Sid.107 神の加護を求める人たち
レベル三十の魔法使いは豊富な魔法を操れるようだ。
新たに得た魔法を試したいようで、すぐにでも出たいようだけど、滞在時間に制限があるから無理。次回来た時に試せばいい。また洞窟に向かうつもりだし。
「ヒロトさんはレベル上がってないんですか?」
アイナが疑問に感じたようで聞いてくるけど。
「上がらないと思いますよ」
「でも数を」
「僕だけレベル六十です」
高レベル過ぎて容易には上がらないでしょ。僕から見れば浅い階層に出るモンスターなんて、弱すぎて話にならないし。
そう言うと「じゃあ七階層まで行くとかどうです?」なんて言ってるし。他のメンバーの手に余るって。やっとレベル三十台になったばかりなんだから。
最低限、全員がレベル四十台になってからだね。ソロならともかく。
「僕が居る時点で浅い階層ですら難易度が上がってます」
だから無理、と言っておいた。
とりあえず今日は大幅なレベルアップと、魔法やスキルを得たことでリコールすることに。
ギルドをあとにし待機室に向かうけど、引き留めようと足掻くアイナが居るんだよね。
「ヒロトさん。毎日寂しいんですよ」
「わかるんですが、ずっとは居られないです」
「じゃあいつもの」
キスだ。体感五分以上の。カウンターに招き入れるから、抱き締めてキスすると「もっと一緒に居たいです」とか言うけど。捨てられた子犬みたいな目で見られても。
洞窟をある程度攻略したら時間を作ってデートする、としてカウンターから出て待機室へ。
待機室に入ると揶揄われるけどね。
「愛されてんなあ」
「もう結婚すればいいのに」
「ヒロト君ってモテるのね」
じっと僕を見つめるユズだけど「ギャップが」とか言ってるし。わかってる。向こうの僕は女性に好かれる性格や容姿を持ってない。何のキャリアもない学生だし。
こっちの僕はチートを得てるから、それで好かれてるだけの話だ。質の悪い冒険者を排除したのもある。
向こうの僕では暴漢の一人も相手にできないからね。立ち向かった瞬間、返り討ちに遭うのが関の山。情けない姿を見せることになるし、下手すれば死ぬ。
どっちも現実ではあっても、こっちの僕は下駄を履かされた状態。素の僕じゃない。
全員でリコールを済ませ日本に戻ると、施設の入り口に集合し次回の日時を決め解散した。
僕と同じ方向なのがユズとフラウ。同じ電車を待つ間、神の加護の話しになった。
「加護、欲しいよね」
「欲しいですぅ」
「ヒロト君は寵愛もあるって」
「羨ましいです」
神の加護がレベルを超越した力を発揮する、となれば羨ましいと思うんだろうけど。僕だって偶然得たに過ぎない。条件を知っていたわけでもないし。
「今の日本って生きづらいから」
「あ、確かに思うところはありますね」
仕事上では上司が気を使うことは多い。様々なハラスメントに気を使わざるを得ない。それは後輩を持ったフラウも実感してるそうだ。指導してるつもりでもパワハラと受け取られることも。そうなると上司から注意が入ってしまう。
「ほんと、面倒臭いの」
腫れ物に触れるように接していると今度は期待されてない、と思い込んで新入社員は容易に退職してしまう。しかも自分で告げず退職代行を利用して、だ。
もう何年も前から日本はおかしくなったと感じるそうで。
「だからね、加護を得て寵愛を得れば」
日本と言うか、こっちの歪んだ世界を捨てて異世界で生きて行ける。そう考えてしまうそうだ。
SNSは常に炎上祭り。誰かが発信すれば即座に炎上。流言飛語と誹謗中傷で溢れ返り情報源としての信頼性は皆無。迂闊なことを言えば殺害予告までされる始末だ。そこに秩序は存在せず匿名の仮面を被り悪意だけを垂れ流す。
とは言え。
「SNSはね、使わない、見ないで済むけど」
仕事をしていると社員と接しないわけにはいかない。こっちも難題であり気が滅入るそうだ。
「フラウさん、悩みが多いんですね」
「学生時代は良かったんだけど」
同情する感じのユズだけど実感は乏しいだろうなあ。
「ユズはどうして加護が欲しいの?」
「ヒロトさんみたいに強くなれそうで」
「確かに強くなれそうね」
そう言いながら僕を見て微笑んでるし。その微笑みの意味はわからない。
電車が来て乗り込むと三人が横並びでつり革を掴む。車窓を見ながら「あっちの世界、楽しいですか?」とユズがフラウに聞いてる。
「楽しい。こっちのことを全部忘れられるから」
向こうで死んでも何度でも復活可能。何らリスクのない死。それがゲームだと強く思わせてしまう。
「痛いのは痛いけどね」
「そうですよね。何で痛いのかって思いませんか?」
「最初はね、そう思った」
「今は違うんですか?」
違うそうだ。痛みを感じなければ現実と意識できない。だから痛みは必要なのだろうと考えるそうで。向こうには確かに生きている人が居る。こっちと同じように生活している人だ。文明レベルで劣ってはいても、モンスターに脅かされていても。
同じ人として意識させるためなのだろうと。
僕もそう思う。
僕とユズが自宅最寄り駅で下車しフラウを見送る。
視線を向けると互いに目が合う。
「フラウさんって、こっちに絶望してるんですか?」
「さあ、その辺は僕にはわかりません」
絶望まではしてないと思う。それなりに生きてるんだと思うし。ただ空虚なのかもしれない。結婚は意識しても今は価値を見出せない、そんなことを言っていた。
一人が気楽なのは確かだし、時間も金銭も自分のためだけに使える。他人と深く関わると面倒臭い。これも平和で一人で生きて行けるからか。身の危険を感じることなんて、早々あるわけじゃないし。
ああでも、向こうに行くと一人で生きるのはつらいと思う。
フラウがそれをどこまで認識してるのか。娯楽が極めて乏しい世界だし。
「ヒロトさんはどうして加護を授かったんですか?」
「わからないです」
「でも何か切っ掛けがあったんじゃ?」
「あったんでしょうね。でもわからない」
住人への態度や気遣いが切っ掛けかもしれないけど。神様に聞いたわけじゃないから、なんでと聞かれても推測で答えるしかない。
加護を得た理由を知りたいんだろうけど。
「ボランティアですか?」
「え」
「人のためにって」
「ああ、それはあるかもしれないですね」
一切の見返りを求めない。それも大切だと思う。人のための行動が結果、自分にいつか返ってくる。情けは人の為ならず、ってことなんだろう。
途中でユズと別れるけど「不思議なんです」と言って立ち止まってる。
「何がです?」
「どうして年下相手に敬語なんです?」
「さあ、どうしてでしょう」
フレージアとは対等に会話してる。自然とそうなった。でもそれ以外の人とは敬語での会話が多い。同級生とはどうだったか。家族相手は。
さすがに敬語は使わなかった。いつからだろう。どこに行っても誰と接しても、こんな感じで会話するようになったのは。
どこかで相手と距離を取ろうとしてたのかも。僕もまた人間関係を煩わしいもの、と考える傾向が強いから。
「普通に話しませんか?」
「普通の定義がわかりません」
「あの、ヒロトさん?」
年下なんだから敬語を使わない、たったそれだけのことだと言ってる。
それはある点で正しいし、正しくない面もある。元々の接点から見ればユズはお客さんだった。お客さんには敬語で接するべきだよね。でも今は仲間として行動してる。
だから対等? なんか違うと思うけどね。
「これが自分らしさ、であれば敬語は普通ですよ」
今捻り出した。
変な人です、と言われた。でも普段は周りがみんな年上だし。一人だけタメ口ってのもね。




