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戦術家のサガ

 イヴァリースに戻ると、遅れていた第7軍団と 第5軍団の長が集っていた。

 魔女セフィーロとサイクロプスのウルクである。


 魔女セフィーロは勝手知ったる我が町、我が屋敷、といった感じで、俺の屋敷に上がり込み、女中たちに酒を用意させ酔いつぶれていた。


 一方、ウルクは礼儀をわきまえているのだろう。


 その巨体も俺の屋敷には合わないので、イヴァリース郊外に陣を張り、そこで野営をしていた。


 ジロンのやつは珍しく気を利かせ、ウルクに酒や食料を提供している。


 一方、セフィーロにはなにもしなくてもいいだろう、と、好き放題を許しているようだ。


 賢明な判断である。

 セフィーロは暴君ではないが、酔うと柄が悪くなる。


 ジロンの顔もいまだに覚えていないようで、もしも本人の前で粗相をすれば、ロースト・ポークになるだろう。


 俺はそう思いながら、セフィーロに話しかけた。


 彼女はワインを手酌どころか、瓶から直飲みしながら、尋ねてきた。


「こら、第8軍団長、イヴァリースの統治者よ。今までどこに行っていたのだ」


 戯けた口調なので怒ってはいないようだが、不審には思っていたようだ。この大事な時期に俺がイヴァリースにいなかったことを。


 俺は彼女に詳細を話すか迷ったが、結局、詳細を話すことにした。


 俺は彼女の酒に付き合うため、サティにつまみを用意させる。空腹に酒を入れると悪酔いするからだ。


「かしこまりました」


 彼女はそう一言だけいうと、台所から、サラミとソーセージの盛り合わせを持ってきた。この異世界ではポピュラーなつまみである。


 俺はそれを肴に、俺が暗殺されそうになったこと、その暗殺者の兄に会ってきたことを告げた。


 その言葉を聞いたセフィーロは呆れる。


「まったく、お前というやつはどうしてこうも甘いのだろうか」


「普段甘いものはあまり食べないんですけどね」


「それに冗談もへたじゃな」


「それは自覚しています」


「自覚するならば、改善して欲しいの。暗殺者をそのまま解放するだと? また襲ってきたらどうする」


「襲っては来ませんでしたし、彼女はメッセンジャーになってくれましたよ」


「エ・ルドレと会うのもどうかと思う。もしもやつがお前を捕縛、あるいは暗殺しようとしていたら、今、このサティが用意したサラミも口にできなかったのだぞ」

「ならばチーズでも食べますよ」


 と軽口を叩くと、セフィーロは珍しく、眉をつり上げた。どうやら茶化しているような暇はないらしい。ならば俺も本気で答えるしかなかった。


「エ・ルドレという男はそんな卑怯な真似をする男ではないですよ。だから安心していきました。そして彼に魔王軍に亡命するように勧めたのですが……」


「ダメだった。というわけか」


「残念ながら」


「まあ、当然じゃな。話を聞く限り、お前とその男は似ている。お前が魔王軍を最後まで裏切らないように、その男もファルス王国を最後まで裏切らないだろう。どんなにないがしろにされようと」


「そんな感じでした」


「ならばもはやその男と雌雄を決し、その男に一足先にあの世に旅立って貰うしかあるまい」


 セフィーロは断言する。

 さすがは魔族だ。わずかの逡巡もない。


「…………」


「お前も分かっているから、先ほどから浮かぬ顔をしているのだろう。まったく、本当に甘ちゃんじゃの」


 セフィーロはそう溜息を漏らすと、こう続けた。


「そういうふうに育ててしまったのは、我が友人、奈落の守護者ロンベルクのせいだが、それを忠告しなかったのは妾の不徳でもある。だから、今回に限り、その重荷を負担してやることもできるぞ」


「どういう意味ですか?」


「つまり、2ヶ月後に行われる会戦、そこでお前ではなく、妾が指揮を執ってもいいということだ。さすれば良心の呵責(かしゃく)も多少は薄れよう」


「……なるほど、その手もありましたね」


 俺はそう漏らすが、謹んで辞退した。


「なぜじゃ、お前はエ・ルドレ、という男を殺したくないのだろう。だから悩んでいるのだろう」


「たしかに俺はエ・ルドレと会って、彼との間に友誼めいたものを感じました。奇妙な感覚ですが、初めて会ったのに、長年、ともに戦った戦友のように感じた」


「ならば妾が――」


 俺は最後まで魔女に言葉を発せさせない。


「だからこそ、自分で戦いたいのです。今回に限り、指揮を他人にゆだね、楽をすることもできるかもしれない。しかし、もしもそれで一時的に罪悪感から逃れられても、俺は一生後悔するでしょう」


 それに、と俺は続ける。


「これは軍人、戦術家の悲しいさがですが、エ・ルドレほど見事な用兵家と戦うのは、奇妙な高揚感を覚えます。もしもその役を他人に奪われれば、それはそれで失望するでしょう」


「それはお前だけでなく、向こうもな」


 セフィーロは断言するが、俺は心の中でうなずいた。


 敵軍から悪魔、人殺しと叫ばれるのはなれていたが、尊敬に値する敵将から、卑怯者と思われるのは耐えがたかった。


「だからお前は自分で指揮を執るのじゃな」


 セフィーロは確認するように問うた。俺は黙ってうなずく。


 数瞬、セフィーロは仮面越しに俺の瞳を覗き込むが、しばらくすると「はあ……」と溜息を漏らす。


「これだから男は度しがたい。戦争などという不毛な行為の中にも、一輪の花を見いだすのだから」


「団長は、戦争よりも、研究、酒、それに面白いことが好きですしね」


「そうだ。だからさっさとこの戦争を終わらせ、妾を元の狂錬金術師(マッド・サイエンティスト)に戻してくれ」


 セフィーロは言い切ると、魔法を唱えた。

 イヴァリースの郊外にいるウルクと連絡を取るようだ。

 彼女は気易い口調で問うた。


「予定変更じゃ。今回、妾とお主の軍団だけでことに当たろうと思っていたが、第8軍団の軍団長様が御みずから指揮を執られる。我々はその傘下に入るぞ」


 セフィーロがそう言うと、ウルクは納得してくれたようだ。


 セフィーロの人徳のお陰だろうか。それとも俺の実績を買ってくれているのだろうか。


 元々、魔王様より三名によって迎撃せよ、との言葉を貰っているので、三人でことに当たるのは当然であったが、ウルクがあっさり俺に指揮権をくれるとは思わなかった。


 もしかしたら、事前にセフィーロがウルクを説得し、根回ししていたのかもしれない。


 そう思ったが、俺は口には出さなかった。

 例え尋ねても彼女は、その真っ赤な唇に指を一本添え、こういうだろう。



「秘密じゃ」



 と――。


 乙女というやつは秘密を多く抱えていればいるほど、魅力的になる、というのが彼女の持論だ。


 彼女が乙女であるかはともかくとして、彼女はおしゃべりな癖に肝心なことは語らない。


 それが黒禍の魔女セフィーロという女性だった。

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