Sid.72 ギルドの受付嬢とデート
アイナ曰く、ソロで活動する冒険者は居ない。結果グループ単位での合流。
だったら四人までとしておこう。ただし、魔法使いが居ることが最低条件。欲しいのは魔法使いなわけだし。
用紙に必要事項を記載し掲示板に貼り出しておいた。
「アイナさん。終わったんで」
「じゃあ行きましょう」
嬉々としてカウンターから出てきて、僕の腕に自分の腕を絡め寄り添うアイナだ。僕を見上げ満面の笑みを見せる。そして「今日はヒロトさんを独占ですよ」とか言ってるし。
いつもはマリッカにも会うから、もやっとしてたんだろうね。
ギルドから出ると「本当なら家でヒロトさんと過ごしたいんですけど」なんて言ってる。ベッドに腰掛け体を寄せ合い会話を楽しむ程度。キスして終わり。
それでいいのかと思うけど、精神的な満足感はあるんだろう。必ずしも体の結びつきを必要とするわけじゃない。たぶん。
「どこか行きたい場所ってありますか?」
行きたい場所と言えば古城とか洞窟の下層階。アイナを連れて行ける場所じゃない。
そうなると。
「この前、他の町に行ったのが初めてで」
ほとんど何も知らないに等しいな。町に娯楽施設はあるのか、デートで楽しく過ごせる空間とか。映画館なんて無いだろうし。遊園地やテーマパークだって無いだろう。
大型のショッピングモールだって無いと思う。
「未だに何も知らないんで」
「あ、そうですね。出歩いていても危険な場所しか行ってないですし」
腕を組み隣を歩きながら口元に指を当て「じゃあ、この町唯一の娯楽施設はどうですか?」と言ってる。
「娯楽施設ってなんです?」
「劇場です」
観劇? 興味はないなあ。
「演劇とかですか?」
「演奏会もやってます」
音楽かあ。まさかフランドル楽派みたいな? それかバロック音楽みたいなものとか。あれも退屈と言えば退屈なんだよね。教会だと聖歌隊による合唱とか、パイプオルガンの演奏だったり。荘厳さはあるけど長くは聴いていられないなあ。
飽きちゃうし。ポップスなんてずっと先のことだろうし。
「どんなものです?」
「有名な作曲家の協奏曲とかオペラとかですね」
オペラ。全然興味が無かった。協奏曲くらいなら、まだ聴けるかもしれない。
「興味無いですか?」
「えっと」
「もう少し聴きやすいのもありますよ」
「なんです?」
この国ではマーリセットラウルと言うそうで。牧歌的な叙情詩を歌詞として数人で歌うものらしい。マドリガーレとかが似てるのか。いわゆる世俗歌曲ってことだろう。世俗的と言っても現代とは世俗の感覚が異なり過ぎてるけどね。
僕にとっては子守唄になりそうだ。
でも断るのも悪いし。
「じゃあ演奏会に行きましょう」
「いいんですか?」
「そういうもの良いと思うので」
「でしたらこっちです」
そう言って僕の腕を引き暫し歩くと劇場らしき場所に着く。建物は確かに劇場らしい雰囲気だ。立派な飾り柱の入り口。三階建てくらいで窓は少なく円形劇場のような木造建造物。
「あの、公演スケジュールとか」
「えっとですねえ」
建物にずんずん入っていき受付のような場所へ向かう。受付周囲には看板があり文字が無数に並んでる。見るとどうやら曲目や奏者が記載されてるようだ。それと演奏時刻も。
アイナが看板を見て「次は三十分後にありますね」だそうで。
「今は入れないです」
「三十分後くらい?」
「そうですね。どうします?」
少し話をしよう。フラウにも頼まれてた。この世界のことを聞いておいて欲しいって。
「少し話をしましょう」
「いいですけど、ここで?」
「いや、どこか腰を下ろせる場所で」
じゃあ町の中央広場にとなり、移動するけどベンチとか無いんだね。みんな地べたに座ってる。まあいいや。アイナと並んで腰を下ろし、日差しを浴びながら暫し質問を幾つか。
「この世界のことを知らないんで教えてください」
「いいですけど、何を聞きたいんです?」
「食事とか風呂とかトイレとかの生活関連」
「トイレ……ヒロトさんしないですよね」
食事の必要が無いから排泄だって無い。でも、もしこの世界の人として生きていくのであれば、と言うと。
「決めたんですか?」
「まだです。事前にいろいろ知っておきたいんで」
「ですよね。生活習慣だって違うでしょうし」
食事は聞くところによると欧風ではあるようで。もっとも現代とは異なり味付けは質素で、食材の種類も決して多くはない。食材そのものは麦を主食に豆類や野菜、そして海産物や畜産物があるそうで。加工魚や加工肉も多いらしい。
まあ向こうと変わりはないってことで。
「お風呂は共同浴場ですけど、ヒロトさんの世界の人が何かしてますね」
何かとは、と問うと「水道とか言ってました。水を家に引いて、いつでも使えるようにって」と言う。不便だもんね。井戸とか川から水を汲んでたら。その不便さの解消に水道を引くってことか。インフラ整備とか大掛かりなことをしてるんだ。
ちなみに風呂は週に二回か三回入るそうで。普段は濡れタオルで拭うくらいらしい。
「トイレは?」
「家の外にあります」
「外?」
「えっと、汲み取り式って」
そこは古い日本のトイレなんだ。簡易水洗で汲み取り式だけど穴を掘っただけじゃないそうで。陶器製の便槽を地面に埋め込んであるそうで。定期的に汲み取る業者が居るとか。汲み取った排泄物は所定の場所で発酵、乾燥させたのち肥料にしてるらしい。
簡易水洗は日本人が持ち込んだそうで。衛生面や臭気の解消のためらしい。それでも臭うでしょ。完全な水洗式じゃないし。まあ仕方ないけど。
「いずれ下水道の整備なんて言ってました」
上下水道を完備させるのか。まあ衛生面を考えると水道事業は必須だろうなあ。
「娯楽は?」
「この町は劇場があるだけです」
「他は?」
「首都なら何かしらあるみたいです」
見世物小屋が首都に留まらず大きな町にはあるそうで。首都では王宮の一部を解放した美術館や大型の劇場、更には博物館に類似するものもあるとか。
野外劇場はどの町にもあるらしい。
あとは町の中心部に位置する広場では、曲芸師や道化師などが芸を見せるそうで。他にはリュートやレベック、ハーディ・ガーディやショーム、ファイフの奏者が演奏してるそうだ。
レベックはバイオリンの元になった楽器だな。ハーディ・ガーディーは機械仕掛けのバイオリンのようなものだし。ショームはオーボエの原型でファイフは横笛だ。
「あとは酒場が充実してますね」
「やっぱり」
「知ってたんですか?」
「娯楽が乏しいから酒場は必須です」
アイナは飲むのかと思ったら「行かないです。物騒ですし」だそうで。男の溜まり場になっていて女性は寄り付かないらしい。酔った勢いで襲われかねないとか。
電気を使うものは存在しないよね。魔結晶をエネルギー源にしてる程度だし。
つまりスマホもパソコンも無い。ネットも存在しない。テレビやラジオも無いのか。凄く退屈しそうだ。
「アイナさんは普段どうやって過ごしてるんです?」
「あたしは、今はヒロトさんを思って」
と言って俯いて頬を赤らめ視線をちらちら。
「思って……うぅ。ヒロトさん!」
「あ、はい」
「人になってください!」
「えっと」
ずっと待っているのだから、さっさと腹を括れだそうだ。
察しの悪い僕だけど何となく理解できた。やっぱりプラトニックな関係じゃ、満足できないってことだよね。娯楽の乏しい世界だと夜の営みは欠かせないだろうし。他にすることも無いだろうから。
娯楽だらけで恋愛すら面倒臭くなった現代とは違う。
話していたら三十分経過し劇場に戻り、庶民であれば高額な料金を僕が支払っておいた。




