ものもらい(中編)
さて、どうしたものか。
引き受けたは良いものの、調査方針などは全く決まっていない。
とにかくは犬部家について調べなければならないが...。
「迂闊に動くのは避けた方が良いわな。只でさえこの家は監視されてる可能性があるし...。」
「ましてや、俺たちは他所者だからな。こんな小さな集落じゃあ、どうしたって目立つ。」
目立つと当然、信奉者の妨害が予想され、調査が難しくなるだろう。
そうなってしまえば、元も子もない。
「...一応、信頼のおける隣家の住人には、今日からしばらく友人が家に来る、とは言ってあるのですが...。」
申し訳なさそうに落合さんはそう言った。
恐らく私達が来た時、出来るだけ動きやすい様にとそう嘘を吐いたのだろう。
どこの馬の骨とも分からない存在より、とりあえずは友人と言っておけば多少の警戒は和らぐ可能性はある。
しかし...
「友人...というには少し年齢的に無理がありますね。」
「すみません。こんな若い方々が来るとは思いも寄らなくて...。」
こういう、怪異関係の仕事についている人は皆、比較的高齢である、という先入観がどうにも世間にはあるらしい。
実際、平均で考えると正しくはあるのだが。
「私達を見た時、困った風な表情をしたのはその為でしたか。」
図星であったらしく、落合さんはまた小さくすみません、と呟いた。
私達の為を思ってしたことであるから、別に責めようとは思わないが...。
確かに、困ったことではある。
「そういえば、その信頼のおける隣家の住人というのは...?」
「ああ、傳田さんというのですが、今の私達の境遇に同情していてくれまして、何かと助けて頂いておりまして...。」
彼の話によると、この集落での犬部家の権力は確かに大きいが、それに不満を抱いている者も少なくないという。
信奉者は犬部家の周りに特に集中しており、離れている住人はそうでもない。
特にこの家と傳田さんは離れたところにあり、犬部家とは疎遠な代わり、二家の間は親しいらしい。
「地理的に犬部家に近い家は関係も密接で...。例えば子供が産まれると、犬部家に連れて行って名前を授かるなどのしきたりもあるらしいです。」
「ふむ...。ということは四面楚歌、という訳ではないのですね。」
僅かばかりながら、光明が見えてくる。
部外者の私たちや、監視されている可能性のある落合さんに比べれば、身動きは取りやすいだろう。
今はまだ必要ないが、いざという時は協力を仰ぐ事になるかもしれない。
「取りあえず、先ずは資料収集、だな。落合さん。この家に郷土史関係の本とかありますかね?」
「ええと...思い当たる物はありませんが、父の書斎になら何かあるかも知れません。」
書斎は二階にあるとのことで、落合さんの先導の元、その部屋へと入る。
小さい部屋ながらも本の量はかなりのもので、両側の壁に据え付けられた本棚の中に、びっしりと並んでいる。
どうやらかなりの読書家であったらしい。
それから暫くの間、3人で手分けして目当ての本を探した
題名や目次を流し読み、有用そうであれば取り出しておく。
そんな単調な作業を進めること一時間弱。
手分けしたおかげか意外と早く終えることが出来た。
「本の量の割には、あんまりなかったな。」
和男が言うとおり、集まったのは僅か数冊。
殆どは郷土史本ではなく、唯一の純粋な郷土史本でさえこの集落の、というよりは来井村の郷土史が書いてあるだけだった。
「まあ、読書家である事と郷土史好きであることはイコールではないからな。仕方ないさ。」
あとは我々の仕事である、ということで落合さんには休んでもらい、和男と二人、今度は黙々と本を読み進める作業へと移る。
しかし、村から隔絶した地理的条件のせいかどの本も記述に乏しく、まとめると“古代にどこからか流れてきた犬部家を祖としており、その犬部家は女系であるとされる”くらいの情報しかわからなかった。
「こりゃア参ったな...。想像以上に情報がない。」
「とりあえず、犬部家の権力の秘密はこの集落の祖であるから、ということが理由ってことなんじゃねえか?」
和男のその意見には、少し疑念が残る。
如何に集落の祖とは言え、今尚そこまでの権力を有するまでに至るだろうか。
しかし、今のところそれくらいしか考えられないのもまた事実。
この事に関してはそうである、と仮定して、私達は話し合いを進める。
「女系...ってことは変死した前当主も女だったんだな。百合奈ちゃんに白羽の矢を立てた理由の一つもこれだろう。」
「そういや、何故か彼方さんは若さにも拘っているんだったか?あの子は若いってよりまだ幼すぎると思うんだが。」
「まあ若い方が安泰と言えば安泰だからだろう。こんな小さな集落じゃあ、次にいつ跡継ぎが出来るか分からんしな...」
それからもあれこれと話し合いを続けたが、情報の乏しさのせいであまり捗らない。
ふと顔を上げ、書斎の窓から外を見ると、既に日は沈んで暗くなっている。
冬の日暮れは、実に早い。
「ところで宮比よ。飯はどうすんだ?」
「近場にコンビニなんかあるわけないし、身動きも取りづらいしなあ。夜陰に乗じて来井の村まで行く手もあるにはあるが...。」
車ですら30分かかる道中を、歩いて行くのは少し厳しい。
しかし二人揃って車の免許は持っていないので、車を借りていくという手も使えない。
さて、どうしたものか...と考えている時だった。
この家の呼び鈴が鳴り響き、扉を荒々しく叩く音が聞こえてきた。
二階からそっと下を覗くと、慌ただしく落合さんが玄関に駆けて行くのが見えた。
ドアノブに手をかけようろして一瞬躊躇い、それから止むなしとドアを開く。
すると、そこには二人組の男が立っていた。
「どうも、夜分にすみませんね落合さん。...私達が来た理由はもうお分かりですよね。」
「.......。」
こちらからでは、落合さんの表情を見ることは出来ない。
けれどもそれでも、その動揺ぶりは見て取れる。
「何を躊躇う必要があるんです?犬部家程の名家に娘さんを入れることができるのですよ?私としては寧ろ、羨ましい話なんですがね。」
一人の男が説得の口上を述べている間、もう一人は落合さんに睨みを利かせていた。
無言の圧力、というものだろうか。
二人が飴と鞭のように接し、養子を出すようにと要求しているらしい。
「しかし、あの子は人見知りも激しく、まだ小さいですから...。そもそもこれは一家の大事。おいそれと容易く呑めるようなものでは...。」
「犬部家の存続は集落の大事ですよ?それに養子に年齢は関係無いでしょう。早い方が順応もし易いということもある。何より二度と会えなくなるというわけでは無いですから...。」
そんな風に、会話は平行線を辿る。
しかし、十数分後くらいで相手方は一先ず折れたのか、また来ます、と言って離れて行った。
「おい和男。後をつけてみるか?」
小声で私は提案する。
丁度情報がなくて行き詰っていた所であるし、多少の危険を冒してでもここは攻勢に出るべきではないか。
しかし、和男は首を縦に振らない。
「いや、どうかな…。確かにこの暗さなら、ばれにくいかもしれないが…俺達も道に迷う可能性がある。ましてやお前は方向音痴だろう。」
俺も見知らぬ土地を暗闇の中歩ける自信はない、という。
しかし、この好機をみすみす逃すのも…。
そう考えていた時、私はさっきのことを思い出す。
土地に慣れていないのが問題なら、慣れている人に協力を頼めば良いのだ。
「....おや、どうしました?」
会話を終えて家に入ってきた落合さんが、二階から降りてきた私たちに気付いた。
余程辛かったのか、酷く疲れたような表情をしている。
「いえね。ちょっとお願いしたいのですが…。先程の傳田さん、という方に連絡して頂くことは出来ますか?」
私たちの考えを説明すると、落合さんは難色を示した。
確かに、如何に住人と言えども尾行がばれれば、窮地に陥る可能性は高い。
何より、断られたとしても仕方のない案件であることは自覚している。
「とりあえず、お話だけでもしてみてください。お願いします。」
再三頼み込むと、落合さんは電話を掛け始める。
幸運にも傳田さんはすぐに出たらしく、挨拶をしてからこちらの事情を説明した。
すると、傳田さんは私たちに変わるように言ったらしく、落合さんは私に受話器を差し出した。
「もしもし、原江と申します。」
「ああ、貴女が原江さんですか。傳田と申します。事情は大体聞きました。篠川さんと梅井さんの尾行をすれば良いのですね?二人は丁度今、家の窓から歩いているのが見えてます。」
一瞬誰のことかと思ったが、先程の二人のことらしい。
こんな小さな社会であるから、名前を知っている程度の認識はあるようだ。
「ええ、無茶な頼みであることは承知しています。ですが…。」
「良いですよ。他ならぬ落合さんの頼みです。私にとっても、百合奈ちゃんは娘みたいなものですから。」
あっさりと引き受けてくれた傳田さんに、私は御礼を言う。
人付き合いというものは、いざというとき多大な力になってくれる。
その大切さを私は実感した。
「では、尾行するだけでいいのでしょうか?」
「ええ。二人でいる以上、何らかの会話をするかもしれません。それを盗み聞き…というと人聞き悪いですが、そうして欲しいのです。」
くれぐれも気を付けてください、と言って一先ずの会話を終え、私は受話器を元に戻す。
それから暫くは三人とも特に何かを話すでもなく、私と和男は電話のある部屋に、落合さんは夕飯作りの為に台所で炊事をしていた。
五分、十分とただ時間は過ぎていき、それに伴って、和男の表情は曇り始める。
恐らく、傳田さんを心配してのことだろう。
まさか見つかったのではないだろうか…と嫌な想像をしてしまい、私も何やら不安になってくる。
しかし、三十分も過ぎた頃、やっと家に電話のコール音が鳴り響いた。
急に鳴ったそれに体を跳ね上げるように立ち上がり、再び、私が受話器をとる。
「…もしもし?」
「ああ、原江さんですか。傳田です。」
息が切れている所から、走って帰ってきたのだろうか。
とりあえず何事も無かったようで、私も安堵をする。
「あの二人、中々話をしなくて何も得られないかと思いましたが…犬部家に近づいた頃になって急に多弁になりましてね。どうやら、他の家の住人に聞かれないよう警戒をしていたようです。」
「それで、何か気になることは…?」
「ええと…なにやら近々、儀式のようなものをやろうとしているみたいです。“ものもらいの儀”、とか言っていました。」
ものもらい…?
まさか、あの目の上に出来るアレではないだろうが…。
今までに蓄えた怪異に関する知識を総動員しても、思い当たるものはない。
傳田さんも聞いたことはないらしく、何のことかは解らない、と言った。
「あと、当主が危篤の可能性があります。『もう時間がない』とか、『いざとなれば無理矢理にでも連れていく』とか言っていました。」
少し怒気を含んだような語気の傳田さん。
向こうももう、形振り構っていられないようなところまできているらしい。
早いところこの件を解決しないと、百合奈ちゃんの身が危ないかもしれない。
「聞けたものといったら、これくらいです。直ぐに他の人影が見えて、私は引き返してしまったので…。」
「いえ、充分な成果ですし、懸命な判断です。こんな時間に無理な願いを聞いていただいて、本当にありがとうございます。」
「いえ、お力になれたのなら此方も幸いですよ。また何かあったら、連絡をください。」
電話を終えると、すぐ傍らに和男と落合さんが立っていることに気付く。
もしかしたら二人は知っているかも知れないと、先程のことを聞いてみる。
「和男。お前、ものもらいの儀って聞いたことあるか?」
「ものもらい…?目の上のタンコブのことか?」
私と同じような考えをする和男。
まあ普通はそっちを思い浮かべるよな…。
「落合さんは、どうです?」
と、尋ねてみたが、彼も知らないようだった。
ただ首を捻ってばかりいる。
「ああ、いや、知らないのならそれで良いのです。」
「すみません、お力になれませんで...。とにかく、お二人もお疲れでしょう?夕食の準備が出来ましたので、どうぞ此方に。」
どうやら、私達の分の夕食も作っていてくれたらしい。
家族の団欒を邪魔するのも気がひけるので普段は自分で適当に買っていたりするのだが、折角なのでご相伴に預かることにした。
居間に行くと先に百合奈ちゃんが席に着いており、その前には中々豪勢な食事が並んでいる。
「私が作ったのですが、お口に合いますかどうか...。」
主夫としての能力はかなり高いらしい。
一口食べてみるも、充分に美味しい料理だった。
その事を伝えると、落合さんは嬉しそうに破顔した。
「妻がいたなら、もっと美味しいものをこの子にも食べさせてあげられるのですが...。」
黙々と御飯を食べている自分の娘を、気の毒そうな目で見つめる。
そういえば聞いていなかったが、落合さんの奥さんはどうしたのだろうか。
「その、大変失礼ですが...奥さんは?」
「10年ほど前に、病で...。こんな山奥にいたせいで充分に治療が受けられなくて。」
母親のいない子、という事が、再び彼女と夕を被らせる。
そしてそんな身の上である事を知りながら、無理矢理にでも連れていこうとする彼等の行いに怒りを抱く。
それは依頼を解決しようという、更なる原動力になるには充分なものだった。
夕食後、後片付けの済んだ所で私は情報集めを再開した。
「落合さん、何かこの集落にある、妙な事とかありませんか?ほんの些細な事でも構いませんので...。」
「妙な事...。」
急に聞かれて戸惑いながらも、落合さんは一生懸命考えているようだった。
そして思い当たるものがあったのか、顔を上げた。
「そう言えば、犬部家やそれに近しい家には、生垣の様に茗荷をその周りに植えているんですよ。」
「茗荷...?」
その言葉に反応した和男だったが、そのまま黙り込んでしまう。
「この集落ないし来井村の名産って事ではないのですか?」
「いえ、そもそも畑に植えている訳ではないし、収穫している様にもみえなくて...。」
確かに妙な話だ。
皆一様に茗荷を植えるその理由。
何かあると見て良いかもしれない。
「後は...当主は夜になるとよく村の付近を徘徊する、と言うのがありますね。この間も真夜中にこの辺りで奇声を上げたりしていて、皆から気味悪がられています。」
先ほどの事で疲れているだろう落合さんの事も考え、話を聞くのもそれぐらいにして和男と二人、当てがわれた部屋に戻る。
一応寝る準備をしようとしていると、和男が
「宮比...俺の考え、聞いてくれないか。」
と言った。
「あ?何か分かったのか?」
私の問いに、和男は頷く。
「...どんな考えだよ?」
「...まだ確証があるわけじゃない。が、さっき茗荷を植えているという話を聞いて思ったんだが、茗荷は蠱毒において、一番有効な薬になるんだ。」
それを聞いて私は和男が茗荷を干し、粉末状にしたものを常に持ち歩いている事を思い出す。
説明によると、自然界での関係が薬効として現れるらしく、虫なら蛙、蛙なら蛇、蛇なら蛞蝓と、蠱毒の種類によって投与すべき薬は決まっているらしい。
しかし、茗荷だけは根治させるほどのずば抜けた効果は望めないものの、それでも全ての蠱毒に等しく効くのだそうだ。
また、茗荷を植えておいて蠱毒避けにする風習があるところもあるという。
「じゃあ...あの家は蠱毒に造詣が深い家だって事か?」
「...俺もそう思った。そこからあの家を蠱毒と結びつけると、一つの仮説が出来上がる。」
和男は何やら自分の荷物を漁ると、中から一冊の古い本を取り出した。
受け取り、中をぱらぱらとめくってみると、どうやら蠱毒についての歴史書らしい。
「これは祖母ちゃんの家にあった本で、俺も蠱毒を扱う以上、一応知っておこうと勉強用に持ってるんだが...この本には、古代日本において蠱毒は禁止されていたと書いてあるんだ。」
和男の捲った項を読んでみると、確かにその旨が書いてあった。
蠱毒は、奈良時代に制定された養老律令の賊盗律において、謀反や窃盗などと一緒に、蠱毒厭魅として厳しく取り締まられていたのだそうだ。
「で、実際に何人かが蠱毒を行ったとして流罪に処せられたという記録がある。その中の一人、何某とかいう女官も上司の命令で蠱毒を行ったことを咎められ、姓を改めさせられて都から追い出されたらしい。」
「...その、改めさせられた姓ってのは?」
「...犬部だ。」
思わず、手にしていた歯ブラシを床に落とす。
最早、呑気に寝ている場合ではなかった。




