変調
―episode 19: 変調 ―
例のカフェを出てから暫く辺りをぶらついた後、今度は僕のお勧めの店に行くために電車に乗り、二駅先で降りる。
道中、翡翠の話に簡単に相槌を打ちながら、先程の翡翠の裏の人格とでも言うべき輩にどうすれば接触出来るか考えていたところ、先の二回(雰囲気からして、昨日の別れ際に会ったのもほぼ間違いなく彼だと思われる)に遭遇した際、翡翠がどちらも怒っていたことに気が付いた。
じゃあ試しに怒らせてみれば良いんじゃないか、と思うかもしれないが、流石に友人相手に無闇に怒られるような態度を取れるほど、僕のメンタルは強くない。
ずっと悩んでいるのも辛いし、もういっそ忘れようか、とも思ったが、どうも僕を知っているらしい彼のことを、僕が思い出せずに(もしかしたら彼が一方的に知っているだけかもしれないが)いるのは気持ちが悪い。
そもそも、翡翠が僕と初対面なのに、翡翠の別人格は僕と面識があるという状況が解せない。
翡翠と僕が初対面でない可能性も考えたが、仮に幼少期に会ったにせよ、いくら何でもこんな美人は一目見れば忘れられないはずだし、ある程度年齢がいっていれば、より記憶に残っているだろう。
更に、もう一つ不可解なのが、翡翠の記憶のことだ。
カフェに居たとき、彼が喋っている間の記憶は翡翠にはなかった。
だが、昨日僕と約束をしたことは、翡翠も覚えていた。
これは一体どういうことなのだろうか。
幾つもの答えの見えない疑問に悩まされている内に目的地に到着してしまったため、一旦考えるのは止めることにして、頭を切り替えた。
「しかし…意外だな、君がここを選ぶとは。男性はこういう場所に興味がないと思っていたが…」
翡翠が僕のお勧めの店から行きたいと選んだのは、白を基調としたナチュラル系の雑貨を多く取り扱っている店だった。
目を輝かせながら店内を見渡していた翡翠が、僕の呟きに振り返る。
「そうなの?俺は好きだよ、雑貨屋さん。自分の部屋にも色々飾ってるしね。写真立てとか、観葉植物とか、他にも沢山。」
「あぁ、そう言われれば何となく想像出来る気がするな。」
写真立てと、緑と、ナチュラル系の雑貨が並ぶ部屋。
確かに、翡翠に合っている。
ボトルシップを手にとって興味深げに眺めている翡翠を横目に、僕は目当てのものを探しに歩き出した。
ここに来たのは翡翠の希望からだが、来ると決まったときから買おうと思っていたものがあった。
店の奥の壁沿いに並んだラックの中にざっと目を走らすと、すぐに目的のものが見付かる。
翡翠が貝をモチーフにした置き時計を真剣に眺めているのを視認してから、僕は急いでレジに並んだ。
「あれ、紫杏さん、いつの間に買ってたの?」
会計と包装を済ませ、レジを離れた瞬間、微妙に不満げな翡翠が声を掛けてきた。
「僕はここの常連だからね。予め買うものが決まっていれば、探すのに時間は掛からないよ。それに、君は随分真剣に品物を見ていたから、邪魔しない方が良いと思ってさ。」
「そんなの気にしないで良かったのに…。だって…何かちょっと淋しいよ、俺一人で店回るの。」
眉をハの字にしてもごもごと話す翡翠を見ていると、不意にきゅうっ、と胸が締め付けられるような感覚に陥り、胸元に手をやった。
何だこれは。具合でも悪いのか。
「どうしたの?気分でも悪い?」
急に不審そうな顔になった僕を、翡翠が心配そうに覗き込む。
慌てて一歩後退って、ぶんぶんと首を振った。
「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ。それより…済まない、思慮に欠けていた。今度からは君を一人にはしない。」
「……ありがとう。」
少し目を見張った後、翡翠は花が綻ぶように微笑んだ。
それを見てまた胸に圧迫感を感じ、ゆっくりと深呼吸する。
これが続くようなら、念のために一度病院に行くべきかもしれない。
何科になるのだろうか。
循環器だろうか。
「…それで、君は何を買うんだ?」
翡翠が手に持っているバスケット(この店では、籐で出来たバスケットが買い物籠の役割を果たしている)を見ようと首を伸ばすと、何故か焦ったように背中に隠される。
「えーっと…色々!…じゃあ、俺は会計済ませてくるから、紫杏さんは表で待ってて!」
「え、ちょっと翡翠…」
そう言い残して、翡翠は逃げるようにレジへ向かう。
一人取り残された僕は、仕方なく店の外で待機することにした。
【Continued.】




