【第二章:ケケケッ!正義の味方よ!遅すぎるんだよ!目覚めよ!我が勇士よ!――汝のために戦おう、我が女……】
目まぐるしく巡る月日。半年という歳月が過ぎ去った。図面が散乱する薄暗い部屋の壁面には、まるで邪教の儀式跡のように、おびただしい数式と設計ラフが狂気じみて刻み込まれている……。
コン、コン、コン……。
外へと繋がる扉が叩かれた。千鳥足で玄関へと歩み寄った狂特ゴブリンは、扉をわずかに開け、顔を半分だけ覗かせて外をうかがう。そこには、ドワーフの学者とエルフの学者が佇んでいた――。
「……指定された通り、注文の品は持ってきたぞ」エルフの学者は、扉の隙間からこちらを窺う怪しげな緑の顔を冷ややかな目で見下ろした。
「そこに置いておいてくれ。今、残金を精算する……」
狂特ゴブリンは再び扉を閉めた。外に残された二人は、疑念を隠せぬまま顔を見合わせる。やがて再び扉が開くと、細く開いた隙間から、ずっしりと重みのある革袋が幾つも押し出されてきた。
「よし、これで全額だ。何か問題があればまたノックしてくれ。俺は作業に戻る」早口でそれだけ言い残すと、狂特ゴブリンは容赦なく扉をピシャリと閉ざした。
その夜。鍵穴から微かなピッキング音が響き、直後にカチャリと静かな解錠音が鳴った。ノブがゆっくりと回り、背の高い影と低い影が音もなく忍び込む。二つの影は、奥のリビングで揺らめく微かな明かりへと視線を向けた。
「いや、違うな。この配置じゃ熱干渉が避けられん……」「回路と神樹の繊維は完全に絶縁すべきだ。相互干渉で魔力が暴走する……」
リビングから漏れ聞こえるヒソヒソとした議論の声。二人が足音を忍ばせてリビングへと足を踏み入れた瞬間、その目に飛び込んできた惨状に息を呑んだ。
「貴様ら、裏で良からぬ悪巧みをしていると踏んでいたが……世界樹よ、一体何を作ろうとしているのだ。……兵器か!?」真っ先に踏み込んできたエルフの学者が、壁一面の設計図と床の計算用紙を鋭い眼光で見回した。
突如として響いた第四の声に、室内の三人はピタリと手を止め、その場で完全に凍りついた――。
「へぇ――。堂々と不法侵入(コソ泥)のパフォーマンスとは、いい度胸じゃねぇか」我に返った獰笑ゴブリンが即座に踏み出し、狂特ゴブリンを背後に庇う。部屋の隅に腰掛けていた恋銃癖も疲労を押し殺し、冷徹な眼差しで不速の客を射抜いた。
一方、ドワーフの学者は面白そうに顎髭を撫でながら壁の数式にすり寄った。「ほぉーっ!おいおい鍛冶神よ、見てみろ!うちの先祖代々の頑固親父どもより遥かにブッ飛んでやがるぞ……」
「国家に隠れて、このような危険極まりない実験に手を染めるなど……!」エルフの学者が憤怒に震え、室内の面々を睨みつける。
だが、彼が言い終わるより早く。ドワーフの学者がズカズカと狂特ゴブリンの前へ歩み寄り、その肩を力強く叩いて破顔した。「ワシとこいつを一丁、噛ませろッ!」
「……はぁっ!?」エルフの学者が信じられないといった顔で絶叫する。
「現場を押さえちまったんだ、仲間に入れてもバチは当たらんだろ?」ドワーフの学者は打算的な笑みを浮かべ、ガハハと喉を鳴らした。「もちろん、計画が成功した暁には名誉の分け前をいただく。万が一露見した時は、ワシらの名前を絶対に吐くな。どうだ?」
「……この計画にどんな名誉があるってんだよ。死刑台に送られなきゃ御の字だっつーの」狂特ゴブリンは深いため息を吐き、二人を値踏みするように見やった。すぐに思考を切り替える。「技術の共有なら構わん。手を貸してくれるならな。後でこの技術をどう転用しようがお前らの勝手だ、世界を滅ぼすような真似をしない限りは止めん」
それを聞くや否や、ドワーフの学者は満面の笑みで狂特ゴブリンの手をがっしりと握りしめた。「商談成立だ!」
「貴様っ、正気か……!」エルフの学者が目を剥いて詰め寄る。
するとドワーフの学者は懐から一枚の金貨を取り出すと、指先でピンと弾いた。コインは放物線を描き、エルフの学者の上着のポケットへと吸い込まれるように飛び込んだ――。
「へっへー!皆の衆、見た通りだぞ!金貨は奴のポケットに収まった!これでこいつは共犯だ、供述調書から名前は外せんぞ!」「おのれ、下劣なドワーフめ……ッ!」エルフの学者が怒り狂ってドワーフの襟首を掴み上げたが、相手の巨体と重さに阻まれ、持ち上げることすら叶わない。
ドワーフの学者は抜け目のない瞳で、真剣に相棒を見据えた。「学者なら頭を回せ。これは医療にも機械工学にも応用できる、時代を数百年先へ進める先鋒技術だぞ!」
痛いところを突かれたエルフの学者は苦渋の表情を浮かべ、言葉を詰まらせた……。
反論できない相棒を見て、ドワーフの学者は腰に手を当てて部屋を見回した。「そういうわけだ!ここは狭すぎる。資材を全部荷台に積み込んで、ワシの工房へ移すぞ。あそこなら誰にも邪魔されん広いスペースがある」
狂特ゴブリンは静かに目を閉じ、天を仰いだ。再び目を開いた時、その瞳には冷徹なまでの鋭い光が宿っていた。「全種族の叡智を結集した結晶、か。面白い……。ボトルネックさえ突破できればな」
星々の輝く夜幕の下。荷台を満載にした車両がエンジンを唸らせ、丘陵の回廊へと向けて静かに走り出した――。
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大地を覆う雪。梢から零れ落ちていく枯葉と、剥き出しの寒々しい枝。やがて白銀のヴェールが融け去り、黒々とした土と芽吹き始めた若葉が顔を覗かせる。ドワーフの工房へ拠点を移してから、巡る季節はすでに一年近くに達しようとしていた――。
ウインチの駆動音が響き渡り、巨大な骨格がゆっくりと吊り上げられていく。無数のケーブルが張り巡らされたその異形のフレームが、一同の前にその威容を現した。
操作盤の前に立つドワーフの学者が変圧器のメインスイッチを入れる。「全微小回路、通電状況はどうだ?」
獰笑ゴブリンが計測器の端子を構え、フレームの各部に配された微小伝導繊維へプローブを当てて確認していく。「配置された全繊維、規定の電荷が正常に導通してるぜ」
「まずは掌の挙動からテストする。出力を微調整するぞ」ドワーフの学者が慎重にダイヤルを回す。
同じく計測器を操り、指先のアクチュエータを監視していたエルフの学者が振り返った。「許容負荷範囲内を維持。掌の握進動作、正常に完了」
「関節可動テストへ移行!」「全関節、屈曲および伸展、問題なし!」
飛び交う確認の声。恋銃癖はフレームの周囲を歩き回り、食い入るようにその構造を見つめていた。そこへ、狂特ゴブリンが静かに歩み寄ってくる。
恋銃癖は腕を組み、培養液の注入作業から戻った相棒へ視線を向けた。「……脳の状態はどうだ?」
「悪くない。低温状態を保ち、最低限の代謝で機能を維持させている」狂特ゴブリンはフレームの前に立ち、組み上がった骨格を慈しむように見上げた。
隣を通りかかった彼を見て、獰笑ゴブリンがニヤリと笑ってからかう。「おい相棒、腰椎を丸ごと取っ払って、回転レール機構にすげ替えたな?当初の設計図と違うじゃねぇか、このペテン師め」
「ゴブリンの合理性を疑うな。微小電位繊維をセンサーに直結させ、下半身の滑動リングで微小電波を伝達する。これで上半身は完全な三六〇度死角なしの旋回が可能になるんだ」
横から歩み寄ってきたエルフの学者が、呆れたように白目を剥いた。「問題は、生前の脳の身体認識だ。突如として三六〇度回転する肉体を与えられて、脳が混乱を起こさずに適応できると思うのかね?」
狂特ゴブリンは無機質な脛の金属フレームを撫でながら、淡々と答えた。「あいつがこの身体で生きることを受け入れてくれさえすれば、俺が時間をかけて教えてやる」
エルフの学者は深いため息を吐き、設計図の散乱する作業台から一枚の図面を掴み出して突きつけた。「それから、この胸部の空洞構造だ!図面と照らし合わせても、完全にコックピットじゃないか!一体何を企んでいる!?」
それを聞いた狂特ゴブリンは、親指を誇らしげに自分の胸へと向けた。「俺専用のシートだ。側面に重火器をマウントして、俺があいつの背後の死角を制圧する」
「おいおい……深淵侵攻の真っ只中じゃなけりゃ、貴様のこの設計思想は全種族から討伐対象に指定されてるレベルだぞ、このイカれ野郎が」獰笑ゴブリンが肘で小突いてからかう。「大啓蒙者なんぞ返上して、魔王にでも転職したらどうだ?」
「黙って手を動かせ、相棒」狂特ゴブリンは短く笑い、期待に満ちた瞳で骨格を見上げた。
工場内を五人の影が目まぐるしく駆け巡る。重機が軋み、火花が散り、電線が交錯する。二度の黄昏、二度の闇、そして二度の黎明を越え、骨格の上に重厚な装甲プレートが取り付けられていった――。
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狂特ゴブリンが抱えてきたのは、両側に大きな耳のようなプロペラ推進器を備えた、半楕円形の機械装置だった。作業台の上の物を乱暴に払い除けてそれを置くと、背面の保護プレートを取り外す。露出した強化ガラスのキャニスターの中には、透明な液体が満たされていた。
エルフの学者から手渡された、極限まで電力を充填した二基の無瑕の魔法水晶を、狂特ゴブリンは両側のスロットへと慎重に装填する。
背後から、大脳を収めたガラス瓶を抱えた恋銃癖が静かに進み出て、装置の傍らへ置いた。ドワーフの学者が圧縮ガスボンベを押し運び、接続された二組の酸素マスクを手渡す。
「恋銃癖、あの時と同じだ。脳をこの装置へ移送するぞ」マスクを装着した狂特ゴブリンが、もう一つのマスクを恋銃癖へ差し出す。
二人が準備を整えると、他の三人は速やかに間合いを取った。エルフの学者が両手を胸の前で合わせ、二人を見据えてから――一気に掌を外側へと解き放った。二人を中心として、円環状の不可視の衝撃波が走り、作業台と床の粉塵が一瞬で四方へ吹き飛ばされる。
大気の流れが停滞を始め、不可視の気泡の輪郭が、微細な空気の歪みとなっておぼろげに浮かび上がった。恋銃癖は作業台に両手を置き、空気中の分子構造へと意識を研ぎ澄ます。余分な気体を排除し、必要な元素だけをテーブルの周囲へと凝縮させていく……。
狂特ゴブリンの手によって、大脳は完璧に移送された。背面の金属装甲を再びボルトで固定し、彼は大きく息を吐いた。「……仕上げだ」
二人のエルフが術式を解き、周囲の大気が緩やかに循環を取り戻す。狂特ゴブリンは背負っていたエンジニア・バックパックを下ろした。その側面から突き出した、小さな電柱の頂にある金属球へと掌を差し伸べる。球体が微弱に明滅し――次の瞬間、眩いプラズマの光球が顕現した。
「……なぁ、相棒。すまねぇな……。俺のエゴのために、お前を巻き込んじまった……」
狂特ゴブリンは名残惜しそうに目を細めた。雷のスプライトが細い電弧を無数に伸ばし、掌の上を慈しむように這い回る。その電流は、まるで長年連れ添った友との最後の別れを惜しむかのように、彼の皮膚を優しく撫で上げていた。
不意に、スプライトが宙へとふわりと浮き上がった。眩烈な閃光を放ちながら球体から放射状の電弧が迸り、やがて小さな光の欠片が零れ落ちて、バックパックの電柱の中へと静かに収まった。
狂特ゴブリンは両手で、ゆっくりと降りてきたスプライトを受け止めた。不規則に明滅するその愛おしい光を見つめ、掠れた声で囁く。「……ありがとよ、相棒」
狂特ゴブリンはスプライトを捧げ持ち、クレーンの下に設置されていた巨大な無瑕の魔法水晶の前へと歩み出た。スプライトは彼の掌を静かに離れると、水晶へと吸い込まれるように融合していく。鮮烈な蒼白い閃光が弾け、水晶の内部で無数の稲妻が脈打つようにスパークを始めた――。
ドワーフの学者がレバーを操作し、そのコア・クリスタルを躯体の背部ユニットへ水平に装填する。獰笑ゴブリンが即座にリア装甲を密閉し、恋銃癖が楕円形の頭部ユニットをクレーンのフックへと固定した。ドワーフの学者が再び操作桿を引き絞る。吊り上げられた頭部が、巨大な金属の胴体の上へと、寸分の狂いもなく静かに降り立った――。
固唾を呑んで見守る一同。時が、一秒ごとに重く刻まれていく。全員が息を止め、見上げるような巨躯の機甲を見つめ続けていた。
やがて――。頭部正面の楕円形ディスプレイが、微かに明滅した。ガラスパネルの奥に、光のドットが静かに浮かび上がる。
『(ー_ー) zzz…… (・o・)』




