夕餉時の雑貨商
揺らぐ蝋燭の明かりがほのかにカウンターを照らしている。
よく磨かれたテーブル板は安いオークから切り出したものだろうか?
子どもの頃から童話に出てくる木の器に入ったあったかいシチューとパンを食べながら、とびっきり甘いぶどう酒を飲んでみるというのが夢だった。
何かの骨や臓物と屑野菜を一日中煮出した芳醇なブイヨンに、新鮮な甘いミルクをたっぷり加えた素朴な味わいに頬が綻んでしまう。
薄い板の天井から覗く星空にも心が穏やかにさせられる。
安い店ではある。
それは表通りの豪奢なインや、紳士どもの通う小奇麗なラウンジには劣るだろう。
だからと言ってこの店が劣るという訳では決してない。
布張りで綿の入った椅子などという甘えたものや、メニューにも上物のワインなど気取ったものは当然ないが、店の色々わかってる親爺の通好みなコンセプトがニッチな連中に受けているのである。
暑い真夏だというのに凍える程に寒い店内に焚かれる暖炉、大きな鍋の中に溶けた薫り高いチーズ。
山小屋のように雑然とした石組みの壁にかかった謎肉の燻製の数々。
目についたのを親爺に頼めば女将さんが焼いた熱々のふすまが明らかに多いパンと、それらを窯で焼いて一緒に目の前で切ってくれるのである。
毛むくじゃらの手と共に差し出された自家製の脂滴るベーコンやソーセージ、とろっとろのチーズがかかった粗い素朴なパン。
それらを流し込むための蜂蜜と香辛料を混ぜた安いぶどう酒を出されたら。もう何も考えずに食べるしかないのだ。
-----なあ兄弟、このメルヒェン具合はなかなかのものだろう?
「ああ、友よ…完璧だ!今回ばかりは俺の負けを認めざるを得ないなぁ。」
俺たちは会うたびに一つの賭けをしていた。
旅先で気の利いた店や史跡を見つけて、それを互いに自慢しあって勝ち負けを競うという馬鹿馬鹿しいものだ。
どう考えても勝負がつかなさそうだとよく言われるが、「わかってる」物を互いに見せつけようとするから意外と負けを認め合ってしまうものである。
わざわざ他にもVRゲームがある中、こんな陳腐な設定のゲームを選ぶぐらいだからこいつも相当な歴史やらファンタジーが好きな物好きなのだろう。まあ、俺も人の事は言えはしないがな。
「しかし人の事を言えた話じゃないが、ここ客層がちょっとアレじゃねぇか?」
薄暗い店内には鍛え上げられた肉体を曝す、もはや世紀末染みたモヒカン兜の群れが屯していた。
中欧風の可憐でメルヒェン極まりないかわいらしい空間でそれらは異彩を放っていた。
西方軍の精鋭ガリア騎兵のみなさんである。
とりあえず打ち上げでいい店はないかと連れてきたはいいが、えらく皆様気に入って頂けたようで確実に今月中にこの店には本来のお客様、普通の女子供は寄り付かなくなるだろうと確信した。
人相の悪い世紀末の住人が嬉々としてシチューや甘いぶどう酒、蜂蜜菓子を嬉々としてチャットで見せびらかしているのは精神衛生上よろしくない光景である。
ふと暖炉の方に目を向けると何処かで見たことがある老婦人が、アンヌや他のかわいらしい従者たちに焼き菓子を振る舞っていて和む。
-----やはり俺たちは場違いではないだろうか?
「同感だ。あと俺もあんな風にぷりちーなエルフ少女の従者が欲しいぜ…」
ヘクターがそう呟いて頭を抱えると、奥の方からこれまた悪人面のモヒ兜がのしのしと近づいてきた。
「話は聞かせてもらったぞ同志!」
…この流れは貴様ら全員シベリア送りなパターンだな。
「思い立った時が吉日だ!今から金髪エルフ少女を買いに行こうぞ!」
発言を聞いても中身を考えても最低な台詞だな…。
その声に少なくない人数が何かを決心したかのようにガタッと立ち上がる。マジかよ。
というかルシノーの連中ばかりじゃねぇか…
うわこいつら笑顔で親指あげてくるんじゃねぇよ。
その上級指揮官であることを示す赤いモヒ兜、『神速』のラエモン卿は店主に迷惑料も込みだと金貨を数枚握らせると木の扉を派手に開けてそのまま商館に向けて嫌な笑顔で出て行ってしまった。
-----おいヘクターよ…
いない。真っ先に着いていきやがった。
仕方ないのでアンヌに知らない人に着いて行っちゃいけないよと注意をしてから、隣の宿屋のカギを渡して連中を追いかける事にした。
まあ追いかけるとか言ってもこの店のある裏路地は、実のところ奴隷市場の門前町なのだが。
嫌に整備された石畳の路地を抜けて、そこらの都市の目抜き通り程もある大きな通りに阿呆どもの目的地はあった。
威圧的で堅固なローマンコンクリート、漆喰で固めた白く塗りたる墓。
工芸を示す鉄槌と農耕を示す鎌が交差する青銅色の紋章。
『アルビジョア商業同盟』のロッジか。奴隷も取り扱ってたのは知っているが、我が友ヘクターはここから生きて帰れるのだろうか?




