Sid.62 真剣に考えて結論を得る
邪悪な意思が僕を襲いはしたが魂に影響は出ていなかった。
人が持つ負の感情はどんなモンスターより凄まじい。積もり積もってではなく瞬間的に憎悪を爆発させるんだよ。嫉妬から憎悪へ感情が向かうのに時間は不要。
憎悪が怒りの感情になるのも一瞬。一旦でも立ち止まり冷静に考えることすらしない。短絡的過ぎるとは思うけど、そんな人が量産されてるのが地球だ。
技術の進歩と引き換えに人類は感情の制御を困難にしたんだろう。
制御できないからSNSを筆頭に簡単に炎上する。俯瞰で物事を見ず一歩引くことも知らない。自分と異なる考えには明確な敵意を持つ。そして排除すべく行動する。
決して相手の側に立つことはない。自身の思うことが、この世の全て。
壊れてるんだよ。一人の例外も無く誰もが。
僕も壊れてると思う。
こっちの世界には温かさがある。現代の日本が失ったものだ。元から無かったかもしれないけど。
だから居心地の良さを感じるんだろうな。
「ヒロトさん。どうされたのです?」
「あ、いえ」
マリッカが僕の顔を覗き込み心配そうに見てる。
「悩みがあれば打ち明けてくださいね」
「大丈夫です」
抱き締められていたけど離れると「私はヒロトさんに救われています」と言う。
僕と同じことはできないが心の拠り所になりたい、そう言うマリッカだ。
充分なってる。マリッカが居ることで、この世界に来る動機付けになるし、守りたいと思うから行動もできる。
もし居なかったら悪意の前に挫折してたと思う。剥き出しの憎悪に怯んだだろうし。同じ人間相手に戦うこともできなかった。
この世界の人と接して日本では得られないものを得てる。
こっちの世界を殺伐としてる、と父さんと母さんは言っていた。僕から聞く印象だけで判断してるにしても。
でも実際に殺伐としているのは日本だ。紛れもなく。
ある特定の集団が特定の集団を異質と判断すれば、手段を選ばず徹底的に排除しようとする。例え法に反しようとも自らを絶対の正義として。
絶対の正義なんて無い。そんなものは極めて危険な考えでしかないのだから。
自らが絶対正しいなども無い。でも自らを絶対に正しいと信じて疑わない存在は溢れ返ってる。そんな連中は正しいことをしてると勘違いし、誤っているとする存在を社会から抹消しようとする。一切の妥協も無いし対話も成立しない。
わざわざ生きづらい世の中にしているとすら気付けないんだよ。
正しいから。正義を執行してるから間違っていないとしてね。
「マリッカさん」
「はい」
「もう少し待っててください」
息苦しいだけの日本。あの国に居ると人間が歪みきってしまう。いや、日本だけじゃない。どこの国へ行っても同じだ。
誰もが自分勝手で他人を思いやれない。わざわざ敵を作り排除することに喜びを見出してるからだろうね。
汝の隣人を愛せよ、とイエスは言った。今は違う。汝の隣人を排除せよ、だ。
一切許容の無い世界となってる。考えの相違を受け入れるだけの余裕すらない。
「あの、それは」
「その前に寵愛を得られないとですけど」
驚いた表情を見せるマリッカだけど「結論を急ぐ必要はありませんよ」と言う。
でも、こうも毎回争いが起こるとね。人間の醜さばかりが際立ってしまう。この世界じゃなく向こうの世界の。
マリッカやアイナの居る世界は物騒であっても好きだ。物騒にしてるのはモンスターであり人じゃない。人は接して分かるけど温かい。
向こうの世界は人の心が荒み過ぎてる。この流れは止めることもできないのだろう。荒んだ先にあるのは互いが互いを傷付けるだけ。平和からは程遠い世界になるだろう。
でも、それを望んでる。だから向かう。
きっと種としての限界に来てるんだろうな。先進国を筆頭に少子化が深刻なのも、種としての限界が来てるからだと思う。繁殖行動を取ることもなく、ゆっくりと自滅の道を辿り始めてるんだよ。いずれ絶滅する種なのだろう。
だったら答えは一択。
「少しだけ待っててください」
「あの、急がなくても」
「問題無いです。結論はすぐ得られるので」
結論を得ても寵愛を受けられるかどうかは別だけどね。
マリッカは大丈夫と見ているようだけど、まだまだだと思うし。もっとこの世界を愛さないと。そして愛されないと。
今はその時のために行動すればいい。
「そろそろ、戻ります」
「ヒロトさん」
「なんですか?」
「私は急ぎません」
一時の感情で流されないように、と釘を刺される。
他の冒険者から恨まれ攻撃され、今回はついに肉体も破壊されてしまった。ゆえに僕らの世界の人に絶望したかもしれない。それでも結論を焦る必要はないと。
僕の世界にも良い人は居るだろう。心残りが発生するようだと、マリッカも心苦しさを抱えることになるそうだ。
「まだ若いのです。もっとじっくり考えてくださいね」
後悔しないなどあり得ない。少なからず後悔はあっても、減らすことはできるだろうからと。
すべきこと見るべきことをした上で、それでも、この世界が良いとなれば来て欲しいそうだ。
「私も急かし過ぎました」
反省しないといけないなんて言ってる。急かしてるのはアイナだけどね。マリッカはまだ余裕がある感じだったし。待ってるとは言っても明日にもって感じじゃなかった。
「無理せず、またいらしてくださいね」
そう言うと体を寄せキスして送り出される。
教会を出ると笑顔で手を振り見送るマリッカだ。
ギルドに戻るとアイナが呼ぶし。
「マリッカと何を話してたんです?」
「今回のことを」
「他には無いんですか?」
「特に」
隠さず話して欲しい、なんて言ってるけどキスしたなんて、言う必要はないよね。
この世界で生きるつもりだけど多少の迷いはある。決まればアイナにも言う。日本でやることをやって、やり残したと思うことを極力減らせば。
まだもう少し時間は必要だし。
「じゃあ一度帰るんで」
「もう、ですか」
アイナは僕に対する依存が強過ぎる。それだけ愛されてるとは思うけど、怖い思いをしたのもあるだろうし。でも、もう少し依存の度合いを減らさないと。
難しいとは思うけど。どうすれば、なんて僕には分からない。
「またすぐ来ます」
「家にも来てくださいね」
「行ける時は」
アイナと別れ待機室に入るとスタッフが声を掛けて来た。
「最近、レベルの確認をしてませんよね」
してないな。どうせ上がってないと思ってたから。洞窟内だと少数を相手にすることが多くて、洞窟内のモンスターに見合わないレベルの僕だし。瞬殺だよ。下層階か神殿じゃないと釣り合いが取れないでしょ。
「一つでも上がってるかもしれないですし」
と言うことで久しぶりにチェックしてみるけど。
僕もスタッフも暫し無言。言葉もない。
「あの、これ間違ってませんか?」
「いえ、えっとですね」
ロータリースイッチの三段目の十レベルでも終わりが見えない。更に五レベル分の上昇があった、と言うことは。
「レベル五十……」
何をどれだけ倒したのかと。
洞窟内のモンスターを倒しただけだし、あとは冒険者を十人。でも冒険者を倒してもレベルは上がらないはず。
首を傾げ故障するはずはないのですが、なんて言ってる。
「魔法を二つ、覚えることができます」
「あ、そうでした」
「忘れてたのですか?」
「あんまりに覚えないんで」
冒険者としてはアドバンス・スカラーAになるそうで。ずっとスカラーBで活動してたけど一気に駆け上がった感じだ。
全冒険者の中でも一握りに属するらしい。現時点でトップレベルの冒険者。上がった原因は不明。
もしかして加護のお陰かもしれないけど。
マリッカなら分かるのかな。




