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第2章 第12話 それでも、言葉を使うしかない

 ほとんど眠れなかった。


 目を閉じるたび、準備室の白い画面が浮かんだ。送信ボタンの青。九条の「本番まで、あと半日もありません」。そして、その上から重なるみたいに、悠真の「ぼくは嫌だ」が落ちてくる。

 言葉になっていたはずなのに、あれは言葉より先に届いた。だから真白の中では、まだ整理がつかない。うまく並べ替えられないまま、胸の奥のいちばん触れたくないところに残っていた。

 制服の袖に腕を通すときも、髪を結ぶときも、玄関で靴を履くときも、昨夜の続きだけが身体のどこかに引っかかったままだった。ありがとうは、朝になっても言えなかった。


 それでも、朝は来た。

 交流討論会の本番当日。校舎は異様な静けさに包まれていた。校門の前には他校の来校者を迎える立て看板が並び、体育館へ向かう通路には案内係の生徒が立っている。見た目だけなら、きれいに整った行事だ。

 けれど、スマホの中では別の流れが走っていた。比較サイトは昨夜更新を止めたまま、昼の本番開始に合わせて『最終順位』の公開を予告している。

『きょう決まるのは代表だけじゃない。誰の言葉に価値があるかも、だ』

 ぞっとするほど、うまい書き方だった。怒りたい人間にも、見下したい人間にも、怖くて確かめたい人間にも、全部に刺さる。


 真白は昇降口の柱にもたれ、画面を見つめた。少し遅れて、隣に九条が立つ。昨夜と同じ距離だった。

「まだ間に合います」

 九条は低く言った。

「昨夜、あなたは自分の言葉を嫌いになると言った。では、嫌いにならない形で勝つ方法がありますか」

 真白は答えられない。あれば、とっくにそれを選んでいる。

「ないなら、痛みの少ない方を選ぶだけです。相手は今日の場を壊すつもりでいる。こちらがきれいでいたいと思っているあいだに、また誰かが傷つく」

「分かってる」

 口調がきつくなる。自分でも、昨夜からずっと苛立ちの向け先を持てていないのが分かった。

「分かってるけど、それを『少ない』って言い切れるほど、まだわたしは平気じゃない」

 九条は表情を変えない。その沈黙が、否定より痛い。


「真白先輩」

 呼ばれて振り向くと、一年の女子生徒が立っていた。比較サイトに発言を切り取られ、代表候補から外れかけた子だ。目の下にはまだ薄く影が残っている。

「ちょっと、いいですか」

 真白は九条から離れ、その子と中庭側の廊下へ出た。

 四月の風が、まだ少し冷たい。

「……昨日のこと、聞きました」

 彼女は小さく言った。

「全部出すかもしれないって」

 真白は目を細める。

「誰から」

「噂です。でも、たぶん本当なんだろうなって。朝比奈先輩、そういう顔してるから」

 言われて、真白は少しだけ笑ってしまった。

「どんな顔よ」

「守ろうとしてるのに、誰か切る準備もしてる顔です」

 あまりにも正確で、息が止まる。


 彼女は続けた。

「わたし、助けてもらっておいて変なこと言うかもしれないですけど」

 手すりを握る指先に、力が入る。

「わたし、自分を傷つけた人の名前が晒されるの、ちょっと見たいって思ってました。苦しめって。怖い思いしろって」

 真白は黙って聞く。

「でも、いざほんとにそうなるって思ったら、違いました」

 彼女は顔を上げた。

「わたし、別の誰かが壊れるところまで見たいわけじゃないです。終わってほしいだけで」

 その言葉が、すとんと落ちた。

 終わってほしい。

 勝ちたいじゃなく、やり返したいだけでもなく。

 ただ、終わってほしい。

 真白の中で、何かが静かに位置を変える。

「ありがとう」

 自分でも驚くほど、素直に出た。

 彼女は気まずそうに笑って、頭を下げて去っていった。

 残った廊下で、真白はしばらく動けなかった。

 

 階段の踊り場で、悠真が待っていた。

 真白の姿を見ると、彼は一拍置いてから口を開く。

「寝てないでしょ」

「そっちも」

「まあね」

 いつもの調子に少し戻っている。なのに、昨日の声だけは、まだ耳の奥に残っていた。

 真白は手すりに寄りかかった。

「昨日」

 言いかけて、止まる。

 何から言えばいいのか分からなかった。

 悠真が先に言う。

「ごめん」

「え」

「きつかったから。言い方」

 真白は首を振った。

「違う。きつかったから、止まった」

 その瞬間、悠真の目がわずかに見開かれる。

「きれいに言われてたら、たぶん押してた」

 真白は笑えなかった。

「正しいことを正しい形で言われたら、わたし、たぶんまたそっちに寄ってた。昨日のあれ、全然きれいじゃなかったし、乱暴だったし、最低だったけど」

「最後のだけ余計じゃない?」

「でも、本当だった」


 階段の窓から、白い光が差し込む。

「わたし、ずっと勘違いしてたのかもしれない」

 真白はぽつりと言う。

「人を動かせる言葉が、届く言葉でもあるって」

 悠真は静かに聞いている。

「でも違うね。動かせるのと、届くのは、別かもしれない」

「別だと思う」

 迷いなく、悠真は答えた。

「重なることはある。でも、同じじゃない」

「つまり?」

「真白が今から選ぶ言葉は、勝つための言葉にもできるし、伝えるための言葉にもできるってこと」

 簡単に言う。

 でも、それはたぶん、いちばん難しい。

「……それ、正しいけど危ないよ」

 真白が皮肉っぽく返すと、悠真は少しだけ笑った。


「知ってる」

 短いやりとりなのに、胸の奥の硬さが少しほどける。

「で、どうするの」

 悠真が尋ねる。

 真白は前を向いた。

「全部は出さない」

「うん」

「でも、壊す。構造ごと」

 悠真の表情が変わる。

「案は?」

「ある。たぶん、九条は嫌う」

「それはどうかな」


 背後から聞こえた声に、真白は肩を揺らした。

 九条が、踊り場の下から上がってくる。運営卓の確認を終えたばかりなのか、足音は相変わらず静かなのに、首もとの名札だけがまだ仕事の側に残っていた。

「嫌うかどうかは、聞いてから決めます」

 真白は息を吐いた。

「盗み聞き?」

「必要な範囲で」

「最低」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 そんな軽口すら、今日は緊張を切らない。

 真白は九条をまっすぐ見た。

「管理者の実名も、協力した生徒のログも、全部は出さない」

「甘いですね」

「その代わり、仕組みを出す」

 九条が黙る。


「どうやって煽ったか。どうやって不安を集めたか。どうやって順位が作られたか。誰でも参加できて、誰でも加害に回れるように設計されてたってことを、全部見せる」

「個人の責任が薄まる」

「違う。個人を逃がすんじゃない」

 真白は一歩前に出た。

「全員を逃がさないんだよ。見てた人も、面白がった人も、順位を信じた人も、自分だけは安全だと思ってた人も」

 九条の視線が変わる。

 これは効率の悪い方法だ。時間もかかる。拍手も起きにくい。決着としては鈍い。

 けれど、痛みの向く先が違う。

「今日の場でやる気ですか」

「やる」

「失敗すれば、相手に先を打たれます」

「だから、手伝って」


 九条の眉が、ほんの少し動いた。

 真白は続ける。

「あなたのやり方は、わたし、理解できる。たぶん、かなり」

「それは光栄です」

「でも、同じ場所には立たない」

 きっぱりと言い切る。

「今日は、わたしのやり方で終わらせる。そのために、あなたの技術は借りる」

 九条はしばらく無言だった。

 やがて、口元だけで笑う。

「……それはどうでしょう」

 皮肉にも聞こえるし、承認にも聞こえる。

「ただし、失敗したら次はわたしが切ります」

「その前に終わらせる」

 真白が返すと、九条は小さくうなずいた。

 

 体育館は、定刻より少し早く熱を帯びていた。

 壇上には交流討論会の横断幕。照明は明るく、司会の声はよく通る。だれもが、正しい行事の形をなぞっている。

 その裏で、真白たちは最後の準備を進めていた。

 悠真は映像卓の横でノートパソコンを開き、九条は別系統の回線から比較サイトの予約投稿に干渉している。真白は袖の暗がりで、自分の呼吸だけを数えた。

 心臓が、うるさい。

 失敗したら、終わる。

 でも、それはいつだって同じだ。


 司会が代表候補の紹介に入る。名前が呼ばれ、拍手が起こる。ざわつく空気の下に、スマホを握る手の多さが見えた。みんな待っている。議論より前に、順位を。答えより前に、勝敗を。

 その瞬間、会場後方のスクリーンに、比較サイトの予告画面が割り込んだ。

 悲鳴に近いざわめきが広がる。

 司会が止まり、教師が駆け寄る。

 だが、その画面は数秒で切り替わった。

 映ったのは、匿名アカウントの内部ログだった。

 個人名は黒塗りされている。

 代わりに並んでいるのは、選ばれた投稿文、煽りに使われた定型句、拡散が最大化する時刻、反応の強い単語、炎上後の追撃テンプレート。

『不安を煽るなら比較語を使う』『価値判断は読者にやらせる』『名指しは最小、連想は最大』

 息を呑む気配が、波のように広がった。


 真白は壇上へ出る。

 予定外の動きに、教師が止めようとしたが、悠真がその前に一言だけ何かを伝えた。教師は迷い、結局、マイクを離した。

 真白は中央に立つ。

 まぶしい。

 客席の向こう側はよく見えない。それでも、そこに何百人もの視線があることだけは、はっきり分かった。

「いま映っているのは、ここ数週間、いくつもの学校で広がった比較サイトの一部です」

 自分の声が、会場の天井に反射して返ってくる。

「個人名は出しません」


 ざわめきが強まる。

 きっと、期待を外したのだろう。

 誰がやったのか。誰が落ちるのか。そこを聞きたくて、みんな見ている。

 真白はそれを知りながら、続けた。

「出さないのは、許すからじゃない。そこだけ出して終わったことにしたら、たぶんまた同じものができるからです」


 会場が少し静かになる。

「この仕組みは、一人だけでできていたわけじゃない」

 スクリーンが切り替わる。

『面白いから拡散』『自分より下が見たい』『この人は安全に叩ける』

 伏せられた引用文が、いくつも並ぶ。

「だれか一人が悪かった、で終わる話じゃない。見た人がいた。信じた人がいた。比べた人がいた。安心するために、だれかを下に置いた人がいた」

 マイクを持つ手が熱くなる。

「わたしも、その外じゃありません」


 体育館の空気が揺れた。

「わたしは、言葉で人を動かせるって思ってました。整えて、通る形にして、うまく置けば、場は変わるって。たぶんそれ自体は、間違いじゃない」

 九条の顔が、袖の暗がりに見えた。昨夜、言葉を失ったまま立ち尽くしていた顔と同じはずなのに、今日はその沈黙をきれいに隠しきれていない。

「でも、それで勝てることと、それで伝わることは、同じじゃなかった」

 喉の奥が震える。

 怖い。でも、逃げたくなかった。


「きょう、わたしは誰か一人を悪者にして、この場をきれいに終わらせることもできました」

 客席の一部がどよめく。

「でも、それをしたら、たぶんみんな安心する。自分は違うって思える。悪かったのはあの人だって言って、明日にはまた、別の比較が始まる」

 言いながら、自分でも分かる。

 これは綺麗な言葉じゃない。耳触りのいい正義でもない。聞いている側を気持ちよくさせる演説ではない。

 それでも、いまはこれしかない。

「だから、名前じゃなくて、仕組みを見てください」

 真白ははっきりと言った。

「だれかを値札みたいに並べて、安心したかったのは、ほんとうに作った一人だけですか」


 完全な静寂が落ちる。

 その沈黙の中で、真白は最後の一歩を踏み込んだ。

「だったら、わたしが言葉で変える」

 自分の声が、少しだけ強くなる。

「勝つためじゃない。だれかを上手に追い込むためでもない。ここで終わらせるために。ちゃんと、伝えるために」

 次の瞬間、会場後方で一人の生徒が立ち上がった。

「そんなの、きれいごとだろ!」

 声が響く。

「名前出さなきゃ意味ない! やったやつだけが逃げる!」

 想定していた反応だった。

 真白が返すより早く、別の場所から声が飛ぶ。

「でも、おまえ昨日、そのアカウント回してるやつ知ってるって言ってただろ」

「は?」

「スクショ見せてたじゃん」

 ざわめきが一気に広がる。

 責任の矢印が、ひとりに向く。その危うさを感じた瞬間、九条が裏回線から投稿を差し込んだ。

 スクリーンに新しい一文が出る。

『犯人探しは第二の燃料になる』

 同時に、悠真が照明卓の担当へ指示を飛ばし、客席への明かりが少し上がる。

 隠れていた顔が、互いに見える。

 匿名の熱が、ほんの少しだけ冷える。


 真白はその隙を逃さなかった。

「今、そうやって次の一人を選ぼうとしたでしょ」

 先ほど声を上げた生徒が、息を詰める。

「それが、この仕組みです」

 会場のあちこちで、視線が落ちた。

「だれか一人を置けば、自分は安全だって思える。だから終わらない。だから、ここで止める」

 教師たちももう口を挟めなかった。

 止めるべき混乱なのに、同時に、止めてはいけない瞬間だと分かってしまったのだろう。

 真白は深く息を吸う。

「比較サイトの管理記録と、複数校での運用ログは、教師側と生徒会連名で保存します。個別の加害行為が確認できるものには、それぞれ責任を取ってもらう。けど、見せしめにはしない」


 客席が揺れる。

「軽くするためじゃない。終わらせるためです」

 最後の言葉を置いたとき、真白はようやく、自分の足が震えていることに気づいた。

 それでも倒れなかった。

 袖に戻ると、最初に見えたのは悠真だった。

 彼は何も言わず、ただ一度だけ、強くうなずいた。


 九条は少し遅れて近づいてくる。

 歩幅は整っている。けれど真白は覚えていた。昨夜、背を向ける直前にだけ、彼の一歩がわずかに乱れたことを。いま目の前にいる九条は、その乱れをもう回収したように見えて、視線の置き方だけが戻りきっていない。

「……予想よりは、ましでした」

 開口が半拍遅い。いつもなら先に結論だけを置くのに、今日はその前に、ほんの短い沈黙が挟まった。

「なにその感想」

 真白が睨むと、九条は肩をすくめた。

「あなたの方法にしては、よく刺さったと言っているんです」

「素直じゃない」

「ええ」

 短く認めてからも、九条はすぐに次を続けなかった。言い慣れた分析の形へ戻るまでに、わずかな時間がいる。そのこと自体が、昨夜の残り火みたいに思えた。


「ただ、ひとつ言っておきます」

 真白は目を向けた。

「昨日の彼の言葉は、美しくなかった」

 そこまで言って、九条は一度だけ言葉を切った。珍しく、選び直している。

 九条の視線が、悠真へ移る。

「ですが、だからこそ残った。切り分けられないまま、こちらに残り続ける。あれは技術ではなかった。にもかかわらず、あなたを止めた」

 悠真は顔をしかめる。

「分析しなくていいよ」

「分析しないと理解できないので」

「面倒くさいな」

「よく言われます」

 淡々と返して、九条は真白を見た。声色は平らなのに、その平らさを保つためにいつもより少しだけ力が要るように聞こえた。

「あなたが今日選んだのは、効率の悪い方法です。傷が消えるわけでもない。再発もし得る」

「知ってる」

「それでも?」

 真白は短く息を吸った。

「それでも、同じ場所には立たない」

 九条の瞳に、わずかに影が落ちる。

 それは否定された怒りだけではなかった。昨夜、自分の外から飛んできた言葉を、まだ処理しきれていない人の影だった。けれど同時に、そこには消えない興味もある。

 だからこそ、その次の声は妙に静かだった。

「では、また」

 彼は言う。

「もっと大きな場で、答え合わせをしましょう」

 その言い方が、ひどく九条らしくて、真白は苦く笑った。

「望むところ」

 九条は背を向ける。

 去っていく姿は静かなのに、残す気配だけが強かった。昨夜に刺さったものを抱えたまま、それでも前へ進む人の背中だった。

 その背中は、もうこの学校の外にある次の舞台を見ているようでもあった。

 

 帰り道、夕空は思ったより明るかった。

 校門を出てしばらく、真白と悠真は並んで歩いた。どちらもすぐには口を開かない。疲れきっているのに、妙に意識だけが冴えていた。

「終わった、でいいのかな」

 真白が先に言う。

「一回は」

 悠真が答える。

「構造は崩れた。少なくとも、前と同じ形ではしばらく動けない」

「しばらく、ね」

「うん。だからたぶん、また考えることになる」

 真白は空を見上げた。

 薄い雲が流れている。

「ねえ、悠真」

「なに」

「昨日の、あれ」

「どれ」

「分かってるでしょ」

 真白が睨むと、悠真は小さく笑った。

「……叫んだやつ?」

「そう」

「あんまり思い出させないでほしいな」

「無理」

 即答すると、悠真は観念したように肩を落とした。

「かっこ悪かったし」

「うん」

「全然うれしくない返事だな」


「でも、必要だった」

 真白は前を向いたまま言う。

「わたし、たぶんずっと、言葉を上手く使うことばっかり考えてた」

「それは真白の強さでしょ」

「強さだけど、逃げ道にもなる」

 自分で言って、すこし痛い。

「上手く言えた、で終われちゃうから。伝わったかどうかじゃなくて」

 悠真はしばらく黙っていた。

「気持ちは、そのままだと届かない」

 やがて、彼が言う。

「でも、言葉にした瞬間、少し形が変わる」

「うん」

「だから、どっちも要るんだと思う」

 真白は歩幅をゆるめた。

「気持ちだけでもだめ。言葉だけでもだめ」

「そうだね」

「……難しい」

「難しいよ」

 あっさり肯定されて、真白は少し笑った。

「でも」

 校舎の窓が、夕日を受けて光る。

 真白はその色を見ながら、ゆっくりと言った。

「それでも、言葉を使うしかない」

 悠真が隣で足を止める。

 真白は続けた。

「伝えたいなら。守りたいなら。変えたいなら。たぶん、何度間違えても、言葉を使うしかない」

 悠真は真白を見た。

 それは、いつもの心配そうな目だった。少しだけ安心したような、でもまだ油断していない目。

「じゃあ、次は」

 彼が言う。

「ちゃんと、選ぼう」

「うん」

「きれいにするためじゃなくて」

「届かせるために」

 二人の言葉が、ほとんど同時に重なる。

 真白は、ふっと息を吐いた。


 遠くで、部活帰りの笑い声がする。今日も学校は終わっていく。何もかもがきれいに片づいたわけじゃない。傷ついた人はいるし、九条は去っただけで消えたわけじゃない。同じ学校にいながら、もう次の場の導線を考えている顔だった。もっと大きな場で、もっと厄介な相手と、また向き合うことになる。

 それでも。

 真白は前を向く。

「だったら、わたしが言葉で変える」

 今度は、独り言のように静かに。

「今度はちゃんと、伝えるために」

 悠真は何も言わなかった。

 ただ、その隣を歩いた。


 それだけで十分だと、今日は思えた。

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