頓挫した計画
「そうだとしても、尊い龍の巫女であることは変わりませんわ」
香蘭の声には怒りと高慢さが交じり合っていた。彼女は自分が偽りの巫女であることは分かっていたが、それを他人に指摘されることには激しく反発した。
しかし、天曜は依然として冷笑を浮かべ、香蘭の言葉を軽蔑の眼差しで見つめた。
「尊い龍の巫女、だって?その称賛を享受するべき人間を追い出しておいて、よくもそんな厚顔無恥なことを言えたものだな」
天曜の言葉は辛辣で、香蘭の誇りを傷つけるものだった。彼の言葉は事実だ。けれど、香蘭は自分の立場を守りたかった。
「貴方に何と言われようと、今この国においての龍の巫女は私のこと。それは父上も認めていらっしゃることだわ」
彼女は怒りを隠すように微笑みながら、この一件の黒幕は二人の父である立雲水であることを仄めかすように言葉を続ける。
「ですが、もし私が偽りの巫女だという噂が広まれば、立家は窮地に立たされることでしょう。父上や貴方の功績も取り上げられ、一門揃っての縛り首、ということも有り得るのではありませんか?」
香蘭は脅しかけるような言葉を選び、天曜の反応を探るように視線を注いだ。
「お前の言う通り、偽りの巫女を立てたことが露見すれば、皇帝を欺いたことや国を危険に晒した罪で族滅の末路が妥当だろうな」
けれども彼の顔色は全く変わらないどころか、驚きも恐れも見当たらない。その冷静さに香蘭は怪訝な顔を浮かべた。
「では……」
「肝心要の蓮瑛が行方不明だと聞いているか?」
「え?」
計画は追放された蓮瑛を国境の手前で確保する予定だったのだ。それなりに見目の良い男を選び、蓮瑛を口説き落とさせ、連れて来るという、女性を非常に馬鹿にしたものだった。そして碧砂国には身代わりを送る予定だったのだ。
しかし、皇宮から出発したはずの馬車に蓮瑛は乗っていなかった。
「父上の手の者が保護した時、馬車の中にいたのは皇宮の奴婢だったらしい」
本来、蓮瑛は馬車で碧砂国へ向かうはずだったのだ。
皇帝は、他国への嫁入りなのだから多少なりとも花嫁支度をするつもりであったのだ。彼女を厄介払いをしたい気持ちはあったが、碧砂国を敵に回すようなことはしたくなかったからだ。
そもそも北方の蛮族を退けたばかりだというのに西方の碧砂国をわざわざ刺激するなど愚の骨頂である。
龍華国にとって碧砂国は格下の存在であるが、北方の蛮族のいる領域とは近接しており、龍華国を攻めようとする蛮族の監視させるのに丁度良い。蛮族達は碧砂国からの侵攻を警戒して、龍華国への襲撃を控えることを見越しての判断を皇帝は下したのだった。
けれど、実際は何者かによって、蓮瑛は連れ去られてしまった。
「奴婢を問い詰めたが、何も知らされずに乗っていた」
皇后が蓮瑛を碧砂国に行かせまいとする嫌がらせだとは分かってはいたが、証拠も無い。皇后の生家は立家に劣るものの、重職に就いている者も多い。証拠も無しに問い質せば、逆にどうして馬車を検めたのか疑われてしまうだろう。
すぐに捜索に向かったが、出発から既に一月以上が経過していた上に、碧砂国に向かう行路周辺にはいなかった。
これまで最高位にある龍の巫女であるはずの蓮瑛への虐待は、公然の秘密であった。だが、蓮瑛の無能さも事実で、庇い立てたところで何の旨味も無いと捨て置かれただけである。彼女に力があったのなら、恩を売りつけようと我先にと救世主の座を競い合ったことだろう。
蓮瑛はいないというのに、既に碧砂国に送った使者も戻って来ていた。もはや手詰まりと言っても過言ではない。
「陛下も父上も、あの女の異常さを甘く見過ぎていたんだろう」
少なくとも雲水は蓮瑛の力を出せない原因を知っていた。その原因が蓮瑛にとって理不尽極まりないものであると知っていたくせに見逃して、そして最後の最後にお粗末な結果を出した。出し抜かれたとしても、あまりに稚拙で話にもならない。
「耄碌した老害共は早々に退場すべきだろうな」
ぽろりと天曜の本音が零れ出る。しかし、得てしてそういう人間ほど自分の地位にしがみつき、醜態を晒すことも天曜も分かっている。
穏やかに微笑む天曜の口から、とんでもない毒が吐き出されたことを咎める者はいない。唯一同席している香蘭は、血の気の引いた顔で、言葉を発することも無く唇をはくはくと震わせていた。不安が彼女の瞳に宿り、立ち尽くすばかりであった。冷や汗が彼女の額から滴り落ちるほどの恐怖を感じているのが一目でも分かる有様であった。
それも当然のことだ。もしも行方不明になった蓮瑛が、そのまま死ぬようなことになれば、龍の巫女の力を掠め取ることもできなくなってしまう。自らが権勢を誇る為に練り上げた計画も全て水の泡。そして、
「次はお前が『無能の巫女』になってしまうのだろうな」
「ひッ――!」
もしもその恐れが現実のものとなれば、香蘭に待っているのは蓮瑛の受けた何倍もの辛酸だろう。
香蘭は表向きは善人を気取っていたが、自分よりも格下と侮った人間に対して高慢な態度や差別的な言動を繰り返していた。もちろん反感を抱く者は当然いたが、龍の巫女という立場や丞相の親族という後ろ盾が彼女を守って来た。それらが失われたら、蓮瑛の時以上に吊るし上げられるに違いない。




