンシャの言う通り、龍の巫女ではない蓮瑛を娶ることに碧砂国に何の旨味も無い。無価値な存在なのだと突きつけられたような気がして、けれどシンシャはもちろんそんなことを言っては無いし、そんなことも思ってもいないだろう。ただの被害妄想なのだと言い聞かせ、蓮瑛はグッと口を引き結ぶ。気を抜いてしまえば情けなく泣いて縋ってしまいたくなるからだ。
「だが、龍華国の意図も分かっていない今、安易に無効と返答するのも危険だろう。今はまず、貴女の健康状態を理由に保留としておくのが妥当だと考えるのだが。いかがだろうか?」
その提案、蓮瑛は素直に頷いた。
「陛下の御配慮に感謝申し上げます……」
気遣ってくれたのだと頭では分かっていても、心の中では結婚の話が保留になったことを蓮瑛は少し残念に思うのだった。
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