Sid.1 異世界へ初めての旅立ち
第一志望だった大学に入れたことで、両親に今流行りのビヨンド・ザ・バウンダリーをやりたい、とねだったのが高校を卒業したタイミング。大学入学までの間、少し遊んでみたいと言ってみた。
ただし、とにかく費用が掛かるから一般的な高校生の小遣いでは遊べない。何しろ一回のプレイフィーが二時間で八千円だし。
バイトでもして稼げ、なんて言われたけど大学一年の間は授業を目一杯詰め込むことにしてる。取れる単位は取れるだけ取って、二年次以降に時間的余裕が欲しいから。だからバイトする余裕は一切無いんだよね。夏休み中ならバイトもできるけど。
「まあ、学業優先の姿勢は評価する」
父さんはそう言って小遣いの増額を許可したけど。
渋い面を見せる母さんは「一回八千円って、なんでそんなに高いの?」と疑問を口にする。
ここでプレゼンに失敗すると小遣いの増額計画は頓挫するだろう。
「別の世界に行ける。これは凄いこと」
生身で向かうわけじゃないからリスクは無い。無いわけじゃないけど。
「別の世界って」
「多元宇宙論が一般的だけど、宇宙は複数存在するってこと」
「理屈は知ってるけど眉唾だと思ってた」
「あったんだよ。だから実現できた」
日本のフィクションだと異世界、なんて呼称が一般的。とは言ってもフィクションの異世界は何でもありだし。まあ言ってみればインフレーション多元宇宙かもね。
物理法則が異なっていたり定数が異なっていたり。
「それで、どうして高いの?」
「何でも最初は高いでしょ。昔、三種の神器なんて言われてた物だって」
出始めは高額商品だった。テレビも冷蔵庫も洗濯機だって。広く普及し量産効果を得られれば徐々に価格は下がるものだし。他社との差別化や競争もある。手っ取り早く競争に勝とうとすれば低価格を打ち出すものだし。
パソコンだって高額だった。今は二万円台でノートパソコンが買える。
「製品化されたけど今は競争も無いから高い」
「それで何を得るの?」
得るもの。
それって月に行くのと同じようなことだと思う。月に行って、じゃあ何を得られるのか。今も人類のほとんどは月に行けていない。重力が地球の六分の一しかない、大気が存在しない世界、それを体験できるって希少性だよね。
もうひとつは知的好奇心を満たす。
「同じことだと思う」
異世界に行ける。そこは地球とは異なり魔法もある世界だ。この世の理とは別の理がある。
モンスターと呼ばれる、地球上では空想の産物も居る世界だ。
それを低リスクで楽しんでこられるなら、体験しない手は無いわけで。
「力説してくれてもね」
本来であれば自力で稼げるようになって、自分の金で楽しめばいいと、もっともなことを口にするけど。
出したくないんだろうね。
これはプレゼン方法を誤ったか、と思ったけど。
「じゃあ四回分だけ」
ということで母さんの許可も出て「現金? それともキャッシュレス?」と聞かれ、スマホ決済としておいた。
「もし、もっとってなったら?」
「自分で稼ぎなさい」
駄目だった。
でも押せば何とかなりそう。あとで考えよう。
こうして異世界へ旅立つ準備はできた。
今は金持ちの道楽レベルで費用が掛かる。いずれ安価になって、誰でも気軽に楽しめる新たな娯楽になると思う。
本当の意味での異世界だから、某テーマパークがちゃちに見えるだろうなあ。所詮は作り物だし。ビヨンド・ザ・バウンダリーは現実だからね。
初めて利用する際にはユーザー登録が必要。それと事前予約も。
完全予約制で日時を指定しておく必要がある。
手続きはスマホで済ませ、いざ出陣。
最寄りのアーススパイアホールに向かい、スマホの画面を見せると施設内へ案内される。
ドーム状のブリーフィングルーム。そこに同じ時間帯の利用者が集まっている。ざっと六十人。ここで施設に関してと異世界に関して簡単に説明がされる。
施設は完全個室で一人一室。個室内にはベッドとベッドサイドモニター、あとはハンガーとかロッカーがあるだけ。
ベッドサイドモニターには心電図や脈拍、呼吸数と呼吸流量に二酸化炭素濃度。血中酸素濃度に脳波などが表示される。つまり意識の無い人のバイタルを監視するわけだ。
これらを集中管理しているらしい。
そして注意事項の説明と誓約書を書かされる。
体調不良の場合は利用不可。トイレは必ず事前に済ませる。肉体から精神を引き剥がすから、元の体は抜け殻みたいなもの。活動はしていても意識は無い植物状態。
尿意や便意を感じることもない。つまり糞尿垂れ流しになりかねず。
誓約書は万が一の際に帰還不能になっても、運営サイドは責任を負いきれない。それを了承した上で利用すること。
とは言っても体の管理は施設のスタッフが行う。
救護措置においては最大限努力はする。その前提の上で不測の事態が発生しても、全ての責任は負えませんよ、と言うこと。
リスクは少なからずあるから。
それは車だって同じ。だから保険がある。バンジージャンプだって万が一はあるからね。パラグライダーだってスカイダイビングだって同じだし。
生きている上でノーリスクなんて存在しない。
異世界に関しての説明では。
「皆様の体は現地で創造されたものになります」
異世界の魔法を駆使し魔素を元に作り上げる。人工生命体と呼べるほどに精緻な存在だと言う。
食事は不要。排泄も無し。そして生殖器も無いから如何わしいことはできない。
異世界で創造された体に精神が入り、自らの意思で動かすことになる。
事前予約していることで、すでに現地に用意されているそうだ。最初に風貌や身長に性別など詳細な入力を求められたっけ。ジョブに関しても。
「創造された肉体は現地の人を凌駕する力を持っています」
その力を現地の人に振るわないようにと注意された。
ただし、現地の人の依頼によりモンスターを討伐することは推奨される。
「魔王を倒して欲しい、などといった依頼もあるでしょう」
そこは己の力量と相談してください、だそうだ。
乏しい力量で無謀に立ち向かってもアバターが損壊してしまう。ペナルティはあるからよく考えて行動すべしと。
そして現地には人間以外に複数の種族が存在する。
決して諍いは起こさないようにと釘を刺された。
凡そ十分の説明が終わるとスタッフにより個室へと誘導される。
「袖と裾を捲ってください」
電極を貼り付けるようだ。指先には見覚えのある小さな機器。バイタル監視のためだ。
頭にはヘッドギアが装着される。
セッティングが済むと再度の確認。
「質問はありますか?」
「特には」
「リコールは冒険者ギルドでしかできません」
「はい」
冒険者ギルドにはスタッフが常駐しているから、疑問があればきちんと解消しておくように、と念を押された。
ほとんどの人は現地で疑問を抱くケースが多い。見ていない実感できないから質問が思い浮かばないだけ。行けば疑問だらけになるだろうと。
「では準備が整いましたので」
目を瞑り心穏やかに、なんて言われたけど。
少しすると体が軽くなる感覚を得て、深い闇に飲み込まれているような。浮いたと思ったら沈み込んでいく感覚に変わると、遠くに光が見えてくる。
勝手に光に向かっているようで流されるような。
一瞬、意識が途絶えていたようだ。
気付くと目の前にさっきとは違う光景が視界を覆う。
「ようこそ。オルタネート・ユニバースへ」
日本語?
と思ったけど、どうやら翻訳されて聞こえるようだ。
そう言えば現地の言語は異なるって言ってたっけ。翻訳能力が付与されてるらしい。英語だろうとフランス語だろうと、それこそ現地の言語でも翻訳可能だそうだ。




