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【第一章:正道、邪道、どっちも分かんない~大博打に冒涜、所詮は狂人さ~】

 一年半前――。

 獰笑ゴブリン族の古い家屋。その薄暗い一室には、埃をかぶった用途不明の小型装置が所狭しと並んでいた……。

『――どけッ! 今こいつらを降ろすのは自殺行為だ! 車内から応戦させろ! 俺が応急修理で、こいつをもう一度動かせるか試してやる!』 『くるま、こわれた。ベビー、おす。かぞく、おうち、かえる』

『――どけッ! 今こいつらを降ろすのは自殺行為だ! 車内から応戦させろ! 俺が応急修理で、こいつをもう一度動かせるか試してやる!』 『くるま、こわれた。ベビー、おす。かぞく、おうち、かえる』

「ああああああっ――!」

 狂特ゴブリンは激情のままに、力任せに机を叩きつけた。 ――バァンッ! 鈍い衝撃音が響き、周囲の工具が一斉に跳ね上がる。 彼は激しい罪悪感に苛まれ、両手で頭を抱え込むと、机に突っ伏して呪詛を吐いた。

「クソッ……! わざとじゃなかったんだ……俺は、ただ……」

 その時、一巻きのくしゃくしゃになった図面が、彼の肘元へと転がり落ちてきた。

 狂特ゴブリンはそれを震える手で広げた。 紙の上には、『狂特戦隊』全員を模した、拙い棒人間の落書き。 互いに手を繋ぎ、楽しそうに笑い合っている姿が描かれていた――。

 バチバチッ――! 不意に周囲で電弧が弾け、青白い光球が彼の傍らに現れた。 続いて炎、岩石、そして水球が次々と凝縮し、姿を現していく。

 水の精霊がそっと狂特ゴブリンの頬を撫で、四大元素の精霊たちが彼の周りを優しく旋回し始めた……。

「大丈夫だ……平気だ……俺は……」

 狂特ゴブリンは長い間、その落書きを呆然と見つめ続けていた。脳裏に狂気じみた発想が浮かんでは消え、濁っていた瞳が次第に澄み渡っていく。彼は伏し目がちに、静かに呟いた。

「……力を貸してくれ。そして……許してくれ。今回だけだ……俺は、『造物主』の領域に触れてみたいんだ…… 」



 ──────────────────────────────────



 深夜。半日の突貫作業を終えた狂特ゴブリンは、エンジニア・ゴーグルを装着し、バックパックを背負い、液体で満たされた大きな瓶を手にして、遺体が積み上げられた大部屋へと密かに忍び込んだ……。

「おい……」

 背後からかけられた唐突な低い声。 心臓が激しく跳ね上がり、狂特ゴブリンは勢いよく振り返った。

 暗がりの中で目を凝らす。 そこに立っていたのは、酒瓶を手にした恋銃癖だった。 狂特ゴブリンは胸を撫で下ろし、小声で悪態をついた。

「クソが……脅かすんじゃねぇよ……」

「こんな所で何をしてる?」 恋銃癖は、完全武装で怪しげに蠢く狂特ゴブリンを怪訝そうに見つめた。

 同じく疑念を抱いた狂特ゴブリンが問い返す。 「そういうお前こそ、ここで何をしてやがる?」

 その言葉に、恋銃癖は憂いを帯びた瞳を伏せ、手にした酒瓶を目の前で軽く揺らしてみせた。

 それを見た狂特ゴブリンは、目をくるりと巡らせた。ふと頭の中に閃くものがあり、彼は口を開いた。

「ちょうどいい、聞け。お前が必要だ……」

 狂特ゴブリンの言葉に息を詰め、冷徹な眼差しで彼をじっと見つめていた恋銃癖が問いかけた。

「……その決断は取り返しのつかない結果をもたらすぞ。後悔はしないのか? 」

 狂特ゴブリンは真剣な面持ちで、焦燥を滲ませて言い放った。 「余計な詮索はするな。手を貸すか貸さないかはお前の自由だ。だが、時間がねぇんだよ……」

 踵を返し、ひときわ大きく盛り上がった白布へと真っ直ぐ歩き出す狂特ゴブリン。恋銃癖はその背中をしばし見つめ、しばし思案してから、静かに歩み寄った。

「大脳が無事であることを祈るばかりだ……」 狂特ゴブリンが白布をめくる。 そこには、蒼白な肌の『双頭のトロル』が、まるで深い眠りについているかのように静かに横たわっていた。狂特ゴブリンは心配そうに眉をひそめる。

「おい、こいつを座らせる体勢で持ち上げてくれ。俺はこれから切開に集中しなきゃならん。だからお前が支えるんだ。それと、その瓶の液体には細心の注意を払え。調合済みの『脳髄液』だ 」

 狂特ゴブリンは指示を飛ばしながら、恋銃癖と共にトロルの巨体を壁際まで引きずっていった。荒い息を吐きながら続ける。

「お前、少しは魔法が使えるだろ? 風を操れるか? こいつの頭部の周囲から余分な空気を排除して、アルゴン、窒素、二酸化炭素だけを残すんだ……」

 それを聞いた恋銃癖は眉を固く結び、口ごもった。 「そ、そんな精密な魔力制御……少し時間をくれ……」

 恋銃癖はトロルの両側の頬骨に手を添えた。全神経を集中させ、掌を流れる空気の微細な変化と分子の差異を感じ取る。微かな風が、彼の手背の産毛を絶え間なく揺らし始めた……。

 トロルの顔を凝視しながら、恋銃癖は忘れずに念を押した。 「……そろそろいいぞ。できるなら長引かせるなよ…… 」

「任せろ」 狂特ゴブリンは手袋をはめ、トロルの頭部を支えた。エンジニア・バックパックの片側から機械アームが稼働し始め、先端のドリルが丸鋸へと切り替わって高速回転しながら、前額部へと迫っていく――。

 時間が一刻一秒と過ぎていく中、二人は一寸の油断もなく、部屋の中で倫理に背く禁忌の計画を進め続けた……。



 ──────────────────────────────────



 数時間後。丸ごとの大脳が収められた大瓶を携えて立ち去った二人は、蔦の這う古い家屋へとたどり着いた……。

「どこに鍵を置いたっけな……」 玄関の前に立ち、狂特ゴブリンは追放される前に予備の鍵を隠した場所を、必死に思い出そうとする。

「おっ、思い出した!」 狂特ゴブリンはひょいと玄関マットの一角をめくり、そこから鍵を拾い上げた。

 大瓶を両手で支えていた恋銃癖が、呆れたように口を開く。 「あれだけ長いこと考え込んでおいて、結局は一般人が隠すようなド定番の場所かよ」

「うるせぇ。当時はこれでも頭をフル回転させてあらゆる隠し場所をシミュレートしたんだよ。結局、灯台下暗し、最も危険な場所こそが最も安全って結論に至ったんだ。文句あるか?」 家のドアを開け、狂特ゴブリンは側を向いて背中をドアに預け、入室を促した。

 恋銃癖は思わず片方の口角を上げ、首を横に振って答えた。 「つまり、終着点こそが出発点だったってわけだな」

 身をかがめて屋内に足を踏み入れ、再び上体を起こした恋銃癖。 部屋いっぱいに並ぶ、見たこともない奇妙な装置や器具の数々に目を奪われ、周囲を見回した。 「ここがお前の昔の家か? ずいぶんと珍しい……装置ばかりだな 」

「昔、遊び半分で作った設計に過ぎねぇよ」扉を閉め、狂特ゴブリンは手をひらひらと振りながら手慣れた足取りで奥へと進み、室内の照明を点灯させた。

「少し我慢して、適当に椅子かソファを繋ぎ合わせて休んでてくれ」 恋銃癖から大瓶を受け取ると、リビングの家具に向けてあごをしゃくった。 「俺は頭の中の草案を急いで形にしなきゃならねぇんだ。朝一番で人を呼んで手伝わせるからな」

 恋銃癖はそれなりに整頓されたリビングの様子を眺め、首を横に振った。 「いや、私も加わろう。二人でやれば、それこそ『事半功倍』になるかもしれないぞ」

 その返答に、狂特ゴブリンの目元がいくらか和らいだ。彼はすぐに背を向けて短く答えた。 「……好きにしろ」

 遠くから響く深夜の動物の鳴き声を耳にしながら、狂特ゴブリンは作業台の上に図面を広げた。 二人はそれぞれの畢生の学びを傾け、設計と討論を始め、破暁が緩やかに天際を照らし出すまで続けた……。

 ふと入り口に立っている狂特ゴブリンを目に留め、獰笑ゴブリンは手元のリバース・エンジニアリング作業を止め、外に出てお互いの手首を叩き合わせた。

「よぉ──。珍しく大啓蒙者様が、この俺のような取るに足らない端くれを訪ねてくるとはな。てっきり俺の存在なんて、お前の回顧録の中にしか残ってねぇと思ってたぜ」

 疲労の色をにじませた狂特ゴブリンは、前置きもなしに切り出した。 「無駄口を叩くな、相棒。お前らの力を借りに来たんだ」

 心底驚いた獰笑ゴブリンは、それでも軽口を叩いた。 「俺たち? おいおい、聞き間違いじゃないだろうな、相棒。こいつは光栄だぜ。まさか明日、世界が爆発でもするってのか?」

 狂特ゴブリンは怜悧な瞳で問いかけた。 「相棒、手を貸すか貸さないか、どっちだ?」

 その様子を目にした獰笑ゴブリンは、瞬時にふざけた態度を引っ込め、真剣な眼差しで答えた。 「当然だ。有事の時は各自逃げ出すのが俺たち相棒だが、大啓蒙者様が自ら助力を求めにくるなんて、驚天動地の大事に決まってるからな。言ってみな」

「あの日、俺と一緒にあの『扉』を研究した学者たちを全員集めろ」 狂特ゴブリンは、その目に自信と満足を覗かせながら、獰笑ゴブリンの背後――紫色の砲車を研究している学者たちを指差した。



 ──────────────────────────────────



 狂特ゴブリンの旧宅が、呼び集められた学者たちでひしめき合う中、狂特ゴブリンは全員にリストを手渡し、こう告げた。

「いいか全員、よく聞け。お前たちを集めたのは、各部族が誇る専門技術が必要だからだ。これは大まかな摘要だ。各自、しっかり読み込んで見積もりを出してくれ」

 最初にリストを受け取ったエルフの学者が、紙面の内容を眺め、両眉をひそめて怪訝そうに問いかけた。 「この無瑕の魔法水晶、それに精巧な凸レンズ結晶……。一体、これらを使って何をするつもりなのですか?」

 続いて図面を手にしたドワーフも、内容を眺めながら呼応するように声を上げた。 「おほほう──おいおい緑チビ、この金属材料とコンポーネントは精巧な製造が必要だぞ。価格は冗談じゃ済まねぇぞ!」

 狂特ゴブリンは問答無用で、あらかじめ用意してあった金袋を、一袋ずつテーブルの上に置いていった。そのたびに、ドサリ、ドサリと重みのある鈍い音が響く。

「金はすべてここにある。できるのか、できないのか?」

 エルフの学者は金を数えようともせず、まずは手元の摘要を読み返し、それからドワーフの摘要の内容に目を向けた。その中におかしな点を見つけると、表情を険しくして問い詰めた。

「技術的には可能です。ですが、あなたは意図的にこれらをすべて分割して依頼している。……単刀直入に聞きますが、これらを使って何をするつもりなのですか?」

 狂特ゴブリンの傍らから、恋銃癖が冷ややかに割って入った。 「危害を及ぼすような計画ではない。この俺が保証する」

 エルフの学者は、疑念の入り混じった目で同族の『第二学士』をしばらく値踏みするように見つめ、やがて深い溜息を吐いた。 「……分かりました。第二学士殿の保証があるならば、ひとまずは追及しません。どうか、無茶な真似だけはなさらないでくださいよ」

 狂特ゴブリンが必要な材料について細心に言い含めた後、獰笑ゴブリンは気を利かせて二人の学者を送り出し、それぞれの委託へと向かわせた。

 獰笑ゴブリンは扉を閉め、狂特ゴブリンの前に来ると腰に手を当て、彼と視線を合わせて真剣に問いかけた。

「よし、連中は完全に立ち去ったぜ、相棒。……お前、一体どんな計画を隠し持って、そこまで勿体ぶってやがるんだ?」

「俺と一緒に罪を犯す気はあるか?」 狂特ゴブリンは片眉を上げて相手をじっと見つめ返した。

「よぉ、相棒。器具でも作って連合議会の国庫を空っぽにし、高飛びする気か? だったら俺も一枚噛ませろ」

「ふざけやがれ」 そう吐き捨てると、狂特ゴブリンは構わず部屋の奥へと入っていき、慎重に提げてきた大脳の入った瓶を、そっと机の上に置いた。

「脳みそ……!? こいつは一体誰の……」 それを見た獰笑ゴブリンは、眼の色を一瞬で変えた。相棒の抱く凄まじい狂気を悟ると、彼は興をそそられた様子で首を横に振り、感嘆のため息を漏らした。

「おいおいおい……相棒、どれだけデカい博打を打つ気だ?」

「聞け……」 瓶のてっぺんに手を置いた狂特ゴブリンは、中のものを見つめながら、その一部始終を語り始めた……。

 事の始末を聞き終えた獰笑ゴブリンは、真剣な眼差しで相棒を凝視した。 「……大啓蒙者という尊称では満足できず、今度は神にでもなるつもりか? とんでもなく貪欲だな、相棒」

 言葉が落ちると、狂特ゴブリンは自責の念を宿した瞳を逸らし、力なくため息を漏らした。 「神になるつもりなんてない。実を言うと、この計画が本当に成功するかどうかさえ俺には分からん……。不確定要素が多すぎるんだ」

 獰笑ゴブリンは驚嘆に瞳を輝かせ、さらに問いかけた。 「この計画は、おそらく世界初だぞ。だが、本当にお前、この大脳一つで全身を操作できると思っているのか?」

 狂特ゴブリンは深く考え込みながら答えた。 「俺には残肢改造の経験はある。生物の神経を身体の構造に対応させることができれば、俺の考えでは……実現できるはずだ」

「アッハ! そいつはデカすぎる博打だぜ、相棒!」 獰笑ゴブリンは歓喜して身をかがめ、自分の膝を激しく叩き、核心を突くように鋭く問いかけた。 「――で、お前の『相棒』自身は、それを望んでいると思うか?」

「あいつの認識の中じゃ、自分はただ眠りについただけだ。目を覚ますのは、ごく当たり前のことだろ」

 獰笑ゴブリンは、相手が言葉を濁しているのか、それともこちらの意図を誤解しているのか測りかねるように見つめ、単刀直入に問い返した。 「相棒、俺が言っているのはな、あいつが自分の身体が金属に変わってしまったと気付いた時、それでも受け入れる気があるのか、ってことだ」

 狂特ゴブリンは深く息を吸い込み、苛立たしげに獰笑ゴブリンを凝視した。

「そのことなら……俺だって嫌というほど考え抜いたさ! だが、それも結局は結論を得てからの話だ。当務の急は、まずはあいつを呼び醒ますこと。もし……あいつがどうしてもそれを受け入れられねぇって言うなら、その時は――俺自身の手で、もう一度永遠の眠りにつかせてやる……!」

 その答えを得て、獰笑ゴブリンは満足げに笑った。 「決まりだな、相棒。主犯の座に、俺も混ぜろ」

「よし。俺は今からハイエルフの居住区に戻って、保管してある『神樹の繊維』を回収してくる」 狂特ゴブリンはうつむいて安堵のため息を吐くと、手元のメモを恋銃癖へと押し付け、厳格な口調で指示を叩き込んだ。

「恋銃癖、これを持っておけ。大脳を維持するための栄養液の規定量と注入スケジュール、それから裏面には調合レシピが書いてある」 「絶対に忘れるな。多すぎても少なすぎてもダメだ。指定された時間通りに正確に注入しろ」

 狂特ゴブリンは装備を整えながら幾度も念を押し、最後に玄関の扉を開けて室内の二人を振り返った。

「すぐ戻る。次の脳髄液の交換時間には間に合わせるはずだ」


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