東経五度の雑貨商
がたんごとんと荷馬車が揺れる。
頭上に広がるのは、わたあめのような雲と太陽だ。
やんごとない連中が乗るような馬車には、原始的ながらもサスペンションがついているのをセルティアのような田舎でも見ることが出来る。
だが残念ながら我が愛車にはそのような甘えたものは存在しない。
つまるところ尻と腰がもう限界なのである。
くたばれブルジョアジー!
延々と続く敷石の灰白色と牧歌的な風景。緑の丘とオリーブの並木、抜けるような青い空が目にまぶしい。
だが何日も見ているといい加減飽きるのである。
ペリエールの馴染みの新帝国系の商館で、パン屋の倅と女騎士を預けてきて早数日、俺は一路マッシリアに向かっていた。
駆け落ちした良家の娘と町人という体で数日旅をしていたが、吊り橋効果か何か知らんがそういうことになったので遠くに行ってもらうことにした。
実にうらやましい限りだ。絶対に許せぬ。いい小遣い稼ぎにはなった。
やはり潜入任務ということで多人数で行くと目立つからな。しかも明らかに訳ありなのはどうしようもない。
「つまるところ私と二人っきりになりたかったのですね?だんな様」
この積荷の塩の中に漬込んでおけば少しはしおらしくなるだろうか?
----もうすこし肉付きをよくしてから出直して来い。具体的には胸のあたりを。話はそれからだ。
紅のさした頬をぷいっとやって精油の樽の後ろに引っ込んでしまった。
後で甘いものでも買ってご機嫌をとってやらねば夜まで拗ねたままだろうな。
やはり子供の扱いにはまだまだ慣れない。
ぽっくぽっくと素知らぬ顔で馬は駆ける。
街道ではわりと飛ばしていいことになってるので行軍は早い。
基本的にこの世界の生物は地球の動物によく似た何かなので、文字通り馬車馬の如く働かせても余裕である。
ただその分秣をケチると大変なことになるが。
行商人時代によく組んでいた薬商人が、秣をケチって宿場の厩を利用しなかったばかりに、俺の目の前で頭から丸呑みされたのはいい思い出である。
まあ復活したおかげであいつもプレイヤーだと判明したのだが。
そういえばまだマッシリアでなんか商売しているんだったか。
顔見るついでに冷やかしにいってやるか。
揺れが急に収まってきた。ようやく舗装がマシになってきたようだな。
街道の整備は近隣の都市の管轄なので金のあるなしでずいぶん差が出てくるのだ。
ふと視線を遠くに向けると巨大な建造物が目を引く。
おお、名物の大神殿の灯台だ。おおよそ100メートルを超えるぐらいだろうか?
これを人力で建てたと思うと何度見ても軽い感動を得てしまう。
それにしても日が高くなる前に着いてよかった。この時期はタコ狙いが多いからちょっとでも油断すると宿屋が取れなくなってしまうからな。
マッシリアという街は名称問題で紛糾している通称ローヌ川の河口から数時間の港町である。
丘の上から広がる石造りの建物が多い旧市街と、海沿いに雑然と広がる木造建築の新市街と二つに分かれた街で、曾ての西方軍が作り上げた我がルシノーとは比べるべくもない大都市だ。
この地に築かれた当初は、北方の聖都サンフランシスコに匹敵する旧帝国建築が広がるそれは見事なものだったそうだ。
しかし何がきっかけとなったかは定かではないという話だが、マッシリアに巨大なタコの大祖霊が襲来するようになってからはその名声も失われた。
どう考えても名産品のタコの食いすぎなのだろうが。
毎年夏になると新月の次の朝に上陸して、住居や店舗を壊したり住人を触手で色々やっていく素敵な生き物らしい。
しかもこの触手は一度討伐しても次の年には復活するので困り者だ。
そのせいで海沿いのエリアはどうせすぐ壊れるからと建て替えやすい木造になっている。
どうみても貧民窟とかスラムにしか見えないのは御愛嬌だったりする。
そして毎年新しいテーマで街づくりが行われているので、結構観光地として地味にここも人気がある。
たしか去年のテーマはエウロペー江戸村だった気がするんだが、残念ながら半壊していて物悲しい。
アンヌと一緒にわりと楽しみにしていたのに…。
またこれらも毎年いい感じに壊れるので、セルティア中の材木商にとっては夏は稼ぎ時らしい。
おおっと、ぼおっとしているうちに着いてしまった。
古くなった木材で適当に作った門と… ロープを張っただけの市壁?か。
ただの縄張りだな。相変わらずみすぼらしい検問だ。
しかし衛兵の格好とそこらにある三色旗ばかりが妙に小奇麗で浮いているな。
----おはよう同志!滞在の許可と関税の徴収をお願いしたい!
「おはよう客人!その訛はあんた善良王のとこから来たのかい?」
え?もしかして既にソ連訛は都会では廃れたのか?荷物を置いたら早急に参事会に連絡せねば。緊急事態だ。
----ええ、よくお分かりで?その観察眼は俺も商人として肖りたいね。
「ここのところ塩なんか担いでマッシリアに来てくれるのは南の連中しかいないからね。まあ、ありがたいことだよ。」
----そいつはこいつが高く売れそうでうれしい話だ。たしか積荷の一割でよかったかい?
俺は出来る商人なので関税用に塩を一袋別に分けているのだ。
「ああ、それで大丈夫だ。積荷は塩と精油と奴隷かい?」
こらこらアンヌよ、売り払いやしないから出てきなさい。
----塩と精油だけだ。この貧相なのもウチの看板娘だからね。納めるのはやっぱり塩だけの方がいいかい?
「おお悪かったな。別嬪さんなもんで勘違いしちまったよ。塩でもらった方がありがたいね。これから大量に使うから多いに越したことはないよ。」
----ではこれで頼む。
そのまま塩の一袋を渡すと特に検査もなく通り過ぎることが出来た。
ついでに銀貨を握らせるのも忘れてはならない。何が問題となるかわからんしな。
----おうアンヌ、ぺっぴんさんだとよ!
手綱から手を放し、隠れているつもりの娘の金髪をわしゃわしゃと撫でる。
…いつもなら嫌がって逃げるのにな。
それにしても、この街の警備は相変わらずざるである。なんだかなあという気持ちにもなってしまう。
まあそれだけ瓦礫の山に盗むものがないのと、富が旧市街に集中しているというのもあるのだろう。
それはそうと今回は新市街が消滅して、宿屋がどう贔屓目に見てもなさそうだから嫌がらせに行くか。
手土産にブルティガラの葡萄酒があるから邪険にも出来まい。ククク…
あのみすぼらしいトランプのジャックめ、金髪エルフ美少女を連れて行ったらどんな顔をするか見ものだな。




