Sid.45 悩めるお姉さんのようだ
マリッカを連れ出そうとした連中。そいつらに恨まれることはあるだろう。でも、この世界に二年間は来れないから、直接手を下すことはできないはず。
他に恨みを買う相手となると、門の前で揉めていた連中だろうか。PKに至った連中はこの世界に二度と来れないから、それも可能性としては低い。
分からないけど用心に越したことはないのか。
「気を付けてくださいね」
「はい。注意しておきます」
そろそろ戻ると言うと、僕の手を引き見上げる目はあれだ。
キスを所望されてるわけで、喜んで応える僕が居る。
「じゃあ、また来ます」
「あの」
「え」
「いえ。またいらしてくださいね」
まだ心配してるのかな。もし魂が変質するとなれば心配するのも当然か。性格が悪くなり無自覚な悪意の持ち主になるとすれば。
今はマリッカもアイナも門衛の二人にしても、大切な人の認識はあるけど。
ギルドに戻るとアイナに「長かったですね」と言われる。
「ちょっと話が立て込んで」
「へえ、そうなんですか。いいですね、マリッカは愛されていて」
なんか少し嫌味が混じってるし。
「あたしも同じ気持ちなんですけどね、全然相手してもらえないです」
カウンターに手を置け、と言われ置くと指を絡め「こんなにも気持ちが強いのに、ヒロトさんはマリッカに夢中で悔しいです」とか言ってるし。
確かに清楚な雰囲気と愛らしさはあるから、僕が夢中になるのも理解はするそうだ。
「ですが、あたしだって負けてないんです」
「えっと」
「体ですよ」
「あの、そっち方面は」
分かって言ってるけど体は負けてないとか。対抗心剥き出し。
「できないんですよね。今は」
「今は、じゃなくて」
「さっさと決めてください。そしてあたしを選んでくれると嬉しいです」
無理。
決めるのもそうだけど、ちょっと警戒する必要も出てるし。もし、仮初の肉体から生を得た肉体へと変貌したら、殺されても生き返ることすらできない。
災厄云々があるうちは無理。少なくともそれが解消してから改めて考えたいし。
「何かあったんですか?」
「え」
「マリッカと何を話してたんです?」
表情が曇ったのを見逃さなかったようだ。よく見てるなあ。
「えっとですね」
「まさか、マリッカに決めちゃったんですか?」
「いえ、そうじゃなくて」
「転生ですか?」
それも違う。と言うか決断できてないだけ。
魂の件は言っていいものなのかどうか。
「じゃああれですか? 秘匿されてること」
「え」
「そうなんですね」
バレた?
「ここの施設の人も冒険者も知らない情報」
明かされたのかと。アイナも知ってるの?
「大丈夫です。ヒロトさんは変わらないって信じてます」
やっぱり知ってるんだ。もしかしたら、この世界の人は知ってることなのか。
よく考えれば教会に行けば言われることだろうし。犯罪者の魂は変質しているなんて。それを改善するために懺悔があることも。
でも、犯罪者とは違うんだけどなあ。そこまで分かって言ってるのか否か。
「えっと、魂の件」
「大丈夫です。ヒロトさんなら」
「あの、犯罪者じゃないんですけど」
「教会の聖職者なら魂を見られます」
変質していれば分かることであり、それを正しく導くのが聖職者の使命。
万が一変質しても教会で祈り懺悔すればいいと。
あれ、マリッカだけの特殊能力と思ってたけど。
「あの、マリッカだけの」
「違いますよ。聖職者として神が認めれば」
多くは見ることができるようになるのだそうだ。
勘違いしてた。
「もしヒロトさんが変わったら、教会に無理やり連れて行きます」
「無理だと思いますけど」
「無理でもやるんです。今のヒロトさんが好きなんです」
命懸けででも成し遂げるとか言ってるし。それはやめて欲しい。間違って殺したら悲し過ぎるでしょ。
アイナには僕がどう見えてるんだろう。輝いて見えるのかなあ。それを言ったらマリッカもだけど。ただ、マリッカは分からなくもない。助けたし。つり橋効果も加味されてると思う。
「あの、そろそろ戻るんで」
「もっと長く一緒に居たいです」
「今は無理なんで」
残念そうだけど手を離そうとすると、がっつり握って離さないし。
「あの」
「キス」
「えっと」
「してください」
やっぱりこうなるのか。顔を近付けると僕の頬を両手で抑え、がっつり体感二分のキスをされた。
気持ちが強いなあ。どこに惚れられる要素があったのやら。助けたわけでもないのに。
解放され待機室に向かうとマサたちが、やっぱり呆れ気味で待ってたようで。
「今日は少し長かったな」
「たっぷり楽しんだの?」
「あ、でも、あれないから」
楽しみきれないよねえ、なんて言ってるし。ねえ、恥じらいは無いの?
「あ、そうそう」
「レベルが上がった」
「全員二十九」
一つしか上がらなかったのは、森のような団体さんが居なかったからか。じゃあ僕は上がってないな。レベルの確認は要らないと思う。
リコールすることにして全員元の世界へ。
アーススパイアホールの出口で合流し、各々軽く会話を交わし次回の予定を決め別れた。
別れても同じ電車で帰宅するフラウだけど。
電車を待っている間、隣に立つお姉さん。向こうでは幼さが見えても、こっちではしっかりお姉さんをしてる。
「ヒロト君」
「は、はい?」
君付け。今までは呼び捨てだったのに。
「どうしたんです?」
「何が?」
「だって君付けで呼んでます」
「ちょっと格上げ。それでね」
現地の住人と懇意にしていると言うことは、他の冒険者が知らないことを知っているのでは、と思うそうだ。
「何かいろいろ聞かされてない?」
例えば神の加護もそうだと。授かる条件は運営も知らず冒険者も知らない。でも僕は授かっている。
そもそも加護があること自体、誰も知り得なかった。
「他にもあるんじゃないの?」
「えっと」
「無理に聞こうとは思わないけど」
ただ、話せるものは話して欲しいと思うそうだ。
「あたしたちはゲーム感覚で向こうに行ってた」
今はゲームじゃないと認識しているけど、それでも感覚的にはゲームが抜けきれていない。現地の住人を差別する気はないけど、率先して親しくしようとも思わない。
翻って僕は現地に溶け込み馴染んで行っている。しかも教会のシスターやギルドの受付嬢とも仲が良いし物凄く好かれている。
「羨ましいなって思う」
「なんでです?」
「純粋に向こうに馴染めてるから」
向こうに行くのは楽しい。でも心のどこかで作り物、と思ってしまう自分が居るそうだ。
「ヒロト君は門衛の人とも仲がいいでしょ」
「そうですね」
「受け止め方の違いかなあ」
きっと僕と同じように向こうの世界に馴染めれば、世界が違って見えるのかもね、と言ってる。
見え方って違うのかな。
「向こうの世界に住む、なんてことができたら」
「え」
「分かってるけどね。住めないって」
この世界の体をどうするのか。
ただ、PKをした連中の言葉が気になっているそうだ。
帰る気はないって奴か。
「あれって、どういうことかな」
「僕にも分かりません」
「でも何か知ってるんでしょ」
条件付きだけど。その条件を満たすのは容易じゃないはず。ましてやPKをするような人を、向こうの神が迎え入れるはずもない。だから分からない。
電車が来て乗り込み暫し電車に揺られる。隣で「ヒロト君くらい純粋に楽しめればなあ」なんて言い出してるし。大人になると楽しめないのかな。だとすると僕はまるっきり子供ってこと?
「あ、別にヒロト君が子供って言ってるわけじゃないから」
異世界で恋愛までして楽しめる僕が羨ましいそうだ。
「現地の人たちはねえ」
ピンと来ないそうで。
現代人と比べたらねえ。中世の泥臭さはあるし。




