Sid.30 世界に伝わる伝承のこと
僕の手を取り見つめてくるマリッカ。そうなると「ここでもかよ」なんて言葉が聞こえてくる。
「ヒロトって女好き?」
「モテてんなあ」
「節操が無いよね」
やっぱり節操無しに見えるんだ。でも、僕からアプローチしたわけじゃない。アイナもマリッカも好意を寄せてきてくれただけ。女好きってのは否定はしないけど、節操無しは違うと思う。一方的であれ好意を寄せてる相手だよ? 簡単に断れるわけないじゃん。傷付けたくないし。まあ、アイナに対しては多少揶揄うこともあるけど。
この状況で言い訳する気はないけど。
マリッカの手に少し力が篭もると。
「あの、お連れ様とは別にお話をしたいのですが」
そうだよね。ずっと先延ばしにしてるから。
振り返りメンバーを見ると「ああ、よろしくやるのか」とか「邪魔しちゃ悪いみたいだね」とか「嫌われないよう頑張りなよ」じゃないっての。
なんかやりづらい。
「先にギルドに戻ってるぞ」
「レベルの確認しておくから」
「お金はあとで受け取って」
三人がそれぞれ好き勝手なことを言い、教会をあとにしたようだ。
仲間が居なくなると「こちらに」と言って手を引き、祭壇の右奥にある扉を開け中へ案内される。
「この部屋は?」
「ヴェストリーです」
「それって」
「準備をする部屋です」
起床後この部屋で一日の準備をするそうで。控室ってのが分かりやすいのか。祭具の保管にも使用される部屋のことだ。
室内には大型のチェスト、すなわちタンスとテーブルに椅子が四脚。それとシェルフもあり聖書や様々な書物が収納されている。
「こちらにお掛けください」
「あ、はい」
椅子を引き腰掛けるよう促され腰を下ろす。僕の向かい側の椅子を引き腰を下ろすマリッカ。
手をテーブルの上に置き真剣な表情になってる。視線を逸らさず目を見つめてくるけど、なんか照れてくるんだよね。
僕の照れに気付いていそうだけど、軽く咳払いをすると「ヒロトさん。こんな伝承があるのをご存知ですか」と言い出した。あれだ、間違いなく転生。
ここは知らないふり。アイナが口走ったなんて言うと、あとで叱られるんだろうから。
首を傾げて、伝承? と疑問を浮かべた風に答えると。
「この国ではディオクレイント教が正式名称なのですが」
ディオクレイント教って言うのか。初めて知った。神の名だろうか、それとも誰かの名前? 今は知らなくてもあとで聞けば分かるか。
少し間を置くと続けて話し始めるマリッカだ。
「魂は輪廻する、というのが教会の教えなのです」
仏教でも輪廻すると言われてるけど。魂は六道を巡り生前の行いによって、転生する世界が決まると言われてる。
この世界も同じなのかな。
表情を崩さず続けて話すようだ。
「ヒロトさんは異界からの訪問者ですが」
今の時点で魂はこの世界にある。元の世界との輪廻を断ち切れば、この世界に新たな生を得ることが可能かもしれないと。
ただ、そのためには神の寵愛を受け、世界が受け入れていることが条件だと言う。
「ヒロトさんはすでに神のご加護を授かっています」
世界が受け入れるのも時間の問題だろうと。
「その上で寵愛を受けることができれば」
条件を満たすはずだと言う。
マリッカは本気で言ってると思うけど、僕に転生する気はさすがにない。日本の生活を捨ててまで生きていくには、この世界は厳し過ぎるんだよ。この世界に生を受けてしまえば、冒険者なんてやっていられないだろう。都合よく元の世界に戻って、何度でも復活なんてできないのだから。
リスクの高さは日本とは比較にもならない。
「マリッカさん」
「なんでしょう」
「申し訳ないんですが」
残念そうな顔をしてる。
「僕は」
「承知しています。その上でお話をしてるので」
深呼吸をするマリッカが居て、テーブルに視線を落とし僕に向けると。
「もう一つ、手段があるのです」
「え」
「その体は異界の人の手によって創造されたものですよね」
「たぶんそうだと思います」
どうやって作ったのかは知らない。最初にこの世界に来た人たちが、どうやって体を得たのかまで説明されてないから。異世界に渡って現地の住人と幾度も協議を重ね、協定を結び地球から人が来ることの許可を得た。その程度だ。
冒険者として活動し魔結晶を集め、それをこの世界の人たちが活用する。
そもそも魔結晶を何に使っているのかすら知らないし。情報も提供されてない。
「幾つか不足する機能がありますよね」
「えっと、はい」
少し頬を赤らめて「その、せ、生殖機能もですよね」なんて言ってるし。恥ずかしいなら口にしなくても。僕らは最初から知ってるわけだし。
それが無いことで強姦なんて事態を招かずに済んでる。最初から去勢されていれば性犯罪はある程度防げるし。
「祈りましょう」
「え」
「新たな肉体を得ることができます」
意味が分からない。祈ると体を得られる?
「神のご加護、神の寵愛、世界が受けれ人々に愛され、愛することができれば」
新しい体を得ることが可能になるのだと言う。その体は紛い物ではない生物としての機能を持つ。
「異界の人がどのように体を手に入れたかご存知ですか?」
まさか知ってるの?
「知らないです」
「一般向けには魔法と魔素で作られたと言われていませんか?」
「あ、確かに」
「それは違います」
異界から訪れた精神だけの存在が、この世界で活動する肉体を得る。そのために行ったのは神との交渉。
教会の総本山へ出向き神との契約を交わす。それによって創造神から一部機能を除いた肉体を提供されたと言う。提供された肉体を元に量産する体制を整えた。これが真相なのだそうだ。
「特定の機能は人が除いたのではなく、神によって除かされたのです」
この世界の人とは明確に異なる存在として。
もし異界の人たちが神によって認められ、人々にも認められることがあれば、生を得た肉体へと変貌させることが可能なのだと。
仮にこの世界で生物としての肉体を得たとすると、問題となるのは元の世界の肉体。
「これまで通り行き来は可能です」
ただし生物としての肉体は、この世界の住人と同じく死を迎える。
モンスターに殺害されれば復活は無い。普通の人間。それでも特殊な能力は引き継げるから、モンスターと戦う術は残る。
より慎重な行動が求められるわけだ。
「ヒロトさんには肉体を得る資格があると思います」
加護は得ている。少ないとは言え愛され愛している。愛してると言えるほどじゃないけど、マリッカに好意を抱いてるのは事実。
愛されているのは実感するけど。
残るは寵愛なのだそうで。
「日々祈りを捧げ絆を深め愛を深めれば」
神は必ず生物としての肉体を与えるだろうと。
そうなんだ。でもそれって伝承の類なんだよね。気になったから聞いてみると。
「伝承としているだけです」
神が与えた肉体がある。伝承などではないと理解できるはずだそうだ。
言われてみればそうか。最初に体を与えられたのが、地球から来た精神だけの存在。精神だけの存在がどうやって、こんな高度な体を手に入れたのか。不思議ではあったけど魔法と魔素で納得してた。
だとすれば神によって体を作り変えることも可能、と言えば可能なんだろう。
「でも、普通に死ぬんですよね」
「そうです。無理強いはしません」
冒険者など無謀なことをしていれば、いずれどこかで死を迎えてしまう。死後、元の世界に戻ることもない。この世界の輪廻に組み込まれてしまうからだ。
そうなると慎重に判断することになる。現状は無理。先々のことは分からない。
「お話はこれで終わりです」
しっかり考えて決断を下してください、だそうだ。
この世界の人か。




