Sid.0-2 ゲームではない現実世界
気付くと視界に薄暗く狭い部屋と黒い天井。視界の斜め上に光源が一つ灯る。
頭の上からは警告音が響き男性が傍にいて「大丈夫ですか?」と聞いてくる。
「心拍と血圧の上昇、それと急激な発汗がありましたが」
話はできるか問われ問題なしとして、事の顛末を話すと「プレイヤーキルですか」と、神妙な面持ちをするスタッフだった。
排除しても排除しても湧いてくるプレイヤーキラー。手の打ちようがないらしい。
しかも僕に恨みを抱く連中が依頼していた殺人者集団だ。その手の集団が居ることを把握していたかどうか。話しぶりからしてないようだけど。
「今回はPKによる肉体の喪失ですから、ペナルティはありませんのでご安心ください」
現地で仮の肉体を喪失すると復活した際、通常はペナルティとしてレベルが下がる。
例外規定があってPKの場合は、元のレベルのままで復活できるそうだ。
気になることがあり体を起こしてスタッフに問う。
「あの、僕の仲間は?」
「確認しますので少々お待ちください」
そう言ってスタッフが個室を出て行く。
まあそうそう死ぬことはないとは思うけど、死を実感させられる出来事だし、しかも相手はモンスターじゃなく人だから。
フラウとかヴィーラはショックを受けたかもしれない。しばらくは向こうに行きたくないって思うかも。トラウマを抱えないとも限らないし。
少ししてスタッフが戻ってきて「三人とも無事を確認しました」と言うけど「ただし」と断りが入る。
「一人は動揺が激しく少々情緒が不安定になっています」
様子を見てカウンセリングを受けさせるそうだ。
「一人って誰ですか?」
「ハンドルネームはマサとなっていますね」
そうなんだ。マサは追い込まれた上で殺害されたからな。僕も殺害はされたけど全員を倒せているし、何が起こっているかは見えていたから。でも敵の人数が多ければ倒しきれない可能性も。
でも僕以外の三人は違う。視界が利かない中で殺害されたから。
ヴィーラも怖かっただろうけど大丈夫だったんだ。フラウは恐怖心が高まる前に倒された。気付いたらこっちに居たと思う。
今後、向こうの世界に行けるかどうか。もしPTSDになっていたら二度と行かないって言うかもしれない。
なんか腹が立つな。逆恨みする奴に。
復讐しようと思うまでには至らないけど、ほとんど抵抗できない仲間を殺害されて、素直に許せるはずもない。
運営側は把握してるし、PKを行った奴らは二度と参加できないように対策してるけど。
それでも次々湧いてくる殺人鬼連中。世界中で数百万人が参加するとなれば、やはり異常な思考を持つ存在は紛れ込むんだろうな。これは人種国籍は一切関係なく、異世界に行くことで箍が外れるのだと思う。
被害が多発する前に排除できないものなのだろうか。
多発と言う程には件数は多くない。だから排除するだけ。
でも何かしら法的に規制しないと、きりがないと思う。
当初ゲームとして告知された「Beyond the boundary」だけど、実際はゲームなんかじゃなかった。
米国のIT企業数社と高名な米大学の共同開発。元々は大学で細々と研究していたらしいけど。そこに企業が首を突っ込んできた。更に世界中の研究者が集まり始めて。
開発が進むと人類史上初の偉業、なんて宣伝文句もあったし。
徐々に明かされることで人々の期待感を煽っていた。
研究開始から十三年を経過すると、世紀の大発見、なんて文句と同時に存在を証明したってことで話題に。それまでは理論上でしかなかった並行世界が実在したってことで、お祭り騒ぎになったし。
研究開発に二十五年以上を費やし、存在を立証できる段階になると同時に、世界中からスポンサー協力を得ることになった。
スポンサーを得れば開発が加速度的に進み、五年前には初の実証実験が行われることに。
そして二年前には世界各地で娯楽として営業開始。
世界の熱狂たるや凄まじいものがあったなあ。僕もだけど。でも高校生で受験勉強に集中する日々だったことで感ける暇はなかった。
「並行世界の立証から未知なる世界への旅立ち」
なんて言って。
でも人間が直接行けるわけじゃなかった。そこで熱が少し冷める感じになったけど、研究者や経営幹部が多数境界の向こう側へ向かった。現地で何をしたのかは知らないけど、下地を作り体制を整え現地との交渉もしたらしい。
ただし、人間が直接向かったわけじゃないからね。
行ったのは肉体から解き放たれた精神。まあ魂と呼んでも差し支えないかもしれないけど。
物質は行き来できなかったけど、精神だけなら可能だったことで、安全に異世界に旅立てることになった。
元の肉体はこの世界に。現地では仮初の肉体を得る。
便宜上アバターと呼ぶ物体。精神が入ることで生命として活動できる。
向こうの世界に行くためには、大規模な設備を使用しないとならない。各家庭にゲーム機の如く導入できる代物じゃなかったから。
肉体から精神が抜ける、ということは残った肉体は意識の無い状態。ゆえに誰かが管理しないとならない。家族が付きっきりとかは無理だし、単身者は見てくれる人すら居ない。不測の事態が発生したら問題にもなる。
小型化もできないし使用電力量も多く、結果、娯楽施設としての運営になった。
常駐の管理者を置きバイタルを監視。それにより残される体の安全性を担保。
世界各国各地に完成した施設は「Earth spire hall」と呼称する。直訳では大地の尖塔ってことらしい。でも命名した人は神秘的なものをイメージしたとか。
外観は円形の建物で中央に塔が伸びてるから。高さ二百メートルほどの塔が並行世界と地球を結ぶ門になってるらしい。
現地のことは「Alternate universe」と呼んでいるようだ。
別世界ってことだけど、向かう先の惑星に名称が存在しないから。地球人が勝手に名称を付けるのも失礼だし。いずれ現地の人たちが名付けるのだろう。
国家や町の名称はあるんだけどね。
一応ゲームのような雰囲気はあって、向こうの世界に行くことを「ソウルシフト」と呼称し、帰還することを「リコール」と呼称する。
まあ娯楽だし。
並行世界に行くのは精神だけ。物質は次元の壁を越えられないのもある。
剣と魔法のある世界で仮の肉体を使い冒険をすることに。
魔素なる未知の物質もあるそうだ。フィクションではお馴染みの不思議な物質だけどね。魔法と魔素があることで実用化できたものもある。
当然だけど仮想現実とは比較にもならないリアリティ。肌で感じる空気感や大地を踏みしめる感覚。匂いも音も光も。風や水も現実。
並行世界の惑星は地球に酷似した環境で、この世界同様多数の人々が生活している。
違うのは文明レベルとモンスターの存在。また人以外の種族も複数居て一部は共存関係も。
そこがゲームっぽくて。
だからだろうか、ゲーム感覚で並行世界に行き、ろくでもないことを仕出かす輩も出る。
現地の人はNPCではない。命ある人間だ。人間以外も居るけど。
旅行に行くと普段とは違うテンションになる。同じく並行世界に行きハイテンションで暴れる輩も多く存在し、そのためルールが策定されるも浸透しきらず。
大挙して押し寄せる地球の精神体。まあ大迷惑になったんだろうね。オーバーツーリズムのようなもので。
僕も現地に行くことで知ることになる。
見ると聞くでは受け止め方も異なるものだ。
ちなみに多数の国家がビヨンド・ザ・バウンダリーに絡もうとしたけど。
国家の要求するものは得られないってことで、早い段階で手を引いたようだった。
手に入らないから。




