深夜の雑貨商
足元を覆う目が痛くなるほどの深紅の絨毯、富をひけらかす為か昼間と見まごうばかりの蝋燭の森。
趣味の悪い大理石の像と柱の林を越えた先に、このロッジの顔役が坐するカウンターがある。
西方の軍団兵の顔グラが、チュートリアル終了と同時に世紀末仕様に変わったというのは有名である。ここの太った顔役も同様に、困ったことがあれば何でも言いなさいだの、君たちは大事な労働力なんだと奴隷に言いそうなトランプのハートの人にも見える矛盾した見た目の生き物である。
「おや、これは同志マルセル。この資本主義の豚どもの騒ぎはどういうことですか?」
どうも変な熱に浮かされた連中は俺が来る前に地下ろ…客間へと顔役に挨拶だけして下りて行ったらしい。
うちの胸が貧しい小間使いを見て、金髪少女の女中に母性を求めた連中が童貞を拗らせにきたのだと告げると顔役はため息をついた。
俺がカウンターに少し多めに置いた積立金の銀貨を検分しながら、完全に興味を無くしたかのかはしゃぎすぎないようにと言い、顔に似合わぬきれいな白い手で地下牢入場に必要なトークンを束で差し出してきた。
-----これは?
俺が心底めんどくさそうに聞くと、彼女はあのガキどもは本当に挨拶だけで下に降りて行ったのだという。面倒な事になっているだろうから早く見ときてやっておくれとのことだ。
汚いものを隠す為か緋色の大きなカーテンをくぐり、この肌触りは遠くヘラスのティーヴァのものかをくぐると、地下へ続く薄暗い石造りの螺旋階段が客を咥えこもうと口を開いている。
ルシノーの商館で奴隷を買おうという奇特な人間は大体が中に人がいる連中であるし、そういう妙な趣味の人間を常連にしようと無駄に凝った雰囲気にしていった結果がこれかもしれん。
普通はマッシリアの奴隷などちょっと高い家具ぐらいの値段であるし、ちょっと気の利いた市民が持参金もちの小間使いが不作の年に買い込んでいくものだ。
とはいえそこまで安い買い物ではないので、それなりの店であることが消費者目線だと当然要求される。こんな薄暗い地下牢に続く階段に「どうぞ!健康で丈夫、見た目もばっちりな奴隷がそろってますよ!」などと笑顔で案内されても、まっとうな客であれば眉唾どころか普通は怪しさに逃げ帰るものだ。
だがやりっぱ奴隷ときたら地下牢に薄倖の美少女だろ!的な一部の大きな戦友たちの声に応えて、辺境系の商館がこういったニッチな分野で日々しのぎを削っている。
政治的ブラックさが某タレーラン外相のコーヒーよりも黒い、我が麗しのアルビジョア商業同盟。
教皇特使が「神は己のものを知り給う」と言葉を残したことで有名なパラダイス。最後のエデン。アダムとイブがなぜ幸福であったのかというアネクドートの本場だ。
基本的に地下牢につながれているのは大半が無実の政治犯である。まあ無実だからといって無罪になるとはこの魔境では限らない訳だが。
そして回廊の鉄格子を覗くといつもは政治的に敗北した俺の末路かもしれない連中とか、ガリア名産の女騎士とかと目があって気まずくなるのだ。しかしどうやら今日ばかりは違ったようだ。
その野獣の眼光は、明らかに俺を今にも食べてしまおうというケダモノのそれであった。浅黒い肌に艶やかな黒髪、粗末な麻布の僅かな布で体を覆っただけの男達は、俺を誘うかのように揃ってニヤリと口の端をゆがめた。
瞬間、背筋が凍る。頭から氷水を浴びせかけられたかのように、火照った身体が恐怖から冷え切った。
牢を望む地下の回廊を駆け下り、俺は剣戟の音が続く扉の奥へ進んだ。
威圧感だけを目的に使用されたであろう鋳鉄製の錆びついた扉が倒れている。普段はいやに尊大な態度で受付をしている警備の連中、帯剣した数人の兵がそこらに落ちているのを見ると、抜刀する前に蹴散らされたのであろう。まあいつかこうなるだろうとは思っていた。
狭い通路を抜けるとそこは巨大な地下空洞に再現されたコロッセオの広場で、派手な重装騎兵の群れがわらわらと蟻のようにたかる剣闘士達をなにかゴミのように吹き飛ばしているのが見えた。
騎兵という兵科は白兵戦において最強の兵科である。その機動力に目をつけ、投射兵器の運用によって地上に覇を唱えた遊牧民は多い。しかしその重騎士にとっての脅威であるはずの投射兵器をも弾く装甲と、その機動力を削ぐ重量をものとしないパワーを兼ね備えればどうなるか。
かつて東部方面軍をドナウ川の栄養に変えた東の帝国のカタクラフトや、北方開拓団が現在進行形で鹿の餌に変えられている共和国のフッサールを鑑みればそういうことである。
西方でも農耕馬を装甲し、大鎧に長槍でランスチャージを行う騎士方式が定番であるが、やっていることが変わらないことを見ると圧倒的運動エネルギーの算数はどこでも有効なのだ。
つまり結束して突撃する騎兵に対抗する手段は、この世界にはほとんどないのである。
貴賓席のあたりで怒声を浴びせかけているのは警備責任者であろうか。
見たことのない顔だが、残念ながら彼は今回大広間に狼藉者を通してしまった政治的責任から奴隷送りか、もしくは北方開拓団行きというシベリアだろう。
さすがに少女趣味という不治の病の頭の可哀そうな連中のせいで、中間管理職から北方で木を数える係の名誉ある係長に転職してもらうというのも哀れな話である。戦友どもが単にトークンを忘れたというだけの話にして、幕引きを図ることにしよう。恩も売れてあの男も得する素敵な商売である。
一山幾らの兵士たちのの屍の山が積み重なるのを、連中と同じ土気色の肌になって我を無くしている男に向かって、俺はなんとも優しい事に声をかけることにした。




