エルフの宮殿の調理場
世界樹の森へ到着すると、さっそく、エルフの女王がやってきた。
彼女は俺の胸に飛び込んでくると、
「この短期間でアイク様と二度も逢えるなど、一生分の幸福を使い果たしてしまったかのようです」
と無邪気に笑った。
「エルフの一生は何百年あると思っているのですか。そんなくだらないことに運は使わない方がいいかと」
「エルフ族の人生は細く、長くが基本ですが。私は太く、短い人生でもかまわないと思っています」
彼女はそう前置きすると、こう続けた。
「アイク様がこの森にやってきてから、我が一族の運命は大きく動き始めました。その前の数百年間が嘘みたいに時間の流れが速くなりました。ならば私の心臓の鼓動も早くなり、その寿命が通常より早く尽きても神様に文句を言うことはできません」
「――大丈夫ですよ。少なくとも、フェルレット様が俺よりも先に死ぬことなどありえません」
「それは死ぬ気で守って頂けるという意味ですか?」
「それもありますが――」
「ありますが?」
「まあ、順当にいけば俺の方が先に死ぬ、ということです」
「はあ、ですが、アイク様は不死族ではないですか? 死ぬことなどありえるのでしょうか?」
「そうですね。ならば俺の方が先に朽ち果てるかな」
まあ、中身は人間なので、先に死ぬ、とは言えない身分である。
エルフの女王であるフェルレットには自分の正体をばらしてしまってもいいのだが、この娘の口の軽さは羽毛が如しである。
それに秘密を抱えられるタイプでもなかった。
秘密を知ってしまえば、それを必死に隠そうと、精神を摩耗させるタイプに見える。
ここは黙っておくのが互いに得策であろう。
そう思った俺は、まず、今回の会談場所を貸してくれた女王に礼を述べた。
「フェルレット様、このたびは私的な理由でエルフの里をお貸しくださり、ありがとうございます」
「いえいえ、気になさらないでくださいまし。私とアイク様は妻と夫のような間柄。私のものはアイク様のもの、アイク様のものは私のものです」
「……そう言って頂けると有り難い」
妻と夫という言葉をあえて無視すると、俺はゼノビアから輸入した珍しいキノコを手土産代わりに渡した。
「これは?」
「ゼノビアから輸入した珍しいキノコですよ。南方の香辛料諸島で取れるらしいです。干してあるので日持ちします。後日食べてください。なんでもとても良い香りがするそうですよ」
フェルレットはほんとですか? と目を輝かせてキノコの匂いを嗅ぐが、顔をしかめる。
どうやらあまりお気に召す香りではないらしい。
まあ、前世でも松茸の香りは外国人には不評だ。またトリュフの香りも日本人には不評だ。食べ物の好み、嗜好は、種族や人種、個人によって大きく変わって当然であった。
ここはサティの勧め通り、素直に花束でも持ってくれば良かったかな。
そう思ったが、男はなかなかそういう決断を下せない。
「花など食べられないではないか」
そんな感想を浮かべてしまうのだ。
だからセフィーロによく叱られるのだろう。お前は女心が分からないと。
ただ、さすがはサティ、このことをあらかじめ見越していたのだろうか。
彼女はフェルレットに、
「これもお受け取りください」
と、紅茶の茶葉を取り出していた。イヴァリース産の紅茶である。
しかもただの紅茶ではなく、林檎の香りを燻して香り付けし、林檎の皮を干したものを混ぜたオリジナルブレンドで、ほのかにフルーツの香りがする。
フェルレットはおそるおそる匂いをかぐが、そちらの方はお気に召したようだ。
「あとで早速飲ませて頂きますね」
と、笑顔を見せてくれた。
やはりこの手のおもてなしはプロのメイドさんには叶わないのだろう。
そう思った俺は、サティにさらに頼ることにした。
「明日、エ・ルドレ将軍がこの森にやってくる。その際、できる限りのもてなしをしたい。その準備をサティに任せてもいいか?」
サティは当然のように微笑む。
「もちろんでございます。御主人さま」
その笑顔で俺は確信した。
少なくともエ・ルドレ、という男は出される料理に不平不満を述べることはないだろう、と。
ただ、それが会談の成功に繋がるかは未知数である。
旨い料理を食べさせただけで外交や調略が成功するのならば、外交官は皆、料理の腕前を競うだろう。
しかしそれでも不味いものを食べさせるよりは相手に良い心証を与えられる。
そう思った俺は、フェルレットに女王の宮殿の調理場を借りる許可を貰うと、サティに思う存分その腕を振るって貰うことにした。




