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翠雨を愁えて  作者: 響乃 夜空
18/30

『僕』





―episode 18: 『僕』 ―



戸惑う僕の顔に、()め付けるような、若干の…本当に若干の怒気を(はら)んだ眼差しが刺さる。


また、だ。昨日と同じ。

全く同じ人間のはずなのに、別人のような表情。


「あんな顔で、『一人にしろ』って言われて、言う通りにする訳ない。…まぁ、Re:INの皆は、君の言葉で追い掛けるのを止めたけどね。酷い顔しながらもさ。」


酷い顔…。

それを聞いて、去り際のリリィと雅の傷付いた顔を思い出し、喉が狭められたような感覚になる。


「……部外者の僕から見るとさ、君達は…友達との間に必要以上に一線を置き過ぎだと思うよ。何を怖がってそうしてるのかは、僕には解りようがないから、あんまり偉そうなことは言えないけどさ。」

「…皆、僕と李杏の間の確執を知っているから、踏み込まないようにしてくれているだけだ。あちらに非はないよ。」

「………………ふぅん?」


目を伏せながら疑問形で返す翡翠に、小さな違和感が芽生える。


先程までと何かが違う。

何だ?

何が違う?


「…彼らなりの優しさ、ねぇ。だとしても、僕のすることに変わりはないけど。僕は僕のやり方で、君を…」

「君、…」


言っていることの不明瞭さに加え、話し方がいつもより冷たいような気がする。

いや、『冷たい』と言うほどのレベルではないが、普段の優しい口調と比べると、どこか突き放したような…まるで僕みたいな話し方をしている。


と、そこまで考えた時点で、やっと違和感の正体に気付く。


「…一人称、『僕』だったか?」


翡翠は、僕のその質問に、

すぅ、と目を細める。


その瞳を見て、また違和感。

だが、それが何か考える前に、翡翠が口を開く。


「それは君がよく知ってるだろ?」

「…は……っ?」


…誰だ?

目の前にいるこの男は。

少なくとも、僕の知る翡翠じゃない。


「紫杏のその口調は、僕を真似たものなんだからさ。」


急に呼び捨てにされたことも気になったが、それよりも…


僕が、真似た?


違う。

僕の口調は、まだ小さかった時に、憧れの兄の真似をしたものが癖になった結果だ。


大体、昨日今日会ったような相手の…


そこで、ふと疑問を感じる。


「…君は、誰だ?…………僕と、前に会ったことがあるのか?」

「……誰だ、とは失敬だな。僕は、」


片眉だけを綺麗に上げて名乗ろうとした時、突然顔を大きく歪め、額に手をやった。


「おい!どうした!?」


具合でも悪いのか、と心配して傍に寄ると、眉は顰めたまま目を固く瞑っている。


「翡翠…?」


そう呼ぶのが正しいのかは解らないが、恐る恐る名前を呼んだ。


病院に連れて行った方が良いのか、もう少し様子を見るべきか、と悩みつつ見守る中、翡翠はゆっくりと目を開いた。

放心したように辺りを見回すと、二度、三度、瞬きを繰り返す。


「ぁ…………?」

「大丈夫か!?頭が痛むなら、今すぐ病院に…」

「俺、今、もしかして寝てた?」


絶句。

これは何かの冗談なのか?


「…それ、新しいジョークのつもり?」

「えっ?…っていうか、いつの間に紫杏さん俺の横にいたの?」


完全に言葉を失った僕の様子に、翡翠が何か言いかけた口を閉じる。

不安げに揺れる瞳と目が合って、先程感じた違和感が何によるものか理解した。


瞳の色だ。

今は透き通ったような淡い緑だが、先刻の翡翠の瞳はエメラルドグリーンに近かった。


「いつの間に、って、」

「あれ?だってさっきまで、俺と普通に名前の話してたよね…?」


名前の話?

…それは、


君の様子が変わる直前の話だろう。




顔色を変えた僕を見て、


「…俺、今何してたの。」


僅かに震える声で、そう問われる。



「君は…」



今までのは一体、何だったんだ。


僕をからかっている?

それにしては、余りに不安そうな顔を…


いや、勿論担がれている可能性もある。

だが、これが本当に僕へのドッキリだと考えるには、今の翡翠の振る舞いは自然過ぎる。

もし演技だとすれば、恐怖すら覚えるほどに。


なら、単純に今の現象をそのまま受け取ると…翡翠は二重人格ということになるのか?


仮にそうだとして、

そのまま告げるべきか?

それとも、

気付かない振りをするべきか?




瞬き一回分程の躊躇の後、僕は翡翠に微笑んだ。


「急に寝落ちするから驚いたよ。昨日はちゃんと眠れたのか?」

「…寝て、た?ほんとに?」

「本当にも何も、君もそう言ったろ?具合でも悪いのかと思って近付いたけど、居眠りならそんなに心配なさそうだね。…あぁ、もし気分が悪いとかだったら、無理せずすぐに言ってくれよ。でも君、普段から結構こんなことがあるのか?」


翡翠の眼差しに混ざっている疑いを払拭するように、ほとんど立て板に水で話す。


体調を心配する振りをしつつ、最後にさり気なく一番訊きたいことを付け加えて、反応を窺った。


「…………いや、初めてだよ。俺、別に疲れてないのにな…」


首を軽く傾げて考え込む翡翠に、それ以上思考する時間を与えないように、わざと話を進める。


「自分でも気付かない内に疲れていた、なんてことはよくあるらしいからね。今日はもう帰った方が良いかもしれないな。」

「それは!…大丈夫、全然、うん、気分もすっきりしてるし、大丈夫だから!」


慌てて首を振り、健康体をアピールしてくる翡翠を見て少し安堵を覚える。


今は、間違いなく、普段の翡翠だ。


「そうか?なら念の為、全体的に少しスケジュールを早めるくらいにしておこうか。」

「うーん、…じゃあ、そうしようかな…」


渋々、といった感じで頷いたのを見て、僕は元居た場所に戻った。


内心で目まぐるしく錯綜(さくそう)する様々な思いは悟られないように、ポーカーフェイスの下に覆い隠す。

普段、他人(ひと)の顔色ばかり窺って生きるのは疲れもするが、こういう時は苦労しなくて済むから良い。


氷の融けかかったグラスにアッサムを注ぎながら、水面に揺らめく頼り無げな翡翠の顔を注視する。



…さて、これからどうしようか。






【Continued.】





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