幻影灯台
夏休みに入って、幾日か過ぎた。
そんな中、全校登校日ということで、私たちは学校に来ていた。
「今日は皆さんにお願いがあります。」
その放課後の教室にて、改まった表情をしながら美琴ちゃんが言った。
相手は、私と椎名さん、隆斗君という、所謂部活の面々。
「どうしたんだ、堀野?」
「何か雰囲気が違うね。悪いもの食べた?」
二人とも、私と同様違和感を覚えたらしい。
いつもおちゃらけている美琴ちゃんが真面目になると、何か重大なことが起きたのではと勘繰ってしまう。
お願いとは一体何だろう?
「実は…怪談ネタを提供していただきたいのです!」
「…。」
「…。」
「…。」
場に流れる沈黙。
恐らく他の二人も、私同様拍子抜けしているのだろう。
「実は私の知ってる怪談ネタ、枯渇しかけててさあ。このままじゃ部活休止になっちゃうのよ。」
「良いじゃない、休止で…。」
「うん、まあ困らないよね。」
私と椎名さんのその言葉に、美琴ちゃんは大袈裟にショックを受けたような顔をする。
「二人とも、酷い!夏と言えば怪談でしょ?なのにそれが出来ないなんて…!!」
「私そのフレーズの春、秋、冬ver聞いたことあるんだけど。あんたの口から。」
そういえば春頃にそんなこといってた気がする。
美琴ちゃんの中では一年中ホラーの季節らしい。
「えっと、怖いっつーより不思議な話なら一つ思い出したんだけど、それでもいいか?」
沈黙を守っていた隆斗君が口を開いた。
それに美琴ちゃんは目を輝かす。
「え?まじ?どんな話なの!?」
「俺のじいちゃんから聞いた話なんだけどさ、佐治古岬灯台あるだろ?」
佐治古岬の灯台。
それは、私も知っている。
何故なら、私の島から見えるからだ。
夜中に外に出ると、海を隔てた遠くに煌々とした明かりが灯っている。
宮比さんにそれが何なのかを聞いたら、灯台の灯だと教えてくれた。
「ああ、あれね。あれが何かあるの?」
「俺のじいちゃん、漁師なんだけど…いちどあの灯台の明かりが変わっているのを見たって言ってたんだよ。」
「明かりが?」
「うん…灯質(灯台固有の光り方)は同じなんだけど、なんか光がぼんやりとした感じで、懐かしい雰囲気があったとか言ってた。」
「懐かしい雰囲気…?その話だけじゃ〜なんとも言えないね。」
「後、無人化後なのに灯台に人影を見たとも言ってたぞ。」
「臨検でもしてたんじゃないの?ぼんやりとしてたのはライトの不調で、それで検査してたとか。」
怪談話を求めていたわりに、何とも現実的な返しである。
確かに怖い話ではないから、あまり乗り気ではないのかもしれない。
「で、どうするの美琴。私は特にネタないけど…。」
「うーん…そうだなあ。よし、困ったときの原江さんということで、聞いてみようじゃん。」
「え?宮比さんにネタ聞くの?」
「違う違う、その灯台の話がホントかどうか、確認しようってことよ。」
ああ、成る程。
確証を取ってから行動に移ろうというわけか。
私は携帯を取り出し、家に電話を掛ける。
数回の呼び出し音の後、宮比さんが出る。
「もしもし、原江ですが。」
「えっと、宮比さん?今大丈夫ですか?」
「あ?夕か。別に今なら何もないが…どうした?」
「その…また部活の話が持ち上がりまして、佐治古岬灯台についてなんですけれども。」
「佐治古岬灯台…ああ、“幻影灯台”の話か。」
幻影灯台?
そういう名の怪異なのだろうか。
とにかく、何かあるのは確かなようだ。
「それなら、家に皆呼んだらどうだ?島からなら多分、見ることは出来るだろ。」
「良いんですか?」
「下手に動かれるより、家に来られた方がましだ。別に構わん。三人か?」
「あ、はい。今日は全員です。じゃあ、そう伝えときますので…。」
電話を切り、宮比さんの言葉を伝えると、美琴ちゃんが飛び上がらんばかりに喜ぶ。
「原江さんが言うなら、100%ホントの話って事だね!よし、今日の部活はそれで決定!」
しかし、宮比さんも私たちの扱いに慣れてきたのだろうか。
少し前なら、『お前らが家に来ると碌な事にならん』とか言って嫌がっていたのに。
帰る支度を済ませた私たちは、一旦各各の家へと向かう。
見る対象が灯台であるが故に、暗くなるまで待たなければならないからだ。
私は家に着くと早めの夕食を済ませ、皆が来るのを待つ。
因みに茅輪さんはちょうど高知に帰ってしまっているので、家にはいない。
明後日の夜に戻るとの事だが、やはりいないと寂しいものだ。
空が暗くなり始めると、最初に美琴ちゃんが来、少し遅れて椎名さんと隆斗君が到着した。
全員が揃ったところで、宮比さんは言った。
「よし、じゃあそろそろ出るとするか。灯台の見えやすい、島の縁まで移動するぞ。」
懐中電灯や蚊取り線香、双眼鏡を持ち出し、暗い夜道を五人で歩く。
友達とこういう事をするのは、堪らなく楽しい。
怪異調査だけでなく、もっと普通のことでもこういう事をしたいものだ。
やがて視界は開け、眩い光が遠くに見えてくる。
その中心にあるのが断崖にそびえ立つ、白く高い塔。
あれが、佐治古岬灯台だ。
「どおれ、今宵の灯台の御様子は…っと。」
双眼鏡を覗き込みながら、宮比さんは言った。
なんだか弾んだ声音だ。
宮比さんも、結構愉しいのかもしれない。
「ん、やっぱりか。ほれ、お前らも見てみ。」
何がやっぱりなんです?と聞く前に、双眼鏡を渡されてしまう。
後ろがつかえてるし、先ずは灯台をみることにしよう。
双眼鏡を覗くと、灯台の白い外壁が見えた。
けれども、何かがおかしい。
その灯りに照らされた範囲の風景が、セピア調と言うか…大昔の映像であるかのように、白黒になったり淡い色合いになったりしていた。
そしてその天辺。
展望台のような構造になっている部分には、確かに人影のようなものがあった。
それは展望台を回ったり、灯台の中に入ってはまた出てきたり…行動自体は普通なのだが、透き通っている辺り、ただの人間ではないことは明白だった。
「宮比さん、あれは…?」
双眼鏡を椎名さんに渡してから、私は尋ねる。
いつのまにか煙管で紫煙を燻らせていた宮比さんは、一息煙を吹くと答える。
「あれはなあ、戦中の灯台守なんだとさ。」
「灯台守?」
「今の子は知らんかもな。昔はああやって、灯台に常勤している人がいたのさ。近くの宿舎に家族ぐるみで暮らしながらな。」
「その人の幽霊ってことですか?」
双眼鏡を次に回した椎名さんが言った。
確かに透き通っているし、まさに幽霊のようだ。
けれども、宮比さんはゆっくりと首を横に振る。
「いや…幽霊とは違うものさ。」
「じゃあ、一体…。」
「結論から言うと、ありゃ灯台の記憶なのさ。」
「記憶?」
私たちはただ、皆して顔を見合わせる。
宮比さんの言葉の意味を誰も理解できてはいないらしい。
「つまりだな、あの灯台は九十九神なんだよ。」
「え?あのでっかいの丸々一つが?」
隆斗くんは信じられないと言った表情で灯台を指差す。
九十九神といったら、食器とか傘とか…もっとこう、小物がなるイメージしかない。
「九十九神になれるかどうかに、物の大きさは関与しない。重要なのは人に大切に使われたとか、そういったことなんだよ。それらの条件が幾つか組み合わさって、自我をもつのさ。」
「へえ、じゃああの灯台、大切に使われてきたんだ。九十九神に成る位になんて、凄いなあ。」
最後に双眼鏡を受け取った美琴ちゃんは、楽しそうにずっと灯台を眺めている。
その灯台守の行動を、追い続けているようだ。
「ところで、さっき宮比さんは何故『やっぱりか』とか呟いたんですか?」
「ああ、いやな、毎年この時期はあの人が映るからさ。幾つか映る映像にも種類があるんだよ。戦後の灯台守だったり、結構最近のだったり。」
「時期って…夏に何かあったのかな?」
私のその疑問に、椎名さんは何かに気づいたかのような顔をする。
「そっか、終戦…。」
その言葉で、私も理解した。
8月は、終戦の月でもある。
宮比さんがあの人は戦中の灯台守だと言っていたが、無関係ではないだろう。
「流石長束さんだな。そう、終戦の日が近づくと、あの人が映し出される事が多くなるのさ。これは私の祖父さんから聞いた話なんだが…あの人は終戦直前、殉職されたそうだ。」
「え…?」
「灯台ってのはその立地や性質上、敵軍機に狙われやすかった。目立つ場所に立ってるし、海運の要でもあるからな。当然、あの佐治古岬灯台も機銃掃射を受けた。その時近くの宿舎も攻撃を受け、灯台守とその家族が犠牲になったらしいんだ。」
「じゃああの灯台は、あの人の事を…。」
ずっと、偲んでいるという事なのだろう。
美琴ちゃんから双眼鏡を受け取り、もう一度灯台を眺める。
展望部分にいるその人は、ただ手すりに寄り掛かって海を眺めていた。
「あの灯台の建設は1902年。そして第二次大戦の終わり間際に敵軍機の攻撃で半壊…。1950年に再建され、1996年に無人化。あいつはそこまでの歴史を、己の灯す光の中に映し出しているのさ。」
すらすらと一息に宮比さんは言う。
相変わらずその怪異に関する事の知識は豊富だ。
「多分、寂しいんだろうな。生まれてから百年、ほぼずっと居てくれた仕事仲間が居なくなって。今は職員が点検ついでにたまに寄る程度らしいし。」
「可哀想、ですね…。」
「それでもめげずにあいつはああやって、自分の職務をこなしている。…何でも神格化するのは好きじゃないけど、私はあいつをこの海の守護神なんだって思っているよ。」
自動化され、どんどん便利になっていく今の世の中。
同じようにそれを悲しむ物は、一体どれくらいいるのだろう。
これからもう、あの灯台の寂しさを紛らせてくれる人は現れないだろうけれど…。
それでも彼は、この日諸の海を照らし続けるのだろう。
自身の記憶の中に生きる、人々と共に──。




