黄昏時の雑貨商
旧市街の中心部、豪奢かつ壮麗な白亜の巨城は、マッシリアを睥睨する威圧的な外見に反して内装は趣味のよい楚々としたものであった。
随分長く使いこまれたであろう家具や調度品が、また独特のアンティーク的な味わいを醸し出していてたまらない。
ああ、この椅子の脚の曲線などずっと眺めたり延々と舐めていたいぐらいだ。
それにしてもなぜこのような甘美な空間に、むさくるしい長髪の男と一緒に過ごさねばならないというのか?
それにこの冷めたたんぽぽコーヒーの、雑味あふれる味わいはもはや苦汁と言っても過言ではない。
曲がりなりにも騎士様相手に出す代物ではないのである。
代用食品は開拓途上のこの世界ではごくありふれたものであり、錬金術師達が日々改良と開発に勤しんでいる為、意外と質はそこまで悪いものではないはずである。
物資の滞りがちな辺境では、世間では爪弾き者の錬金術師や薬師たちなどの社会的地位は高い。
嗜好品となどという甘えたものが存在しない大ブリテンの如き食の砂漠に、恵みを齎す戦場の神であるから当然と言えば当然である。
特に我がルシノーでも、十数年かそこら前に柑橘からの精油の抽出とそれに伴う蒸留器の量産化による商業化で成功した錬金術師がいたな。
たしか町が始まって以来はじめての【職業:錬金術師】と従士位を手に入れていたはずだ。
あいつは元は本国の農家の三男坊だったか?親に反発して旅に出たと聞く。
聖都で錬金術と冶金術を学んで【職業:学生】をやっていて、学費が尽きて追い出されたと言ってたな。
それでシステム的に無職となるというのは衝撃でしかない。本当に焦った。
辺境まで流れてきた時は、狭い町であるが故に【職業:無職】への風当たりも強かった。
古くからの住民は大体が中の人がいる連中だから、結構ニートに理解があったのとは対照的である。
無論俺もかわいがってたし、馬の乗り方を教えていっちょまえの騎兵に仕立て上げたのは自慢だったりする。
それが何を思ったか、兵士になるものだと思っていたら衛兵隊の給金を貯めて自前の工房を建てやがったからな…
いや、【職業:無職】だから市民ではないし土地も買えないと思ってたが、まさか普通に市民である衛兵隊長から借りるというのは思いもよらなかった訳だ。
それからあれよあれよという間に色々怪しいものを作り出して、いつの間にやら酒造ギルドの役付に収まって従士さまという来たもんだ。
その割には偉ぶらないで、よく店にも顔を出して物々交換したもんだ。
まあ俺の方が偉いから当然だな。
今度錬金術でも教えてもらうかね?偉大なる先輩にして、親愛なる大先輩である俺の頼みなら聞かざるを得まい。
いや、アンヌを弟子入りさせて錬金術師にするのもいいか。
弩はそれなりに仕込んで、従士としてどこでもそれなりにやっていけるレベルではある。
しかしいたいけな少女なんぞを戦争と略奪だけで終わらせてもつまらん。
それに商売はモヒカンの代名詞である【職業:傭兵】への強制転職を回避するために俺がメインでやらねばならないしな。
自称冒険者かっこわらいのニュービーどもと一緒にはされたくないのだ。
連中の特に意味もなく酒場に行って騒いで衛兵の詰所に連行までがチュートリアルなのはありえんと思う。
脱サラしたら即無職かアレだからなー。
本当にこのシステムの職業認定は恐ろしいものだ。
そういえば聞いた話ではあるが、西方領の北の方の騎士がいい感じに徴発を繰り返していたら【職業:従士】から【職業:傭兵】にいつの間にかランクダウンしていたという噂もある。
いまだ【職業:山賊】への転職条件は不明であるが、本国南方の領主が無茶な近隣への徴発を繰り返した結果【職業:海賊】へ夢のキャリアアップを果たし無事所領が滅亡したので存在自体はするのではないかとプレイヤーの間では言われている。
ああ、でも働きたくねえなー。…特にこいつとは。
ふと横を見るとずいぶん失礼そうな顔をした長髪がこっちを見ている。
-----なんだ貴様失礼な顔しやがって。
「うわこの童貞野郎思ったことそのまま話してるだろ貴様」
-----それで貴様の存在の失礼を承知で聞くが、この依頼を受けるか?
嫁の尻に敷かれている長髪がふと真顔になる。昔の顔に戻ったな。
そうだ、厩舎でナンパしてきたお馬さんをみんなで分け合うときの顔だ。
「触手大明神への供物を頂きにいく隊商の護衛なんてな、いつもなら随分割のいい上名誉も稼げる素敵な依頼だわなぁ…。
けどよぅ明らかに昨今の状況じゃあ死霊王の領域に突っ込んで、書記長がこっそり溜め込んだ【例の白い粉】を徴発のふりしてかっぱらて来るってな話だろう?どう考えてもギロチン不可避じゃねえか。」
-----白い粉っていうな!まるで怪しいアレじゃねえか!それで実際どれだけの戦力が集まるんだ?
くつくつとこいつは笑っているが、実は今回持ち込んだ荷物に素敵な白い粉が混じっているので内心冷や汗ものである。
なんとなれば高級品である白砂糖の関税はやたら高いのである。
「正直ルシノーはベストコリア過ぎてそういうミームの宝庫だからなー。ああ、それなんだが嫁の話だと最低でも騎士30の大所帯になるようだ。」
となると従士も合わせれば兵は100を超えるか。
-----意外と集まったもんだな。流石嫁だな!マジで嫁さん最高だわ結婚してほしいぜ。
「…もう少し俺をほめてくれてもいいんじゃないか?あと貴様にだけはマリーは渡さん。」
嫁をほめられてまんざらではないあたり、マリーさんにぞっこんなのだな。
あの人ふつーに愛嬌のある顔だし金髪巨乳だから羨ましい。
アンヌもいつか巨乳になる日がくるのだろうか?
-----まあ騎士がそれだけ集まるということなら、俺は今回の件受けてみてもいいかも知れんと思う。
騎士が30騎ともなれば、そこらの領主の警邏隊程度なら蹴散らせるだろう。
まあそれでもペリエールの市壁を破ると聞いた時は死を覚悟したが、内部からならやりたい放題出来るだろう。ついでに市の参議会員を拉致したり色々するのも余裕に違いない。
非正規とか派遣の従士の略奪に混ざっておけば気にも留められないはずだ。
それにおつかいだけなのに報酬が俺の年収より高い。これだけの金があればアンヌに三段アイスを毎日買ってやることだって出来るのだ。
日が暮れる前にこの愛妻家の説得を俺は目指すことにした。




