4話 苦手なもの
朝寝ぼけながら学校へ二人で向かい、平和公園の桜並木を通る。平和公園の桜は散りかけているが、それでもまだ立派でとても綺麗だ。淡い桃色の花びらが、朝日を浴びて、幻想的な光景だ。
路面電車に乗って学校に向かって行く。昨日みたいに遅刻さえしなければ、電車には同級生が何人か乗っている。女子の何人かは、凛のことを見てその美しさに惚れて、男子の何人かは、遥の方をチラッと見て顔をほんの少し、赤く染めていた。
「2組の嘉島、可愛いよな。」
電車の奥で、そう大声で話す同級生がいた。俺はその声の主が大体想像できて、嫌な予感がした。
予感が当たった。ふさふさした淡い金髪に、くすんだ青色の瞳を光らせウインクをしている。鼻が高くて、少し外国人のような顔立ちをしており、凛が一番嫌いな同級生、兼堂逸生だった。周りには、取り巻きの人が数人いる。とにかく体がでかい鯛牧太史、比較的小柄だが悪知恵だけはたくさんあって何を考えているか分からない黒原出蛭、スケベで日頃からメガネをいじって賢そうに振る舞いながらエロ漫画を読み漁る魅鱈賢、ロクでもない人しかいない。顔だけいい兼堂が凛に近づく。
「よっ、漆館。嘉島はお前の彼女か?いつも一緒にいるし。」
凛の方を向いて言い、凛の反応を見てケラケラ笑う。凛は中性的な美しい顔をしかめて、兼堂を睨む。
「ちげーよ、兼堂。ただの幼なじみだ。」
遥は、英語のテスト勉強のために、イヤホンをつけて英会話を聞いている。幸いこちらの会話には気づいていない。
「へぇー、じゃあ、嘉島とは付き合っていないんだ?じゃあ、俺が嘉島と付き合っても文句ないよな。」
兼堂は笑顔で凛に聞く。凛はいよいよ立ち上がって兼堂を正面から見た。
「いいわけないだろう。お前のようなアホな集団と付き合うなんて、遥の身からしてみれば可哀想だろ。」
俺は今、兼堂たちに向かってどのような表情を見せているのだろう。少なくともただ睨んでいるだけではなさそうだ。なんだか頬が熱い。凛の反応を見て、取り巻きを含め、兼堂が大笑いする。何事かと思った遥がイヤホンを外して、こちらに顔を向けた。
「どうしたの、凛ちゃん。電車でそんなに騒いで。」
兼堂たちは何事もなかったかのように振る舞い、遥に向かって紳士的に笑いかける。まだ頬が熱い。まるで、さっきの会話を引きずっているのは俺だけみたいだ。
「よっ、遥ちゃん。今日の髪型可愛いね。」
兼堂が遥に優しくかっこいい声で話しかける。遥にちゃんをつけるなど、兼堂のようなやつがしていいわけがない。
「えっ、そう?ありがとう。」
一方の遥は、兼堂の言葉に対して、喜んで少し照れている。俺は無口な性格で、思ったことを比較的言わないから、あまり褒めたりはしない。遥にとっては、異性に褒められるのは新鮮だったらしい。兼堂はとりあえず満足したらしく、取り巻きを引き連れて離れていった。
俺は、遥の方から目を逸らした。顔全体が熱い。それにしても、なんで遥はあんなバカが調子よく言っている言葉に満足しているんだ。俺は少しだけ口をとんがらせたのち、窓に映っている港の景色を見た。
凛たちは電車を降りて学校に向かって歩き始めたが、やっぱりさっきのことがずっと気になって頭から離れない。兼堂は外見しか良くないが、それでもやっぱり女子にモテている人の一人だ。おまけに、これほどモテているにも関わらず、彼女がいない。つまり、もしかしたら本当に遥は兼堂の彼女になってしまうかもしれない。
ここずっと遥に対しての感情がおかしい。前までは、こんなこと絶対思っていなかったのに。なんで兼堂なんかに嫉妬をしてしまうんだろう。おまけに、昨日遥の顔を間近で見た時にも、いつもと違った感情を抱いてしまった。この感情はなんというのだろうか。
学校が見えてきた。朝日が眩しい。凛は、校門を清々しい気分でくぐり、新しいクラスに向かった。
「1年E組」と書かれたクラスに入る。1学年あたり10クラスもあるのに、遥と同じクラスになるとは運がいい。今まで遥と別のクラスになったことは幸運なことにない。比較的交友関係があまりない凛にとっては、信頼できる遥の存在はとても重要だ。幸い、兼堂たちは隣のクラスへ行ったので、毎日面倒な目に遭うことはなさそうだ。
一番窓側で、かつ一番後ろに座る。遥は凛の隣の席にリュックを置いて腰掛ける。窓からは長崎港が見え、特別目立つオレンジ色の大きな球体を持った建物が見える。あれがなんであるのかは凛は知らない。でも、幼い頃から見てきた景色だからか、この景色はなんとなく落ち着く。
扉がガラガラと音を立てて開いた。凛はげっと思った。まさか担任の先生が暁月先生だとは思ってもいなかった。先生は昨日のことをだいぶ覚えているらしく、凛の方を見ると、角ばった顔でにっこりと笑った。凛は苦笑いをするしかなかった。
「ねえ。」
凛は呼ばれて振り向く。学年中で美人だと評される黒髪の女子が話しかけてきた。
凛が苦手なものは何かと問いかけられると、真っ先に女子だと答える。そう、凛は女子と話すことが何よりも苦手なのだ。遥以外の女子は、大体凛となんとなく価値観が合わないというか、一緒にいること自体凛にとっては辛いのだ。
「なんだ?」
凛はそうぼそっと答える。名前は誰だっけ、確か山田ではなかっただろうか。人づきあいもほとんどないので、300人もいる同級生の名前なんかいちいち覚えていられない。
「私さ、漆舘君のことが好きなんだ。それでね、もっと漆舘君のことを知りたいからさ、今日一緒に帰らない?」
相手が照れた顔をして凛の方を向く。世間一般の人は可愛いと思うのかもしれないが、凛はむしろ気味が悪いと思う。女子に告白されるのはまず苦手だし、趣味も性格も顔も凛の好みではない女子と話す時間自体無駄なのだ。
「無理、お前のこと、俺は好きでもなんでもない。」
凛は目を相手から逸らし、投げ捨てるように言った。相手は相当ショックだったらしい。こういう塩っぽい対応がみんなから無愛想だと言われる理由だ。相手は教室の隅にいた取り巻きに慰められている。
「大丈夫だよ、みっちゃんは可愛いんだから。」
「そうだよ、あんな奴の言うこと気にしなくていいよ。」
凛はそもそも自分がどう思われているかなんて興味は全くないので、全然気にならなかった。シャーペンを取り、今日提出する英語の宿題を朝のうちに頑張って終わらせる。
「何しているの。」
鳥肌が立った。後ろを振り向くと、暁月先生がじろっと凛のことを見ている。
「宿題は前日までにするものです。また怒られたいの?」
凛は苦笑いをする。なんとなくめんどくさくて宿題は前日にはしない。
「それに、今から行事があるから準備しなさい。」
凛は疑問に思った。今日はなにか大切な行事はあっただろうか。昨日いろいろあったので思い出せない。
「なんでしょうか、先生?」
暁月先生がため息をつく。よほど呆れたのだろうか。
「今日は部活動紹介の日です。何かしら部活に入ってもらいますよ、漆舘さん。」
中学校は野球クラブに所属していたため、帰宅部だった。今は野球は辞めたので、これから自由な時間を過ごせると喜んでいた。部活に入らないといけないなんて、聞いていない⁉︎




