秘密基地の雑貨商
薄暗い地下だというのに天蓋には青空が覗く、極めて精巧なフレスコ画が壁面の無数の原始的な照明によってうまく照らし出されている。大凡この大広間を設計したのは帝国の貴族崩れか何かだろう。
俺も屋敷を建てるほどの金持ちになったら、地下にこういう巨大空間を作って豊満な金髪の女中をはべらせたいものだと思う。
木綿の小奇麗なチュニカの男たちが、可哀そうなことに上の商館から応援に呼ばれたのであろうが、中央のステージの後片付けに追われていた。
周辺諸国の貴賓や大商人、あるいは都市の有力者向けに興業を行ったり、あるいはアルビジョア商業同盟のレクリエーションを行うための円形劇場である。すると必然、巨大なものとなる。なるほど西方領の南半分近くを支配するギルドであるからして、それなりの見栄というのもある。だが実際のところはほとんど身内での競売にしか使われていないのが悲しいところであり、初代の商人頭が建設費の流用により失脚してシベリア送りになった理由でもある。
そして結論から言うと、少女趣味の男たちの夢は無事に散ることになった。
俺たちが飲み始めた頃には、実は既に奴隷の競売会は終わっていたのである。
死闘を繰り広げた挙句、奇妙な友情を得たのか屈強なモヒカン達はヘラスの奴隷戦士たちに慰められているが、いい加減に我が友ヘクターを助け出さねばならぬ。いやほんと。
-----騙されるな兄弟!そいつはホモだ!
ぼんやりとした顔でヘクターはこちらに顔を向けた。俺が何を言っているのかわかっていない様子だ。
「何言ってんだ兄弟?」
「なんだ男がいたのか、悪かったな。」
精悍な顔立ちの禿頭の男は、その浅黒い顔を歪ませながらヘクターの尻を撫でると、そのまま仲間のいる檻の方へ歩いて行った。
愕然とした表情を見るとようやくこの男は正気に戻ったようだ。
-----ティーヴァの、あの神聖軍団の噂ぐらいは聞いたことはあるだろう?
「まあ噂ぐらいだったらな。話してみると普通にいいやつらだし、毎日嫁にドヤされてる俺なんかの話を親身になって聞いてくれてなぁ… やっぱ生きていくなら男だけの方が楽なんだよ。」
やはり、とでも言うべきか。現実においては戦場も軍も死の恐怖によるストレスが支配的だが、この世界では違う。軍団というのは父権制に支配された秩序と、疲弊した戦士を迎え入れるホモソーシャルな聖域である。
現実でも家庭でも、女という存在と世間に疲れ切った男にとっての最後の拠り所であると同時に、最初期においてチュートリアルでその環境で過ごしたプレイヤーにとってはある種のノスタルジーを感じさせる存在なのだ。
ゆえに軍団や騎士団、衛兵隊といった男所帯は脱サラしたプレイヤーの転職先として人気が高い。そして東方の戦士団も、オリエントな魅力とその実態があまり知られていない事実によって、この西方ではある種の人気を誇っている。
-----東方最強の戦士団、神聖軍団は史実通りの編成だ。
「マジかよ。二人組作ってとか言われたら、普通にスペインの風車に騎馬突撃しちまうところだったぜ。」
頭を抱えてヘクターは蹲る。その肩に俺は正面から両手をかけると
-----そうか、だがお前には俺がいるだろう!
無言で殴られた。腰の入った一撃だ。
ヘラスの奴隷戦士たちがはやし立てる。振られちまったなとか、そんな筋肉ダルマの代わりに俺なんてどうだと陽気な連中だ。
うるせー!と振った方の色男が檻の方へ叫んでいる。
-----もうお前あいつら買っちまえばいいんじゃねえの?
「両手に薔薇の花とかぶち殺すぞこのペド野郎。」
我が黄金の左が友の頬を打ち抜く、そしてついでに神の子のオススメにしたがって右もだ。
創世神話によると、かのセリヌンティウスとその刎頸の友もこうやって友情を育んだと聞く。
神意は吾にあり、である。ふむ、すっきりした。ついでにもう一発殴っておくか。
やっぱり金髪巨乳の嫁貰って気に入らないし脇腹に蹴りでも入れようかな、と思ったところで汚らしい長髪が横に転がりながらすくっと跳ね起きた。
-----蹴りづらいからもう少し手前に転がってくれ。
「てめぇ!俺は一発しか殴ってないのに何発も殴ってきやがって!」
-----何とも器の小さい男だな兄弟。そんなんだから釣り上げたセイレーンに「え?まだ?焦らさないでよ早くぅ!」とか言われんだよ。
「その気持ち悪い裏声はよせ!ていうかシナを作るな畜生めぇ!」
背後から野卑な歓声があがる。つかみは上々のようだ。
「言うに事欠いて人のもっとも触れられたくない過去の一つを…」
-----そりゃあ肉体の生成がマジでランダムだったしなぁ…マジで兄弟のは笑ったが。
わかりやすい右フックを軽くかわす。もう隆々とした長髪のおっさんの泣き顔など、とてもじゃないが醜くて見れたものではないと確信する。
適当にじゃれあっていると、瓦礫の山の奥から派手な具足を着たモヒカンの男がこちらに歩いてきた。
「今回の注文の品を少し試してみたが、思ったよりは使えるようだ。やはりクレムリンはいい仕事をしてくれるな同志マルセル!」
いつからアルビジョワ商業同盟は赤い国に名前を変えたのだろうか?
いや昔からPCの貴族やブルジョアが粛清されて財産没収はされていた気がするが。
-----しかしこれだけの奴隷戦士をどうやって集めたのですかね?東方はここ数十年の「男狩り」で人的資源が枯渇しているでしょうに。
かの東征以来、東方は長らく戦国時代であり、成人するとすぐに徴兵されると聞く。酒場で酒を飲みながらカード遊びをしていると、さわやかな笑顔と挨拶と共に両脇を抱えられ軍船デビューだという。…どこかで聞いたことがあるな。
まあたとえ徴兵から逃れられたとしても、潜伏しようと都市部を離れた先で男に飢えた獣人の群れにつかまって種馬にされるのがオチというどうしようもない運命が待ってはいるが。…羨ましい話だ。
「ティーヴァの特別職の国家公務員のみなさんだ。つい先日、偶然幼い少年に偶然手を出したらしく1か月間の奴隷堕ちだそうだ。ちなみに今は偶然セルティアに傷心旅行中だそうだ。」
…なんたる欺瞞!
------ああ、なるほど。ヴィオティアの奴隷戦士でしたか。そりゃあ金さえ出せばどうにかなりますか。
史実においてもペロポネソス半島は中東の文明世界に傭兵を送って外貨を獲得していたが、この世界においても同様である。不毛の地である東方の半島は、その圧倒的な生産力の無さから常に内乱状態が続いている。そして西方世界との交易がサービス開始とともに始まったのだが、戦国時代脳の彼らに輸出できるのは
奴隷だけであった。
東征の際に数多の戦場で彼ら戦士たちは活躍したが、高い給料とそれなりの寝床が提供される帝国に人口の流出が起こり、さらに半島に流れ込んだ膨大な資金と資源で内戦が激化した。その結果人的資源が失われ、強力な兵士を生産するために力ある戦士の男やプレイヤーが拉致され「牧場」に連れて行かれたのは有名な話である。
…一部全く関係なく趣味で男を拉致する都市国家もあるが。
アマゾン族染みた繁殖方法とも言える。いや繁殖ではないか。
「まあ休暇中の彼らと一緒に、我々も合同で隣町に慰安旅行に出かけようという次第だよ同志!」
慰安(意味深)か。そりゃあ俺たちと東方の戦士とじゃあ男女の趣味が違うしな。何事も市場で競合しないのはいい商売相手だ。
観光で次に向かう都市というのは、まあギルド長の根回し通りなのだろう。誰が図面を描いたかってのは恐ろしくて考えたくない話だ。アンヌがまた一人になってしまう。いや、普通にヘクターのおうちの子になっちまうな。「パパのチュニカと一緒に洗濯しないで!」ざまあ見やがれ。
はっ、今俺は何を…
-----次の周期でヘカトンケイルを戦士団で撃破。そしてその勲功で例のドロップを入手、そして潜伏されているマリウス教団の大司教猊下の指揮の下、革命って訳ですかね?
「いや、猊下には革命樹立後消えてもらう。」
最低だ。使うだけ使って切り捨てるつもりだ。…西方領の日常風景だな。
-----普通にテロとか起きますよ。連中の高位の司祭が使う死霊術とか、死霊王の系譜ですから規制しにくいじゃないですか。やはり市門の関税と検査だけでは防ぎきれませんって。
そりゃあ骨とかそれなりの大きさの死骸さえあれば、スケルトンとか生肉を召喚出来るんだからやりたい放題出来てしまう。うちの上司の魔術は地味だったからなぁ… 俺も巨大モンスターの召喚とかやってみたかった。
「こう、あれだ。実はな…大司教ではなく聖女の生まれ変わり的なのを名乗る聖処女がいい感じにオルレアンして、どっか消えさっていくそうだ。まるで聖人譚か何かだな。」
なんと。登山部としては行かざるを得ないな。
-----すみません同志。聖女の護衛に俺を回してはいただけませんか?なんでしたらヘクターもつけます!
長髪の男がなんじゃらほい?という顔でこっちに寄って来たので耳打ちする。
-----トゥールーズの『ピレネー山脈』だ。
ヘクターの目がカッと見開かれた。かつてセルティア南岸で俺たちを狙う野生のハーピーを、下からみんなでガン見して以来の本気の目である。
「ええ、私も敬虔な神の僕として…あ、すみません間違えました。ええ、魔法使いに前衛はですね、必要ですよね?それは多いに越したことはありませんかね?」
言っていることは適当極まりないが、その形相と迫力は鬼気迫るものがあった。
「同志マルセル、同志ヘクター。正直あの巨乳にそこまで戦力を割く必要はないだろう。」
ため息とともに上司は続けた。
「アレの猛威は先の内乱で見てきたのではないかね?」
そりゃあ近くでぶるんぶるんしてるのをずっと見ていたが。いやそれだけではない。ちゃんとうろちょろしながら戦っていたとも!そして助け船を出さねば!
-----なればこそ久々に轡を並べたいというものです。昨今の惰弱極まりないこの時代に、アレほどの暴威を前に指を咥えて見ているだけというのは、大乱を生き延びた一人の戦士として忸怩たるものがあります。
我らが戦士団の長は、ううむと唸ると「まあよかろう」と許しを出した。




