幻視
―episode 6: 幻視 ―
「あの店、雰囲気もだけど味も凄く良かったね。それなのに人も少なくて…ほんと、尾上さんの言う通り、『穴場』だよねぇ。良く見つけたね、紫杏さん。」
店を出て暫くして、上機嫌ににこにこしながら僕に話し掛けてきた翡翠に、自慢げに片目を閉じる。
「まぁね。僕は他のことはからっきしだが、こういったスポットを探し当てる嗅覚だけには自信があるからな。」
「へぇ、じゃあ今度他の店も教えてほしいな。…っていうか紫杏さん、それ以外も全然何でもそつなくこなしてる気がするんだけど?」
「あー、駄目駄目、紫杏の自己否定をそのまま受け取っちゃ!この子ねぇ、何でか自分に対する評価が超低いんだけど、実は万能ハイスペック美少女なんだから!」
拳を握りしめて力説するリリィ。
「そうそう。紫杏は文武両道で達筆で料理も得意だし、よく人を見てるから気配りも上手だし、椎名も聴いた通り歌も上手い。だからこそこんな良い子、結城には勿体なくて渡せないわ。」
瞬間、前を歩いていたユキが盛大に吹き出して振り返った。
「はっ!?お前皆の前で何言い出すんだよ!」
「そうだよ雅、僕は文武両道でも達筆でもなければ料理も上手くない。リリィも、万能とか美少女とか、それは君の方だろう。2人とも僕を持ち上げてくれるのは嬉しいが、翡翠が色々誤解してしまうじゃないか。」
「立花、違う!俺が言いたいのはそこじゃない!」
「ゆっきー、ほんとしーちゃんには全然相手にされてないんだねぇ〜。」
ぷぷぷ、とふざけた笑い方をするナキに舌打ちし、ユキは苛々と頭を掻く。
「こっちは笑い事じゃねぇっつの…」
「君はそう言うが…」
皆が楽しそうにユキをからかうのを見て、
かつて、僕の場所にいた少女を幻視する。
「君が本当に好きなのは、きっと僕じゃないよ。」
さっきまでの空気が嘘のように、場がしん、と静まり返った。
数秒の後、怒ったような困ったような表情で、ユキが沈黙を破る。
「何、言って…」
「何せ僕は、所詮リアンの代替品でしかないんだから。」
「「紫杏!」」
掠れた声を遮るように僕が続けた言葉で酷く傷付いた顔をしたリリィと雅から目を背ける。
「空気を悪くさせて済まない。…ちょっと頭を冷やしてくる。」
「待ってよ紫杏、私も、」
来た道を一人戻ろうとする僕に付いて来ようとしたリリィを手を挙げて制すると、泣き出しそうな顔を見られないように皆に背を向けた。
「御免、…一人にさせて欲しい。」
誰かが何か言葉を発するのを拒絶するように、僕はそのまま半ば駆け出すようにその場を去った。
【Continued.】




