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魔王軍最強の魔術師は人間だった 作者:羽田遼亮

第五章

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風流な花見酒

 ファルス王国の英雄、赤竜騎士団団長エ・ルドレ。
 それに魔王軍最強の魔術師、魔王軍第8軍団軍団長アイク。

 二人の非公式な会談は、世界樹の森にあるエルフの王国の宮殿、サンルームで行われた。

 そのサンルームはエルフの女王であるフェルレットがしばしハーブティーを飲みながら、読書をしたり、研究成果を文章にしてしたためるのに使われる。

 天井は樹木に覆われているが、太陽光が差し込む作りになっており、ふんだんに陽光が降り注ぐ。

「まさしくサンルームですね」

 サティはそう微笑むが、たしかにその通りで、普段、ここを使っているフェルレットがこの場所で読み物や書き物をしている姿を想像するだけで絵になった。

 ただ、彼女はこの場にいない。

 俺とエ・ルドレの会談は非公式のものであり、魔王軍の同盟者であるエルフの女王がこの場に臨席する資格はなかった。

 フェルレットもそのことは知っており、聞き耳を立てたりすらしない。

 むしろ、その聴覚の良さが災いし、二人の会話が自分の耳に届かぬよう、侍従たちをともない、エルフの宮殿を退去し、別邸に向かってくれた。

 高潔にして気高い配慮であった。

 普段の彼女からは想像できない行動であったが、その行動を見ているとやはり一国の王というのは、それだけの器を備えているのだろう。

 俺はフェルレットの気遣い、政治的なセンスに感謝しつつ、エルフの宮殿に訪れたエ・ルドレに挨拶をした。

 自分の姓名を名乗り、右手を差し出す。

「お初にお目に掛かります。私の名は魔王軍第8軍団軍団長、アイクと申します」

 エ・ルドレも右手を差し出すと、それを握りかえしてくれる。
 力強い握手だった。
 彼は俺よりも声量の大きい声で言い放った。

「お初にお目に掛かる。私の名は、ジェラール・エ・ルドレ伯爵。赤竜騎士団の団長を勤めている」

 よく通る声だ。
 名将の条件に声がいい、というものがある。
 戦場において指揮官の命令を聞き取れないのは死活問題になる。
 それに指揮官の声が聞こえる。
 それは兵士にとって士気向上にも繋がるし、また命令伝達においても有利だ。
 そう言った点からも彼は名将の名に値するだろう。
 俺はおざなりではない握手を惜しむように離すと、彼に席に座るように勧めた。
 エ・ルドレは席に座ると真っ先にハーブティーに口を付けた。
 それを見ていた彼の付添人、黒髪の少女ヨハンナは慌ててそれをとめる。

「兄上、なにをされるのです?」

「なにをされるとは? 私はただ紅茶を飲んでいるだけなのだが?」

 エ・ルドレは眉一つ動かさずに答えるが、彼の妹であるヨハンナは信じられない、といった表情で言った。

「兄上は毒殺される恐れを考慮されないのですか」

「そのようなことは杞憂だ。アイク殿が俺を殺したいのであれば、俺の首と胴はとっくの昔に離れているだろう?」

 そうであろう、アイク殿?

 そのような同意を求められても困るが、たしかにその通りなので、黙ってうなずく。

「アイク殿の実力ならば、俺程度、いつでも殺せるさ。わざわざ毒物など用いる必要はない。お前とは違う」

「………………」

 今度はヨハンナが沈黙する番であった。

「アイク殿の暗殺される。こと人類の側から見れば正義、お前はそう主張するであろうが、俺は三つの点からお前の行動を悪だと断罪できる」

 ひとつ、とエ・ルドレは言う。

「お前は栄誉あるエ・ルドレ家の名誉を汚した。エ・ルドレ家はファルス王家に仕える武門の家柄だ。暗殺などといった姑息な真似とは無縁の一族だったのだぞ」

 ふたつ、とエ・ルドレは言う。

「暗殺など、お前自身を貶める行為をお前はした。ヨハンナ・エ・ルドレは暗殺者、などという風聞が立ったらどうする? ただでさえ嫁のもらい手がなく困っているのに、このまま一生未婚のまま生を終えるつもりか?」

 このままでは修道女になるしかないぞ。エ・ルドレは冗談めかして言ったが、ヨハンナは笑ってはないなかった。それもやぶさかではない、という目をしていた。

 エ・ルドレはその態度に呆れたが、やれやれ、といった愚痴を漏らすとこちらの方を見てこう言った。

「このようなお転婆ですが、よければアイク殿が貰ってくれませんかね」

 こういうとき、一応、婚約者がいる、と答えればいいのだろうか。

 普段、ユリアに婚約者らしいことをなにひとつしていないことを考えると、それは失礼に当たるだろう。そう思った俺は、

「ヨハンナ嬢にも選ぶ権利があるでしょう」と答えた。

 エ・ルドレは、
「たしかに自分を暗殺しようとした娘を嫁に勧めるのもどうかしてますな」
 と自重すると、みっつめの悪徳を上げた。

「そもそも、暗殺によって歴史が好転することなどあり得ないのだ。暗殺によって歴史が暗転することはあっても、歴史が進歩したことなど一度もない」

 エ・ルドレは真面目な表情を作ると、妹であるヨハンナにそう説いた。

「しかし、それでもこの魔族は人類の災いです。進歩はしなくても、このものがいなくなれば、人類の流される血の量は減るでしょう」

「それはどうかな」

 エ・ルドレはさりげない口調だった。
 ヨハンナは唇を噛みしめながら言葉の続きを待つ。

「アイク殿はたしかにその戦場において勇猛果敢に戦い、人間側に多大な被害をもたらした。それは誰も否定はしない。しかし、アイク殿は戦場以外では。いや、戦場でさえ、無駄な殺生はしない方だ」

 エ・ルドレはそこで言葉を句切るとハーブティーに口を添え、続ける。

「もしもアイク殿以外の魔族がアイク殿の立場にいれば、人間側に流される血の量は今の二倍、三倍だったかもしれない」

「逆にこの男がいなければ、人間側が有利になり、魔族が血を流すことになったかもしれませんね」

「その可能性も十分ある。いや、そっちの方が高いかな」

 しかし、とエ・ルドレはいう。

「その場合、流れる血が魔族になるか、人間になるか、の違いでしかない。血の色が赤くなるか、緑になるか、青くなるか、それだけの違いだ」

「赤い血などみとうありません」

「俺は血自体みたくないね。何色だろうと」

 エ・ルドレは断言する。

「血を見ると血の気が引くタイプでね」

 まったく、よく軍人になれたものだよ。 
 そう冗談めかすが、エ・ルドレの冗談は下手すぎたようで、ヨハンナは笑わない。
 いや、この状況下で笑える人間などそうはいないだろう。

「ともかく、暗殺などという恥ずべきことはもう考えるな。もしもアイク殿を倒さなければならないとしたら、それは戦場においてだ。それ以外、神は許してくれないだろう」

 エ・ルドレはそう言い切ると、こちらの方を向いた。
 その目は真剣であった。
 俺も真剣に答える。

「――暗殺は俺も好きではありません。ましてや貴方のような高潔な人物を暗殺しようなどとは思いません」

「そう言ってもらえるとありがたい。私が高潔かは別にしてな。だが、暗殺以外で俺をここに呼ぶべき理由は二つしか見つからないが、アイク殿はどちらの理由で俺を呼び出したのだ?」

「おそらくはもっとも建設的で現実的な方です」

「ほう、すると、俺を介して和平を結ぶのではなく、俺がファルスを裏切るように勧めに来たのか」

「その通りです」

 正直に話す。

 話してみて分かったが、エ・ルドレの高潔な性格、その識見、彼が魔王軍に加わってくれれば魔王様の天下取りに大いに役立ってくれるだろう。

 また、彼を介して和平の願いを申し出ても良い。
 魔王軍はすでにローザリアの過半を制覇した。
 ここで人間と和議を結び、平民を休息させるのも一つの手であろう。
 そういう結論に至ったが、エ・ルドレは首を横にゆっくりと振る。

「残念ながら、魔王軍に加わることはできないな」

「ご家族を人質に取られているのですか?」

「父も母もいない。幸いと妻子もな。お転婆な妹が一人だけいるが、ヨハンナ一人だけならば連れ出すことも可能だろう」

「ならば是非、魔王軍に。私が見る限り、将軍の能力はファルス王国で過小評価されすぎています。いや、不当に扱われているといってもいい」

「かもしれない。しかし、俺はそれで満足している」

「功績を挙げても無視されたり、あまつさえ左遷されても甘受する、というのですか?」

「武人の宿命だ。王から恐れられ、属僚からは妬まれる。アイク殿も経験があろう」

「………………」

 無言によって答える。

 俺は魔王様からは恐れられたことはない。疎まれたこともない。かつて上司だったセフィーロからも。

 むしろ、彼女らにフリーハンドを与えて貰い、自由にやらせて貰ってきた。
 一方、旅団長時代から、同僚たちの嫉妬は避けられなかった。

 俺は実績と行動によって彼らの妨害をはね除けてきたが、魔王様やセフィーロの助力があったことも否めない。

 目の前にいる男は、それすらも期待できずに戦う、ということだろうか。
 エ・ルドレは語る。

「目の前で戦っているより、後方にいる味方の方が憎い。そんな状況はよくある」

 前世でも、三国志の時代、呉の国に陸抗という武将と、晋の国に羊祜という武将がいた。

 彼らは前線の重要拠点を巡って長年戦い続けたが、その間、奇妙な友情を成立させた。

 前線で戦うことにより、相手のひととなりを理解し、互いに牽かれあったのだ。

 彼らは常に後方の無能な上司に苦しめられた。後方の無能な味方よりも、前方の有能な敵に共感を覚えたのだろう。

 陸抗と羊祜は、どちらかが病気になると、相手に薬を送り、その返礼として酒や食べ物を相手に送った。

 互いに疑いもせず、薬を飲み、酒に手をつけたという。毒殺の疑いなど微塵も考えず。

 二人の関係は、

「羊陸の交わり」

 として現代にも故事として残っているが、あるいは俺とエ・ルドレの関係はその近いのかもしれない。

 ――もっとも、同僚はともかく、上司に恵まれていることこの上ない俺が、彼の気持ちをくむなどおこがましいことなのかもしれないが。

 それでも俺は何とか彼に翻意(ほんい)して貰おうと言葉を駆使する。

「エ・ルドレ将軍、このままでは仮に魔王軍とのいくさに勝ったとしても、将軍はそのまま兵権を剥奪され、最悪、死罪と言うこともありえます。一方、魔王軍に来れば俺の名誉にかけて将軍の実力に相応しい地位をお約束します」

 その問いにエ・ルドレは答える。

「魔王軍最強の魔術師の言葉だ。その言葉は黄金よりも重いな」

 だが、とエ・ルドレは続ける。

「アイク殿にはアイク殿の立場があるように私にも私の立場がある。失礼な言い方になるが、もしも、魔王軍に攻められ、俺と同じ立場にいたとき、アイク殿は魔王軍を裏切りますかな?」

「………………」

 魔王様の顔、セフィーロの顔、リリスやジロンの顔が浮かんだ。

「そういうことです。たとえ王から疎まれようとも同僚がらそねまれようとも、私には部下がいる。彼らを放りだして、一人だけ亡命はできない」

 エ・ルドレは、そう言い切ると、サティの用意した酒をあおった。
 彼は冗談めかして言う。

「一番いいのは俺とアイク殿が互角の戦いを繰り広げ、俺に利用価値がある。と、軍の連中に思わせることだろうな。さすれば当面に当たって俺を粛正できない」

 ただ、とエ・ルドレは笑いながら続ける。

「いくさとはそう上手くコントロールできないもの。ましてや初めから、そのような軟弱な気持ちで挑めば負けるのは必定。ゆえに次回の侵攻では、全力を持ってアイク殿と対峙させて頂きます」

 エ・ルドレはそう言い切ると、握手を求めてきた。

 別れの挨拶のつもりだろうか。
 つまり、今のが末期の酒、ということになるのだろうか。
 俺は黙って彼の手を握り返す。
 俺はエ・ルドレに負けるつもりはない。
 一方、相手も同じだろう。
 そして近く、二人の間で戦争が勃発する。

 だのに二人は、サティが作った料理を肴に、酒を酌み交わしていた。
 エルフの宮殿のサンルーム、空から一輪の花が舞って入ってきた。
 その花びらはエ・ルドレのコップに落ちる。
 エ・ルドレは、表情を緩めると、「風流ですな」と笑った。
 たしかにその通りだったが、俺は彼のように達観することはできなかった。

 元々酒が好きではない俺である。ましてや末期の酒を旨いと感じるほど人生経験を重ねていなかった。

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