真夏の夜の雑貨商
夜の帳を女の悲鳴が切り裂いた。それも一つや二つではない。
鎧戸を男たちが打ち破る音が夜の街に響く。
やがて響く怒号と獣の嘶きに交じって、すすり泣きが聞こえるようになってきた。
----全く、手を出すなら猿轡でも噛ませてからやれ。
目についた大店の戸を足蹴にして破りながら、俺は常ならず苛立っていた。
大方目についたのを片っ端から犯しているのだろう。
別に俺たちの稼業なんてそんなもんだろうし、雇い主様もそんなお上品な仕事をしろなんて柄じゃない。
澄ました面を晒す金貨を、まだ空きのあるポケットに手を突っ込む。
流石に詰め込み過ぎたのか足が縺れた。思わず舌打ちしてしまう。
空が燃えている。今、この街は地獄だった。
-----とてもじゃないが、アンヌには見せられないな。
この街の名前はペリエールと言う。
ルシノーの北方、セルティア諸邦随一の大国が誇る第三の都である。
古くは帝国本土のノストゥルム海を挟んで対岸に位置するその都合のよい立地から、セルティア全域を数十年にわたる略奪で焦土と化したヴァレリーの奴隷貿易で財を成した悪徳の街だ。
男も女も子供も、家畜すらここの港から奴隷として本国へ送られていったと聞く。
セルティアの民の家族を取り戻さんという悲壮な覚悟が度に、城壁は高くなり、そしてその堀は深くなっていった。
日が暮れてからが今日の仕事の時間だった。
そう、簡単な仕事だ。
誰も寝てはならぬ。そうとも。心臓が元気に動いてる連中は、だ。
骨材に奴隷として拉致した蛮族を使っているという、あの男の離宮が唐突に轟音を上げ崩れた。
「まさか事実だったとはな。なかなか胸糞が悪いぜ。」
思わず振り返る。まさかこんな死地でぼうっとしてまうとは。
----下劣極まりない。あれが同じ人間のやる事とは思えんな。
思わずポケットに入れた金貨を握りしめた。
また一つ女の悲鳴と馬の嘶きが聞こえた。
大通りにふと目を向けると、破壊された城壁から沸いてきた首のない骸骨の群れが目の前をフラフラと通り過ぎた。
その一瞬目があった気がした。いや空洞だけど。彼らが手に持っていた首だけが後ろに回って会釈が返ってきた。
----すまん俺、オバケ苦手なんだ。帰っていいかな?
「ふむ。いいことを聞いたぜ。とりあえず手筈通り離宮に向かおう。」
俺は踵を返し、どこかの宿の厩舎で藁のベッドでお楽しみでも始めることを決意した。
だが現実は無情である。給料分は働こうという相方のマジレスにより、残念ながら俺はそのまま中心部へと足を踏み入れた。
離宮の門前に聳える豪壮たる市庁舎は炎上していた。大方、武器を与えられた奴隷たちが自らの戸籍を処分する手間を面倒がって雑に燃やしたのだろう。
そして広場にそびえる黄金に輝く巨大な王の像は既にロープで引き倒され、平らな部分で商店から略奪した肉や野菜、そしてマシュマロが焼かれている。
周りの倒れ伏した男達や、散々弄ばれた家畜たちの横を通り過ぎると、同業者たちが戦利品の山分けをしていた。
----なんだ女はないのか?
浅黒い屈強な男が、その禿頭をこちらに向けた。その足元には下半身が血まみれの少年が倒れている。
「新入りが一人やらかしてなぁ。見るも無残なもんだ。」
男は虫の息の少年を蹴り上げて仰向けにした。ズボンに大きな穴が空いている。しかしその奥にあるべきはずのものがない。なるほど、新人にありがちなことだ。
----やらかしたとなると、それなりにあんたらにも被害はあったんじゃないのか?
「いやぁ、この小僧がそこのかわいい仔馬ちゃんの余計な荷物をなんか見ててな。こりゃいかんと気づいたからこのマセガキの小指ちゃん以外は無事だよ。」
男は豪快に笑う。この男は訓練された変態だ。だからこそ地獄で生きられる。
冷静に考えて、NPCの女子供を襲おうと行動を起こした瞬間に股間がマッハ3で射出されるのはおかしい。
だからこそ先人たちは運営の盲点であった動物を襲い始めた訳だが。
「適当にそのボウズを闇の森に放り込んでおけばいいんじゃね?次の日には大神殿からヘラス趣味になって出てくるだろ。」
----あれはない。流石にやめてやれ。あのなぁ、前に隊で一緒だったゴドフロワがいただろう?
下品な長髪が、確かあの金髪幼女追いかけて週一で磔にされてた奴だろとうなづく。
----二十年くらい前に獣人の発生の噂を聞いて闇の森の調査隊に参加して、次の月にはヘラスの神聖軍の予備役になったとニュースになってたアレだ。
当時は東方がまだまだプレイヤーの攻略が及んでおらず、現地の情報はほとんど西方には届いていなかったゆえに多大な衝撃だった。
「ああ、思い出したわ。今から考えてもアレは異常だった。でもいいなぁ、俺も行きてぇなぁ…」
…どっちにだ?
----お前には美人のカミさんがいるだろ。死ね。それに闇の森の調査団の男は、大神殿から出た日にはほぼ全員ケモミミ好きの女性不信になってるから若者の未来を奪うのはいかんだろ。
あの年齢から特殊な性癖に目覚めるのは不味いと思う。このゲームの影響で、家畜と行為におよんで直腸破裂というニュースが現実でも増えているのは公然の秘密である。
「やはりストライクゾーンが広ければ、その分人生の幅も広がると思わんかね兄弟?…ん?上だ!!」
ろくでもないハゲが叫ぶと同時、市庁舎の窓を突き破って影が飛び出した。
それは見事な奇襲だった。広場で市庁舎を背に焼肉パーティ中の傭兵隊は、その大半がこの刹那に躯を晒した。
ある者たちは脳天から唐竹割にされ、また十人近くは刎ねられた首が誰も食べなかったので炭と化したピーマンの横に転がり煙を出しながら焼かれた。
俺は反射的に突き出した剣が、飛び降りてきた武者の喉笛を突き破ったのを感じた。
「無事か兄弟!」
我が友も初撃を軽く凌いだようで、足元には黒づくめの衣装の娘が転がっている。
足元の少年を盾にしたり飛び道具にして、禿頭の男も生き残ったようだ。早くも二人仕留めるとは手練れだな。あ、流石に高レベルのプレイヤー相手に二発は持たなかったか。少年はリサイクルを終え天に召された。
----まずいぞ!向こうさんの方が数が多い!本隊はどこだ?!
お寒い事に、広場の味方は今の奇襲で大半が討ち取られた。だが幸い生き残った連中は手練れ揃いなのは確実だ。
我が友の返事を待つ間もなく、眉間を狙った槍の一撃を紙一重でよける。見事な一撃だ。だが一太刀。
逆袈裟に肉を切り裂く。所詮は数打であり、骨は断つというより砕くというべきか。古参に入りつつある身ゆえに人外の膂力を得て久しい。
「第二の連中なんざぁ、どうせお上品に金で買った女に腰振ってるお嬢様方だろうよぉ。そんなオカマ野郎どもなんざ俺たちだけで十分だ兄弟!」
俺が手練れの槍使いを相手していた間に、既にあやつは二人も片づけていた。見事なものだ。
----そんなカマ野郎に掘られた連中の事も考えてやれ。そこの隊長が気まずいだろうよ。
だが男は特に気にする素振りなくニヤリと笑った。
「死んだ連中なんざ結局そこまでだっただけの話だ。そんなんではエトナの巨龍なんざに手をだそうなんてのは夢のまた夢よ。」
…本物の勇者だ。
そう言い終わるかわからないうちに俺たちの後ろから迫っていた僧兵の頭蓋をかち割った。足元でまだ生きていた敵兵の体でだ。今死体になったが。
恐らく初期組だろう。その筋力は単純にちょっとした若竜のそれに近い。まあ流石に首を刎ねればちゃんと死ぬのが唯一の救いだ。
「勇者とかそういう以前に、さすがに俺も爬虫類には手を出す勇気はないわ。」
こちらに鉄板を飛び越え、合流しようとしていたエルフの斥候がやられた。肉の焼ける悪臭と蒸気が押し寄せる。
「いやでも考えて見ろよ。高飛車系の巨乳な竜人とか結構アリとは思わんか?」
ハルバードで黄金の像ごと騎士を真っ二つにした男は言う。なるほど、一理ある。
----しかしその存在こそがまあ特殊な連中の実在を証明してしまう訳だ。
ほんの十を数えるか数えないかという間に、すでに広場に立っているのは俺たち三人とかわいいポニーだけになっていた。
ポニーというのはもしかしてロリババアではないかという、極めて哲学的な問いを俺たちは議論しながら正面玄関から市庁舎にお邪魔することにした。
「上からの奇襲でけっこうやられた訳だが、先遣隊は全滅したのかねぇ?」
長髪は縁起でもないことを言い始めた。
たしかにあれだけの戦力を投入できるのなら、逐次投入なんぞせずに最初から出しておけばここまで迅速に事は運ばなかったに違いない。
「案外戦略予備を投入した、やぶれかぶれの攻撃の可能性もあるぞ。まあ、それにしては手練れ揃いだったのが気になるが。」
なにやらどうにも気になってしまう限りである。さきほどから守備隊を蹴散らしているが、どうにも抵抗が弱すぎる。
だがその疑問は、市庁舎の最上階に辿り着いた時氷解することになった。
ふと怖気を感じた俺は兄弟の腕をつかんで飛びのいた。
ほんの一瞬の出来事であった。禿頭の男は壁にぶちまけられた。ゴトリと斧の落ちる男が聞こえた。
とてもではないが想像もつかなかった・
元来死霊王にとって、この都市と宮殿を守るのはほんの一人でよかったのである。
----馬鹿な。ありえない。
そこにはかつて西方領を解放した大英雄がいた。
かつて高度な文明を誇り、その爛熟ゆえに野蛮な人類種族にセルティア追われた豚鬼族。
大天蓋山脈を越え、蓄積された戦略と戦術でまたたくまに帝国を滅亡寸前まで追い込んだ彼らを滅ぼした男。
帝国が栄華を極めた時代において、百年にわたり帝国に立ち向かい続けたエトナの軍神の孫。
大火龍の寵愛を受けしドワーフの勇者。
今や比類する者無き山の下の唯一の王。
万の勇者たちの父、聖フランシス・ノートンがそこにはいた。
あの正気のまま狂気に堕ちた死霊王は、その邪法が為に遺骨をその墳墓から略奪したのだろう。
その眼窩には青い焔が爛々と輝いていた。悍ましき偏愛と化した友誼が生み出した不死の戦士として、彼の王は再び地上に帰還したのだった。




