嫉妬と空回り
―episode 5: 嫉妬と空回り ―
予約してあったレストランに着いたのは、あれから1時間程後のことだった。
「へぇ…いい雰囲気のお店だね。」
辺りをぐるっと見渡して、翡翠が感嘆する。
「そうだろう?僕のお気に入りなんだ。」
「紫杏はよくこういう穴場を知ってるから助かるわ。」
雅がヒールを脱ぎながら僕に笑みを向けた。
雅の笑顔はレアだから、見れると少し心が温まる。
「良かったら今度僕のお薦めのカフェに一緒に行かないか。」
「来週の土曜はどう?」
「帰ったら確認してメールするよ。」
了解、と頷いて、先に座敷に上がっていたナキの隣に座る。
僕も続いて上がった所で、ユキと目が合った。
「…こっち。」
隣へ来い、と手で示され、言う通りに傍へ寄る。
「座れよ、そこ。」
「僕が?リリィじゃなくていいのか?」
大抵、ユキの隣はリリィなのに。
「別にいつも璃々の隣を好んで座ってる訳じゃねぇよ。」
「喧嘩でもした?」
「違ぇよ。いいから座れ。」
またユキの機嫌が悪い。
何かあったのだろうか。
「靴紐解けなくて大変だったよー…」
翡翠が遅れて上がってくる。
雅の隣か僕の隣か一瞬悩んだ末に、僕の隣に腰を下ろした。
「どんな結び方をしていたらあんなに手間取るんだ。」
「解らないけど…とにかく固結びが固くて固くて…」
「…固くない固結びなんて固結び失格じゃない?」
ボソッと呟かれた雅のツッコミに軽く吹き出す。
確かに。
「お待たせー!!もう頼んじゃった?」
化粧を直していたリリィが駆け足で戻ってきた。
ちなみに僕のステージメイク(と言っても、かなりナチュラルなものだ)は、いつもリリィがやってくれている。
「ううんー、待ってたよぉ。」
「ほんと?じゃあすぐ決めるね!…って、あれ?」
脱いだパンプスを端に寄せたリリィが、こっちを見て首を傾げた。
「珍しいね、紫杏、ユキの隣。」
「俺が呼んだんだよ。」
「ふぅん?」
にやにやとユキを眺めながら、雅の隣に腰を下ろす。
「いいじゃん、青春、青春!あたしは寂しく翡翠くんと語り合っとくよ。」
「リリィは最初から翡翠目当てだったろう?」
「まぁ否定はしないけどー?あ、決まったよなっきー。」
「はぁい。」
ナキが備え付けのコールボタンを押し、やって来た店員に皆の分まで注文していく。
「名月くんは意外と幹事タイプなの?」
「うん、そうかも。っていうか、Re:INのメンバーは皆幹事タイプだよ。」
「ゆっきーと芦原さんはそんな感じするけど…紫杏さんと尾上さんも?」
「そうだよー。紫杏って実は皆のお世話焼いてくれるお姉さんだし、雅も頼まれたら要領よく何でもこなすから、2人に任せとけば安心なんだよね。」
「…ちょっと想像出来るかも。」
「でしょ?あ、ねぇなっきー、これも美味しそうだから頼んどいてー!」
「りょーかーい。」
そう言われてみれば確かに、うちには何かしらのリーダー的役職に就いた経験のある人が多い気がする。
中学の時、リリィはダンス部の部長、ユキは野球部の部長、ナキと雅は生徒会長だったらしいし(余談だが、リリィとユキは同じ中学で、僕を含め他の3人はバラバラだった)、高校に入ってからは、僕が去年、今年とクラスの委員長を務めている。
案外似たもの同士なのかもしれない、と考えたところで、左から視線を感じた。
「僕の顔に何か付いている?」
「…そういうことじゃない。」
つい、と視線を逸らしてぶっきらぼうに否定する。
意味が解らずに首を傾げると、
「…お前、さ。さっき…何、話してたんだ。」
アイツと、目で翡翠の方を示しながら小声で問われた。
「さっきって…ここに来てからか?」
「違う。Cherylで。」
Cheryl(シェリル:ライブハウスの名前)で?
でもその時は、
「君も居たじゃないか。」
「違ぇよ。その後。」
その後なら、髪が引っ掛かっていたのを直して貰っただけだから…
「特に何も話していないよ。」
「…そうかよ。」
「……何か怒ってる?」
明らかに納得していない顔で、僕を避けるように頬杖をついたユキに困り果ててそう尋ねると、苛立ったように溜息を吐いた。
「…さぁな。」
思い切り怒ってるじゃないか、とは流石に言えない。
「…何が理由か思い当たらずに申し訳ないが、きっと僕は無意識に君を怒らせるようなことをしてしまったんだろうと思う。」
顔を背けたままのユキにこちらを向いてほしくて、頬杖をついている右手を引っ張った。
そのまま両手でユキの手を包み込む。
「済まない。気に障ったなら謝らせてくれ。君には嫌われたくないんだ。」
誠意を精一杯瞳に込めて見つめると、
「…もういい。」
急におろおろと目線を彷徨わせ、あっさり許してくれた。
「許してくれるのか?」
「許すも何も別に怒ってた訳じゃねぇし…てか止めろ、こっち見上げんな!」
「やっぱり怒ってるじゃないか。」
「違うっつってんだろ!あんまり見られると照れんだろーが、言わせんな!」
「はっ…」
瞬間、全員の会話がストップした。
絶句する僕と、沸騰しそうなユキに視線が集まる。
「おうおう…ユキが超恥ずかしいこと叫んでますぜ雅さん…」
「そうね…全く、あの男には恥じらいってものはないのかしら。」
ひそひそ声(充分皆に聞こえる程度の)で話す2人をユキが睨み付ける。
「ゆっきー、今のは自業自得だよぉ?」
「そうだね、あれは救いようがなかったね。」
翡翠までが追い討ちを掛けてきたのを聞いて、ユキはテーブルに突っ伏した。
「マジでお前らムカつく…」
「ユキが一人で自爆しただけじゃん!あ、これ美味しいー!ねー紫杏、ちょっと飲んでみて?」
運ばれてきたオレンジ色のジュースを一口飲んだリリィが、僕にグラスを差し出す。
「ありがとう。…うん、確かに美味しい。今度来た時頼もうかな。」
「それ、どんな味なの?オレンジ?」
翡翠が興味深そうに眺めながら尋ねる。
「大体オレンジかな?翡翠くんも飲んでみる?」
「いや、俺は次来たときの楽しみに取っておくよ。」
「ん、絶対飲んでよね、美味しいから。」
そうこうしている内に皆の注文が到着し始め、一旦話は打ち切りになった。
【Continued.】