Sid.70 後衛職にも近接戦闘訓練
町に戻る道中フラウとヴィーラに短剣を渡す。
「え、要らないんだけど」
「回復職だから攻撃は」
「大丈夫です。遭遇する敵は弱いんで」
少し近接戦闘にも慣れてもらいたい。レベル一の初心者が倒せる程度の敵だし。
ちゃんと見て攻撃すれば問題ないはず。後衛職だからできない、なんてないと思う。
「危なそうなら僕が相手しますから」
「でも、やったことない」
「レベル一で倒せるんですよ」
「そうかもだけど」
なんかゲームの延長線上にあると思ってそうな。後衛職が前衛で戦闘を熟すイメージが無いんだろうな。
でも虚構の世界と現実は違う。少なくとも自分の体は自分の意思で、思うように動かすことができる。プログラミングされただけの分身じゃない。選択式のコマンドで動かすわけじゃないし。隠しコマンドがあるわけでもない。
「慣れれば街道に現れる敵なんて楽に倒せますから」
「分かるんだけど」
「ゲームじゃないんですよ。現実なんです」
無理やり短剣を持たせ遭遇したら戦闘をしてもらう。
「ねえ、なんで急に」
「ジョブに縛られ過ぎてる感じがするんです」
「縛られてる?」
「そうです。ゲームじゃないのにジョブが全てみたいな」
もちろん現実でも専門職と素人では大きな差が出る。でもまるっきりできないわけじゃない。
多くの人は学校の体育の授業で最低限のスポーツは行っている。
野球の素人でもバットを振ってボールを投げることくらいできる。上手い下手は慣れの問題でしかない。所詮は体の使い方の問題。
「後衛職は武器を持たずって、現実的に考えて変だと思いませんか?」
僕自身もまた剣なんて握ったこともない。せいぜいが包丁やカッターナイフを使う程度。
それでも剣を振って戦うことができる。最初ここに来た時はどうにもならないレベルだった。でも肉体のスペックが向上したことで、それなりの戦闘は可能になってる。基礎を教えてもらい最低限の戦闘を可能にした。
「ジョブがあるので各々ある程度、最適化された面はあっても」
できない、なんてことはないはず。
ステータスなんて数値は見えないし、あるとは思わない。ゲームじゃないんだから。
でも体力測定をすれば普通の人の平均値を上回るはず。
ゲームと同じなのは目安としてのレベルが上がると、体力も一緒に上がるってこと。
「特別なトレーニングなんてしてないんですよ」
それでも力は増してくる。
それは後衛も同じじゃないのかと。初期の体力のままで仮に魔王が居るとして、魔王を倒せるのかって。そこはゲーム同様の基本スペック向上があるはず。
「だから慣れてしまえば戦える、そう思います」
納得したのだろうか。
短剣を見て僕を見て「理屈は分かるけど」だそうで。あんまり納得はしてなさそうだ。
「とりあえず慣れましょう」
「はあ」
「そこまで言うなら」
あ、そうだ。
「短剣の扱い方くらいは教えておきます」
「それ、大事だよね」
「知らないと振り回すだけになるよね」
道の真ん中で教えていると馬車が来た時に邪魔になる。少し脇へ避けて持ち方と足捌き、間合いの取り方と攻撃の仕方を教えることに。
暫く型を練習したら僕を相手に実戦練習。
「無茶でしょ」
「大丈夫です。加減しますから」
「怖い」
「怖いのも最初の内だけです」
僕の短剣は無いから木の枝。フラウとヴィーラは僕が渡した短剣を使う。
「ねえ、怪我したら」
「フラウさんが居ますよ」
回復できる人が居るのだから遠慮は要らない。僕に対しては本気で向かってきて、と言って実戦練習をするけど。
ふらふら、よろよろ。僕も最初はこうだったんだろうな。見ていて話しにならないって。
でも繰り返すことで形にはなってきてる。
やっぱり後衛職であっても近接戦闘はできる。勝手に枠に収めてるのは人の方だ。誰でも訓練次第で専門には及ばずとも、最低限の戦闘は熟せる。生身の人の体とは違うはずだから。
「どうです?」
「ヒロト君って鬼?」
「鬼教官」
多少は自信を得ただろうから、出てきたら倒してみてください、と言って街道を進むことに。
「居ますよ」
「え」
「どこ?」
草むらに潜む不定形軟体モンスターだ。草が揺れるから移動方向も分かる。
そして飛び出してくるけど二人とも驚いて倒れてるし。そうなると当然、上から落下して衝撃を与えに来る。
「避けてください」
「む、無理」
「げふっ」
避け切れず食らったのはフラウだ。初期の頃なら重い一撃だと思うけど、今のレベルなら軽く乗っかった感じじゃないの?
ダメージなんて食らうはずもないと思うんだけど。
「フラウさん、大丈夫ですか?」
フラウの体の上から退避し今度はヴィーラを狙うスライム。
攻撃を食らったはずのフラウだけど、特にダメージを受けた様子はないし、自分でも驚いてるようで。
「何ともない」
「だからレベル一が相手するんです。問題無いですって」
ダメージを食らわないとなれば、積極的に短剣を振り回し攻撃に転じるフラウだ。
ヴィーラも攻撃を食らうけど、痛くも痒くもないのを実感したんだろう。同じように短剣を振り回し追い掛けっこが始まった。
「こら! 逃げるな」
「あ、意外とすばしっこい」
逃げたり攻撃したりするスライムだけど、徐々に追い詰められると短剣で真っ二つに。
「倒せた」
「しんどい」
二人とも女の子座りで僕を見て「やればできるんだね」だそうだ。
「気を付けて欲しいのはレベル差なんで」
「ヒロトみたいにはできないよね」
「レベル差がある相手からは逃げた方がいいです」
レベル三十ならレベル十程度までは相手できると思う。前衛職は専門職だから同等のレベルを相手にできるけど。少し上でもなんとかなるし。まあ言っても後衛職だし同等の相手は自分の専門分野になるんだろうね。
でも、今の二人なら森に出現するモンスターを相手にできると思う。
「今度は森で訓練しましょう」
「え、無理でしょ」
「それはちょっと」
「大丈夫です。レベル差があるんで」
体の動かし方に慣れてしまえば、容易にダメージを食らうことは無くなるはず。
後衛が自分の身を守れれば前衛は気兼ねなく、敵と対峙することが可能になるから。戦いが楽になるんだよ。気を遣わずに済めばね。
このあとも時々出現する小物を叩いてもらい、町に着く頃には低レベルな相手は楽に倒せるようになってた。
「ちょっと自信持てたかも」
「だよね。雑魚相手なら勝てそう」
元よりスペックの高い体だし、使い方に慣れてしまえば、この世界の住人より戦えるはず。慢心は禁物だけどね。
門衛のセヴェリさんとトゥオモさんにあいさつし、ギルドに行くと魔結晶を売り払うんだけど。
「ヒロトさん。相変わらずですね」
その数を見て呆れる感じのアイナだ。
「どう振り分けます? 均等ですか」
「均等で」
「ヒロトさんは当座預金ですよね」
「それでいいです」
二人に対しても当座預金か手渡しか尋ねてる。
「当座で」
「あたしも」
貨幣は持ち歩くと邪魔になる。必要最低限だけ持ち歩き残りは預けておいた方がいい。
作業が済むとアイナが迫ってくる。
「家でまったり過ごしたいです」
「今日は時間が無いんで」
「またですか。いつなら来れるんですか」
「えっと」
こんなやり取りをしているとフラウとヴィーラから「ちゃんと相手してあげないと」と言われ、次回は探索せず二人で過ごせと言われてしまった。
当然だけど二人の言葉に乗るアイナだし。嬉々として「二人もそう言ってます。次はあたしと愛を語らいましょう」だって。
だったらマリッカとも過ごしたい。
「じゃあ二時間だけ」
「で、二時間はマリッカ」
「いや、あの」
フラウから同日に二人掛け持ちするな、と言われてしまった。




