Sid.53 自ら忙しない日々を選択
夜遅くなる日は教会に行くのは無理だった。すでに寝てるから。
朝早いし夜遅くまで起きている習慣はない。一般的には朝は五時に起床し就寝は二十一時。二十一時になったのも照明器具の普及による。魔結晶を使った照明器具だ。
アイナの家に行くまで、この世界の人たちの生活レベルを知らなかった。
僕が見ている傍でベッドで眠るアイナが居る。一晩中こうして傍には居られないんだけど。頼まれたんだよね。眠りに着くまで傍に居てと。だから居るんだけど。母親の苦々しい顔。嫁入り前の娘に張り付く粗暴な冒険者、ともなれば鬱陶しい存在なんだろうな。
今回は助けたわけじゃないし。事後処理で叩きのめしただけ。
冷静に考えれば手遅れだった可能性もあるわけで。
生きていてよかったと思うけど、親にしてみれば、そういう問題じゃないよね。
「あの、帰ります」
「そう」
「迷惑かけてすみません」
謝るなと。
「起こったことは仕方ないでしょ」
二度と起こらないようにすればいいと言う。
でも不機嫌そうだ。こうやって冒険者が嫌われて行くんだな。地球から遠慮も無しに訪れ多大な迷惑だけを掛け続ける。災害レベルで。ギルドで幾ら教育を施す、なんて言ってもね。相手も成人してるし自我も固まってる。悪意のある奴には事欠かないだろうし。
元より犯罪傾向のある奴も来てしまうだろうし。
「ギルドと協力して二度と被害が無いようにします」
「そうしてちょうだい」
こんな嫌われ方じゃ神の寵愛なんて無理だろうなあ。そうなると、この世界の住人にはなれない。
腹を括る以前の問題だ。でも幾らか安堵する自分も居る。日本の生活も捨てきれないから。快適過ぎるんだよ、日本は。不便さを感じさせないし。まあ気候は滅茶苦茶だけどね。春と秋が無くなって、極端に暑いか半端に寒いかどっちか。乾燥が続くかと思えば豪雨で冠水し捲る。台風は何度も直撃するし極めて荒っぽい天候状態だ。
穏やかな日なんて年に数える程しかなくなった。
アイナの家をあとにしギルドに戻るとリコール。
「どうでしたか?」
「まだまだ必要そうです」
「そうですか」
「あと、母親に恨まれてます」
それも已む無しだと。ただ、僕にその矛先が向くのは避けたいようで。
「こちらからも説明してはいるのですが」
許される問題じゃないと言われるそうだ。大切な娘の命が脅かされた。謝罪程度で済む話じゃないし補償の問題でもない。それでも金銭的な補償はしているそうで。
ただ納得するのは無理だろうと。安全と言われ勤めた先で発生した事件。当初の説明と違うからこそ許せないのだろう。
「ヒロトさんだけでも許してもらえるよう、今後も交渉を続けていきます」
アイナは許すとか許さないじゃないけどね。本気で頼られてるから。親としてはそれも許せない理由かもしれない。
難儀だなあ。
「実はですね」
これは本人の口からと思って言わなかったことがあると。
「アイナさんの父親ですが」
すでに亡くなっているそうで。他に弟も居たが父親と一緒にモンスターに殺されたらしい。
母子家庭なんだ。父親は見なかったけど仕事でもしてるのかと思ってた。
身内を失っているなら、これ以上奪うなってことだよね。腹の虫が収まるわけもないか。
「あの」
「なんですか?」
「交渉はやめましょう」
「ですが、それだと」
僕は構わない。母親に恨まれていようと。代わりにアイナを大切にしていけばいい。
結婚は無理でも大切にしていれば、いつか心を開いてくれるかもしれないし。
リコールし日本に戻り親と話をして、日中はいつも通りの生活。
本当なら早朝、アイナが起きる時も傍に居てあげたいけど、学校もあるしバイトもあるし。自分の生活を犠牲にして。
休学って言う手もあるな。アイナが日常を送れるようになるまで。
いや、その前にできること。
施設の人と相談することにした。
結果、午前五時前に現地に行きアイナの家で待機。起きたらあいさつをして会話を済ませ日本に戻る。アーススパイアホールから直接大学へ行けば問題無い。
朝と夜に傍で寄り添って居れば、早期に治る可能性もありそうだし。
ただ、僕自身が寝不足やら疲れが溜まりそうだ。勉強にも支障が出るかもしれない。二か月や三か月は耐えるしかないな。
翌日より実践。
アイナの母親にも話をすると「そこまでしなくていい」とは言われたけど。でも贖罪とアイナを大切に想う気持ちだから、と押し切った。
リビングで待機していると、アイナが青い顔で部屋から出てくるけど、僕を見ると一瞬で笑顔が溢れてきて抱き締められるんだよね。
「ヒロトさんが居ます」
安らぐようだ。それを見た母親も「来れるなら来ていいから」となるわけで。
こうして早朝と夜間はアイナと共に過ごすようになった。
日中、時間のある時は教会にも行く。
「ヒロトさん。無理はしてませんか?」
「今は少しきついです」
「無理のない範囲で償えば良いと思います」
「でも無理しないと償えないんで」
懺悔する、と言うと「懺悔が必要なことなど無いと思います」と言われる。
「いえ。冒険者を半殺しですよ」
「冒険者であれば神は咎めません」
なんか、神様って言っても地球の人はどうでもいいのか。まあこの世界の神様なら、この世界の住人を大切にするんだろう。
大切にしてるはずの住人はモンスターの餌食だけど。少し矛盾してるような気もする。
それをマリッカに聞いてみると。
「試練です」
「え」
「楽な人生では人は堕落しますよ」
モンスターには無い知恵を授けられたのだから、それを磨いて発展させ対抗して行けばいい。
人類が滅亡する程の危険性は無い。対抗するための手段は開発して行けばいい。そのための知恵であり知能。
「主の御心を痛めるのは、他所から来た制御の利かない存在です」
つまり地球から訪れる冒険者。
「この世界の理から外れていますから」
理から外れてはいても力を上手く扱っている。器用で知能が高く実に厄介だそうで。
「主との契約により肉体は与えられましたが」
悪用する事例が多発するようだと一人残らず排除されかねない。
今後、再度契約を遵守するよう教会からも警告するそうだ。
「怒りに触れる前に改めていただけると良いのですが」
無理だと思う。一部は改めても改められない奴は出てくるし。好き放題暴れる存在が出るのは、ある意味、已む無しだと思うから。
治安が良いと言われる日本ですら、犯罪は毎日どこかで発生してる。軽微なものから重大なものまで種類を問わず。殺人だって日常茶飯事だし。年に千件くらいだっけか。一日換算で二・七件発生してる。
きっと犯罪者ってのは脳が壊れてるんだろう。所謂不良品だ。工業製品に限らず不良品は発生する。人も同じ。正しようがない存在も含めて人だ。
「ヒロトさん。あまり無理はしないでくださいね」
僕からは正義感を強く感じるらしい。それで無理をすれば恨みを買い、どこかで殺害されかねないからと。
「人の憎悪の念は時に加護を打ち破ります」
どす黒く濁った魂の持ち主になると、幾ら加護があっても役立たなくなるそうで。
以前にも話したことだけど、身に危険が迫っているようだから注意して欲しいそうだ。
マリッカにも心配されてる。
日曜日の午後二時以降、三時間程度は洞窟の探索をする。
「なんか聞くと大変そうだな」
「学校とバイトに朝晩もでしょ」
「倒れたりしない?」
今だけ耐えればいい。そう長く続くとは思ってないし。
三人にも心配されるけど、案外この世界では疲れ知らずだ。日本に戻ると疲れがドバっと出てくるけどね。
でもアイナのためだし。良くなるまでは僕が苦労すればいい。




