Sid.73 デートついでに家に寄る
劇場の受付を済ませホールに入ると、なぜか外光が差し込んでいる。
「これって」
「ヒロトさん。二階席です」
「えっと、あの」
「どうしたんですか?」
アイナが疑問を抱かないってことは、これが普通なんだ。似たようなものと言えばシェイクスピアのグローブ劇場か。あれも円形に取り囲む建物に屋根はある。舞台にも屋根はあるけど舞台の正面に位置する観客席に天井が無い。
違いはすり鉢状に客席が下ってること。前の観客の頭で舞台が見えない、なんてことが無いように工夫したんだろう。
「ちょっと驚いただけです」
「何にです?」
「オペラハウスのような造りじゃないんだって」
「そんなの首都にしかないですよ」
やっぱりそうだよね。
二階席に上がると木製のベンチが並ぶ。庶民が利用するための施設だからだろう。これが貴族とかが利用するとなれば、立派なソファが用意されてるだろうし。
適当な場所に腰を下ろすけど、音響的にはよろしくない構造な気もする。まあ聴ければいいんだろうけど。
「始まりますよ」
アイナに言われ舞台に視線を移すと演奏が始まるようで。少数の楽器とメインは声楽なんだ。
で、聴いてるうちに眠くなるわけで。聖歌とは違うものの確かに牧歌。全体的に単調で盛り上がりに欠ける。現代音楽とは違い過ぎて退屈だった。天井が無いことで残響も乏しいし、やっぱり音楽にはあんまり向いてないと思う。
隣で聴いてるアイナもなんか眠そうで目がとろんとしてたな。
演奏が終わると欠伸を堪えつつも背伸びをするアイナだ。
「退屈してました?」
「え、してないですよ」
そういうことにしておこう。若い人には観劇の方が良いんだろう。長閑な牧歌を聴かされてもね。僕もだけど刺激が足りないってことで。
音楽のジャンルが広がるのはまだ当分先のことになりそうだ。
劇場を出ると腹の虫が鳴いてるようで。
「食事はどうします?」
「ヒロトさん、食べないんですよね」
「構造的に無理です」
「じゃあ我慢します」
しなくていい、と言って軽く食事をとってもらうことに。
飲食店に関しては現代とは様相が異なり過ぎた。所謂定食屋が存在せず、居酒屋や焼き専門店や煮込み専門店など、調理法で異なる店になってる。
中世ヨーロッパのギルドに支配されていた頃と似てるかも。
「何食べます?」
僕を見て残念そうな表情を見せるけど「ヒロトさんと一緒だったら、何を食べても美味しいと思うんです」なんて言ってるし。
「何も食べられないのに、あたしだけ」
「気にしなくていいですよ」
とりあえず数少ない店の中から焼き専門に。しかも肉料理専門。魚はまた別の店になるようだ。
面倒臭い。一か所で全てを賄えないって。
店内は客が大きなテーブルを囲む感じのスタイル。テーブルに肉料理が並び、客が各々手にして食するようだ。アイナも席に着くと適当に食べるけど。
「全然食べられないんですか?」
「消化器官が存在しないから」
「早く人になりましょうよ」
いつまで仮の体で居るのかって。一緒に楽しめないのが悲しいそうだ。
食事が済むと店を出て広場に向かい、適当な場所に腰を下ろし食休み。隣に座るアイナが頭を僕の肩に乗せ「白馬の王子様は人じゃないんです」とか言ってる。
「居るんですか? 白馬の王子」
「あたしの隣に」
「残念王子じゃなかったんですか?」
「待ち焦がれた王子様だったんです」
待ってたんだ。ずっと。でも僕を待ち焦がれた王子って、なんか違う気がするけど。
「待ち焦がれたって、どういうことです?」
「こんなお伽噺があるんですよ」
何やら語り始めるアイナだ。
所謂、救世主の物語のようだ。どの世界でもあるんだね。ある日どこかの国に現れた救世主は、瞬く間に世界にとっての異物を排除し、異物の親玉を倒し平和をもたらすのだそうだ。そして一人の女性と出会い結婚に至る。子宝にも恵まれ末永く幸せな家庭を築く。そんな話。
安易な創作だとは思うけど、日本にも似たような話は掃いて捨てるほどあるな。
あと異物ってのが。地球から来た人たちだよね。新しい物語なのかも。
でも救世主は少なくとも僕じゃない。
「その手の本はあるんですか?」
「ありますよ」
「そう言えば読んだこと無いです」
「読んでみます?」
一応、活版印刷は普及しているらしい。それに伴い書籍も充実しているそうで。量産できる体制になってるんだ。
本があるなら多少は暇潰しができるかも。
「あるなら」
「家に来てください。貸しますよ」
結局アイナの自宅まで移動し本を借りるんだけど。
母親の視線はやっぱり少し痛い。少しは認めたと思ったけど人間じゃないからかも。冒険者ってのも良くないんだろうな。
神父になればマリッカと結婚。稼ぎは乏しくなるけど、慎ましやかな生活になるんだろう。
アイナと結婚となると働き口の問題がある。冒険者を続けるなら稼げるだろうけど、年取ってまで冒険者なんて続けられない。どこかで引退する必要がある。
先行き不透明な働き方だな。
「これです」
アイナが差し出してきた本はハードカバーの洋書。洋書だよね、日本語じゃないから。こっちの言語で書かれた本のページを捲る。
翻訳機能はきちんと動作してるようで、読めるし意味も分かる。
この世界は異界より出でたる異形の存在により、偉大なる王国臣民は迫害され続けることとなった。
こんな書き出しで始まる物語。
「これ、いつ出版されたんです?」
「去年です」
「これ、どう見ても冒険者ですよね」
「みたいですね」
不満が溜まった著者が横暴な冒険者を排除する、そんな物語を考え出版に至って人気作になったんだろう。
たった数年で、この世界の人たちから心底嫌われる存在になるなんて。どれだけ悪行を重ねたのやら。相当根深い問題になっていそうだ。僕が一つの町で自分の評判を少し上げたくらいじゃ何の意味も無いと思える。
そして排除するだけの力は住人にはない。それが問題を大きくするんだろう。
「この物語の主人公がヒロトさんみたいなんです」
「僕は主人公じゃないし救世主でもないですけど」
「でも助けてくれています」
「身近な人だけで精一杯ですよ。世界中なんて不可能ですし」
創作だからスケールが大きいだけで、現実は僕の存在だけで充分だそうだ。
まあそうなんだろうけど。現実ではなくフィクションと認識してるならいいのか。
僕を見つめてくるアイナだけど親の目があるんだよ。射るような冷たい視線が。少しは認めてくれた、と思ったけど信頼を得たとは言い難いんだろう。アイナのために行動したことは多少評価しても、それとこれとは別ってことで。
そもそも異世界から来る狼藉者を排除したいのが、この世界の住人だろうから。
僕であっても同じ存在。何の違いも無いわけで。存在してることが許せない。
「アイナさん」
「なんですか?」
「そろそろ時間が」
逃げよう。別に四時間みっちり付き合う必要はないはず。
「もう、ですか」
「楽しい時間って過ぎるのが早いんです」
「もう少し一緒に居たいです」
せめて屋外なら時間一杯もあるけど。アイナの母親が怖いんだってば。幸い、男の機能が無いから家に上げてもらえてる。もし男の機能を持っていたら、家に上げるなんてあり得なかったと思う。何をするか分からないだろうから。
警戒してし過ぎなど無い存在なのだろう。キスはしてるけど、アイナが熱を上げてるから已む無しなんだろうなあ。
「じゃあ、少し外を散歩しますか?」
嬉しそうな表情を見せた。
まあ親の目が無ければ、アイナのために時間を使うのは悪くないし。母親にずっと睨まれてると萎縮しちゃう。
外に出ると腕を絡めるアイナが居る。




