Sid.100 酔っ払うお姉さんの相手
首を少し傾げ斜め下から見上げるように、かつ微笑みながら「よろしく大翔君」と言われた。年上だけど愛らしく見えるし、慈しむような笑顔がドキッとさせる。
女性の仕草には魅力を倍増させるものがあるようだ。
ベッドから立ち上がると「飲みたい気分」とか言い出し、キッチンスペースに向かい冷蔵庫を漁ってるようで。
「ビールが良かったんだけど、缶酎ハイしかなかった」
飲む気満々なんだ。
何かしら常時ストックしてるんだろうなあ。うちの冷蔵庫にもビールが数本入ってるし。僕は年齢的に飲めないけど、時々両親揃って飲んでるみたい。
戻ってくると「大翔君にはこれ」と言って、ペットボトルのフレーバー炭酸を出してきた。
あんまり長居する気ないんですけど。
触れそうな位置に腰掛けると、缶を開ける音がしてぐびぐび飲む花音さんだ。やっぱり距離が近い。
「あー、なんかすっきりした」
「それ美味しいんですか?」
「美味しいって言うか」
特別美味いものではないらしい。アルコールが入っているか否かの問題だそうで。
「大翔君が二十歳超えてればね」
上質なワインで乾杯もできたとか。飲酒は二十歳からだからね。
缶を両手で持ち前屈みになると「大翔君、どうして年下なのかなあ」とか言い出す。
僕に視線を向けると「お姉さんに興味無い?」って、なんか如何わしい雰囲気になりそうな。
「特に意識しないです」
「七歳差だから?」
「それもあると思います。お姉さんすぎて」
「たった七歳だけどね」
たった、とは言わない。七歳も、だ。僕の年齢から見て七歳下の女子は、まだ小学生だし女性として意識できない。恋愛対象にすらならないでしょ。
年が近くないと意識できないし。
「小さなことからコツコツ始めようかな」
「教会で治療士しますか?」
「そうね。たぶん遠回りなようで近道かもしれないし」
住人のために行動すれば、いずれ道が開けるかもしれないと。
ぐいぐい缶酎ハイを飲むと「おかわりしよう」とか言って、立ち上がり冷蔵庫から二本目を取り出し開けて飲む。
今度は密着する感じで隣に腰を下ろすし。意識しちゃうんですけど。
「大翔君」
「あ、はえ?」
顔が近すぎる。ちょっと酒臭い息になってるし。まだ酔いは回ってないんだろうけど。
「キスしちゃうよ」
「あの、遠慮します」
「あ、そういうこと言うんだ。年増とか思ってる」
「えっと、そうじゃなくてですね」
絡み酒?
「見た目と違って頼り甲斐あるよね」
「誰がです?」
「大翔君」
そうかなあ。向こうでは高レベルってことで、頼れる存在かもしれないけど。こっちでは半端な学生でしかない。何の経験もない勉強だけの存在。取り柄らしい取り柄もないし。
評価が非現実世界の僕と混ざってるんだろう。
ぐいぐいからがぶがぶ。飲み進めていると空になったようで「もう一本いっちゃおうかな」なんて言って、またも開けてるし。何本飲む気なんだろう。
隣に腰掛けると寄り掛かって来てる。
ちょっと体温が伝わってきて少し熱い。
「結婚だけどね」
「あ、はい」
「したい気持ちがないわけじゃないの」
今は自分の時間を他人のために費やしたくない、だそうで。一人で居ることが快適なこともある。趣味や娯楽に好きなだけ打ち込める。でも時々冷静になると虚しさを覚えることもあると。
しかし今は結婚自体に意義を見出せないらしい。
「大翔君」
「なんですか」
「四つくらい年取れない?」
「あの」
急に年は取れないでしょ。
「精神年齢でもいいと思う」
「無理です」
「少しの努力だと思うけどなあ」
僕なら精神年齢が上がるはずだと。そこだけ年取りたくない。ちゃんと段階を踏んで年齢を重ねたいし。
こんな調子でぐだぐだになりながら、いつの間にか寝息を立てる花音さんが居る。
「あの、帰りたいんですけど」
「んん」
参ったなあ。昨今物騒だから施錠しないまま帰れないし。
「起きてください」
僕に寄り掛かったまま寝てるし。立ち上がれば起きるかもしれない。
そっと立ち上がると倒れ込む花音さんだ。それでも起きない。どうしよう。
揺すってみるか。
肩に手を当て揺すっても無駄だった。起きてと言いながら揺すっても反応なし。
「寝てると犯しますよ」
少し低めの声音で言っても無反応。まあ犯すなんて僕にできるわけないけど。そんな度胸があるなら、とっくに経験してるだろうし。
どうすればいいの。あ、そうだ。
スマホを出してアラームを一分後にセット。花音さんの耳元にスマホを当て、鳴るのを暫し待つとアラームが鳴り出す。
「ん。んんー」
反応あり。
でも手で跳ね除けてるし。スマホが吹っ飛んだ。拾って再び耳に当てアラームを鳴らす。
手の掛かる大人だなあ。
肩を揺すりながらアラームを響かせると、薄目を開け僕を睨んだと思ったら。
「あああ、あの、ちょっと」
抱き着かれた。しっかりホールドされてるし。
理性の箍が外れない内に帰りたいんだよ。幾ら僕でも無防備な女性に抱き着かれたら、その気がなくても手が出かねないでしょ。
ねえ、起きて。
「んん?」
「あ、目が覚めましたか?」
「あ、ん」
「あの、帰りますから戸締まりを」
すったもんだで、辛うじて起き上がる花音さんだけど「大翔くぅん。帰っちゃイヤぁ」じゃないってば。
朝帰りは避けたいし、親に説明できないし。
その後、酔っ払い状態の花音さんを起こし帰宅することができた。きちんと施錠するのを外で窺って問題無しと判断した上で。
やれやれ、危険な一夜を過ごす羽目に陥りそうだった。
自宅に帰れたのは二十三時を少し回っていたようだ。
リビングに居た母さんが「遅かったね」と言ってるけど、父さんは「まだ宵の口だろ」なんて言ってるし。二十三時は宵の口とは言わないと思う。
「大学生だし、あまり縛るものじゃない」
「まだ学生でしょ」
「彼女ができたら朝帰りもあるだろ」
「まだ早いでしょ」
母さんと父さんが暫しバトってた。
異世界行きは歓迎しない父さんだけど、女性の家に泊まり込むのはオッケーなんだ。
母さんは幾らか過保護かもしれない。
翌日、授業を終え電車待ちの間にスマホを見るとメッセージが入ってた。
「昨日、なんかしなかった?」
花音さんだ。
なんかって、何も無いと返信すると。
「ちょっと飲み過ぎたみたいで、何かあったらって」
何も無いから安心してくださいと送信。
「少しくらい手を出しても良かったのに」
じゃないっての。何言ってんだか。酔っ払いに手を出す不届き者じゃないから。それ以前に勇気もないけど。
でも、年上でお姉さんと思ってた花音さんだけど、酔うとまた違う一面を見られたと思う。甘えた感じになるんだね。もしかしたら誰かしっかりした人に甘えたいのかも。
僕じゃ力不足だけどね。とても甘えさせられる度量は無い。
週半ば。
バイト先にユズが来た。
「バイト、まだしてるんですね」
「稼がないとフリーパスは有限ですから」
「あの妖精さんは?」
「向こうで仕事してますよ」
ギフトカード五万円分を購入してるし。まだ前に買った分、使い切ってないだろうに。どれだけ裕福な家庭なんだろう。
羨ましいと思うけど金銭感覚の違いから、ユズとは付き合えないだろうなあ。まあ僕に惚れるとも思ってないから、どうでもいいんだけど。
「ヒロトさん」
「なんですか。まだ仕事中なんですけど」
「神の加護って得られないんですか?」
「無理だと思いますよ」
欲がある間は神様も認めないでしょ。
でもなんで?
「なんで加護を欲しがるんですか?」
「強くなれるじゃないですか」
確かにそうかもしれないけど。
強くなりたいから、なんて私利私欲丸出しじゃなあ。せめて住人のために率先して行動しないと。




