Sid.52 精神に影響がある可能性
思っていたのと違い元気なアイナだったけど、一度帰る必要があると言うと表情が沈んだ。
「あの、明日も来ますから」
泣きそうな顔を見せるけど「待ってます」と言って送り出してくれた。
少し震えもあったような。やっぱり相当なショックを受けたんだろう。マリッカ以上に死を意識させられただろうし。魔法が頭を掠めたわけで。少しずれていたらと思うと。
部屋から出ると抱き着いてきて、なかなか離してくれないし。
結局、建物の出入り口まで見送られ「絶対来てくださいね」とキスして別れた。
ギルドに着くと異なる受付嬢が居て僕を睨んでる。危険な目に遭わせたってことで憎まれたんだろうなあ。まあ事実だし言い訳もできないし。
ペコっと頭を下げ待機室に入ると、スタッフの人が「どうでしたか?」と聞いてくる。
「僕が居れば元気ですけど、帰る際に震えていたんで」
「そうですか。少し時間が掛かっても良いので、できる限りケアをお願いします」
間違いなく心酔するレベルで好かれているだろうと。今は僕じゃないとメンタルを保てないと考えるそうだ。
ケアをしている間は時間に制限を設けないそうで。
ただし日本にある体を放置できないから、一回の活動時間は四時間で三十分から一時間のインターバルを設け、あとは無理のない範囲で何度でもだそうだ。
「睡眠も必要でしょうし家に帰る必要もあるでしょう」
普段の生活に支障のない範囲で来て欲しいと。
「学生でしたっけ?」
「そうです」
「そうなると来れるのは」
「平日の夕方以降か夜間と日曜日です」
僕にスケジュールを出してもらい、それをアイナに伝えておくそうだ。日本での生活もあるから常時滞在できるわけでもない。
あ、そうだ。
「あの、探索とか冒険って」
「あくまでメンタルケアが目的なので」
「じゃあ駄目なんですね」
「とは言え、こちらは依頼する側ですから」
充分なケアをすることを条件に、もののついでは許可するそうだ。
日曜日なら二時間程度は探索できるかも。平日は無理だな。時間がないし毎日は来れないし。
マサに連絡して日曜日は活動可能と言っておこう。
アイナに会うついでに探索すればいい。
今日はこれでリコールし日本に戻る。
目覚めると狭く薄暗い個室。帰り際にスタッフから「今後はこちらを受付で出してください」と差し出されたのは、一枚のカードで「フリーパス」と記載されていた。
「あの、これって」
「無制限に利用できるカードです」
メンタルケアに対する対価は支払えないが、代わりに異世界にいつでも行ける。使用期限はアイナが立ち直るまで。精神的なものであり日常生活に支障が出なくなれば終了。
通常であれば早くて三か月程度。慢性化していたら五年は掛かることもあるらしい。アイナの場合は僕に対する依存が強い反面、信頼されていることもあり、想定より早期に回復する可能性はあるそうだ。
「でも会ってるだけで治るんですか?」
「信頼する相手との会話は治療に役立ちますよ」
原因となった事柄を話し合い向き合うことで、記憶の筋道が整理し直されると言う。
メンタル関係は僕には分からないけど、必要に応じて現地スタッフから、アドバイスしてもらえるそうだ。スタッフとも話し合って方針を決めると良いと言われた。
なんか面倒、とは思うけどアイナのためだし。僕が巻き込んだとも言えるから、責任は果たさないと駄目だよね。
カードを受け取り施設をあとにする。予約なども不要らしい。来れる時に来てくれればよいとのことで、専用の個室を一つ常時空けておくそうだ。
それにしても対応の仕方が凄いなあ。それだけギルド職員に対して、安全が脅かされたのは重大案件だったのか。まあ平気で現地の人を殺してしまう冒険者も居るからだろうな。
家に帰ると「ずいぶん遅かったけど」と母さんに言われる。父さんもすでに帰宅していて「遊びに時間を費やすのはどうかと思う」と言われるけど。
事情を説明すると「危険すぎないか?」と問われるも、僕らは殺されても死にはしないから問題無い、と言っておいた。
でも納得してないような。
「死ぬ死なないじゃなくて」
「心が荒んでしまわないかってことだ」
それが元で、この世界で殺人を犯す、などと言った行動に出ないのかとも。
人を殺めることに抵抗が無くなれば、それを現実に実行してしまう危険性もあるのではと。
「あいつが気に入らない。だから殺してしまえ、などだな」
日本も含む海外では、異世界に行った人による殺人事件が発生している、と報道にもあったとか。心を病んでしまう可能性はあるんじゃないかって、それが何より今は心配なのだそうだ。
「どんな世界か知らないが、あまり入れ込むものじゃないな」
リアル過ぎるからかもしれない。画面越しでCGを見ているのとは違う。ゴーグル内に映し出される映像も所詮は虚構のものだし。
実際に指を折った感触、引っこ抜いた感触。皮膚を剥ぐ感触は現実だから。
人を切っても殴っても同じ。
どっちも現実だから、おかしくなってしまう、そんな可能性もあるんだろう。
「気を付けるから」
「気を付けても殺伐とした世界なんだろ」
「命が軽いんじゃないの?」
殺人に対する心理的ハードルが下がる。向こうでは罰らしい罰を受けない。せいぜい異世界に行けなくなるだけ。
この世界の法律を向こうでも適用できれば、もう少し自制も利くかもしれないけど。
「今までは月に三回か四回だったから」
影響は少ないだろう、と言うことで楽観視していたそうで。
でも毎日のように行くとなると、心身に異常を来す可能性を考えてしまう。
「心配なの」
「今は仕方ないかもしれない」
今後は確認のために親との会話を欠かすな、と言われた。
少しでもおかしいと思ったら、向こうへ行くことは許可しないそうだ。会話から心の状態を探るってことか。
まあ、確かに怒りに任せて本来の自分なら、絶対にやらないと思うことをやった。手足の指を捥いで皮膚を剥ぐなんて。しかも生きたままだ。今さらながらに考えると恐ろしいことをしたと分かる。
「分かった。毎日会話しておかしいと思ったら止めて」
「うん。じゃあ毎日きちんと報告してね」
「今は自覚もあるようだしいいけどな、今後どうなるかは分からんからな」
気を付けよう。怒りに任せた行動は自らを変質させかねない。
そう言えばマリッカも言ってたっけ。魂が変質してしまうと。強制的に分離させられた場合とは言ってたけど、でも犯罪でも黒くなってしまうと言ってたし。
あ、そうだ。明日行ったら教会で懺悔しておこう。
翌日、学校終わりに駆け付けアイナと会う。
家に行くと嬉しそうに出迎えてくれるけど、夜間寝ようとするとフラッシュバックするそうだ。
時々は氷の矢による鋭い先端が自分に突き刺さり絶命する。その瞬間を繰り返してしまうとか。頭から血を流し倒れる自分を俯瞰で見ているらしい。
でも敵は排除したから心配は要らないし、もう二度とこんなことは起こさない、と言うと頷くんだけどね。時間はそれなりに掛かるか。
「部屋の中って意外と明るいんですね」
「これなんですけど、異界の人たちが普及させたんです」
「へえ、そうなんですね」
一時間程度だけど他愛ない話も織り交ぜ、肩を寄せ合いながら話をしていく。アイナの部屋のベッドの上で、しな垂れて寄り掛かって来るんだよね。まるっきり恋人みたいだ。
「このベッドって中身はなんです?」
「中身って?」
「スプリングとかウレタンとか」
中世なら藁とか獣毛とかのマットレスとか。
「ボンネルコイル、とか言ってましたよ」
ああ、これも向こうのベッドと同じなんだ。




