距離感
―episode 4: 距離感 ―
「…っ」
酷く焦ったような顔で翡翠の腕を掴んだまま立ち尽くすユキに、何事かと首を傾げる。
「ユキ?」
「何して……いや、何でもねぇ。……悪りぃ、椎名。」
パッ、と手を離してばつが悪そうに謝るユキに、翡翠が不思議そうに首を振った。
「?ううん。あ、ゆっきー、これ、後で皆で分けて。一応、甘いものが苦手な人がいたら困るから、味は極力バラバラにしてあるし…多分大丈夫だと思うんだけど。」
そう言って、近所で有名なケーキ屋さんのロゴが入った紙袋をユキに手渡した。
「…あ、あぁ、ほんと悪いな。後で皆で食べさせてもらう。」
「あーっ!翡翠くんみっけ!」
ステージの袖からリリィが喜色満面に駆け寄ってくる。
雅とナキも一緒だ。
「皆、お疲れ様。」
「アリガト。椎名も一時間立ちっぱなしで疲れたでしょう?」
「ううん、俺は全然。でも尾上さん、ベースのイメージなかったからビックリしたよ。」
「そう?」
「カッコいいでしょー、みーちゃん!」
そう言いつつ腰に抱き付くナキに雅がデコピンする。
「暑い。あとやたら自慢しないで。」
「うぇぇ……はぁい…」
しょんぼりうなだれるナキを見て笑いながら(どうも翡翠はこの二人のやり取りがツボにハマるらしい)、翡翠は頷いた。
「うん、格好良かった。名月くんもキーボード凄かったね。特に二曲目のバラードは感動したよ。」
「ほんと!?嬉しいなぁ、あの曲、僕が作ったんだよねぇ。」
「そうなの!?へぇ、驚いたな。名月くんは作曲も出来るのか。」
「中学生の時は結構有名なピアニストだったらしいからな。Re:INの作曲はナキに任せてる。」
感心する翡翠に、調子を取り戻したらしいユキが汗を拭きながら答える。
「でも基本は拾ってきた曲を借りてるんだけどねぇ。ボカロとか。知ってる?」
「あぁ、知ってるよ。若い子の間で流行ってるよね。」
「何オッサン臭いこと言ってんだよ。椎名も若いだろ。」
「ね、ね、翡翠くん、あたしはどうだった?」
事前にユキに注意されていたのか、今まで大人しく我慢していたリリィが堪えきれずに翡翠に飛びつく。
「おい璃々…」
「大丈夫だよ。…芦原さんも凄かったよー。あんなに真剣な顔もするんだね?」
「もしかして、惚れた?」
「はは、どうだろうね。」
「いい加減にしろ。」
ゴン、と一発。
涙目になったリリィは、頭を押さえて翡翠から離れた。
「惚れたと言えば、ゆっきーのギターは惚れ惚れするような腕前だったね。」
「サンキュ。…まぁ、全然まだまだなんだけどな。」
「何言ってんの、ユキのギターと紫杏のボーカルでRe:INは保ってんだから、もっと自信持ってくれないと!」
「…だな。俺と立花に感謝しろよ?」
「紫杏、いつも有難う。」
「しーちゃん、ありがとっ!」
雅とナキがすかさず連携攻撃を繰り出す。
「お前ら…」
「口では言わないだけで、皆ユキには感謝してるよ。勿論僕もね。」
「…嘘臭ぇ。」
笑いながら僕がユキに言うと、照れたようにそっぽを向かれた。
「そうだ、翡翠くん、この後空いてる?打ち上げやるんだけど、一緒にどうかな。」
「良いよ。今日は1日フリーだから。」
「よっし!じゃあ皆、ちゃっちゃと片付けて早く打ち上げ行こーっ!!」
おー!と拳を突き上げるナキとリリィに引っ張られるように雅とユキが連れて行かれ、僕は翡翠を見上げて苦笑した。
「すぐに終わるから、客席で待っていてくれ。迎えに行く。」
解った、と頷いた翡翠に背を向けた瞬間、肩を掴まれて足を止め、振り返った。
「髪。絡まってる。…動かないで。」
そう制止され、大人しくされるがままにする。
手を首の後ろに回している所為で、酷く距離が近い。
「どこ?」
「一番上のボタン……んー…よく見えないな。」
前からやるからだろう、と言いかけた時、
「ちょっとごめんね。」
と言われて首を前に傾けさせられ、タイミングを逃した。
額が翡翠の鎖骨の下辺りに触れる。
「……はい、取れたよ。」
「あぁ、ありが…」
手を離した翡翠に礼を言おうと見上げた瞬間、予想以上に顔が近くて口籠もった。
慌てて一歩退く。
ステージ照明が落ちているので、互いの顔がはっきりと見える訳ではないが、流石に他人とこの距離で向かい合うのは恥ずかしい。
何度も言うが、僕はコミュ障なんだ。
「…有難う。」
「?うん、じゃああの辺に座ってるね。」
何故後退ったのか不思議そうに僕の目を見た後、翡翠は出口の横のソファーを指差した。
「…あぁ。すぐ戻る。」
今度こそ僕は翡翠に背を向け、急ぎ足で楽屋へと向かった。
【Continued.】




