私はこのまま終われない。
爆発音、空に駆け抜ける閃光、金属がぶつかる音。
灰色の空気を敷き詰めたマクハリの中は、爆心地のような状態だった。
その中心で、レイナちゃんはA級レイバースとせめぎ合っていた。
「レイナちゃん!」
私は叫ぶことしかできない。
大きい。
死神の持つ鎌のような腕を振り回す、十五メートルほどもある巨大なレイバース。
レイナちゃんの居合いを正面から受け止め、弾き飛ばす。
「ッッ!!」
反動で後ろに吹き飛ばされた。
レイナちゃんとレイバースが離れた瞬間、白い光の榴弾がレイバースの顔面に命中する。
「レイナ! そのまま離れてて!」
ゆうかちゃんは、そのまま連撃を繰り返す。
身体に悪寒が走る。
レイバースは、まるでびくともしていない。
二人の攻撃でできた穴凹や切傷も、数秒で元通りに再生していた。
大きな腕が伸び、空を斬る。
それは実体のある斬撃の塊と化し、空間を伝って私たちの方へ飛んできた。
禍々しい黒色が、一瞬にして距離を詰めてくる。
「よいしょっ!」
ゆうかちゃんの炸裂魔法とレイバースの魔法が、世界を白黒に焦がしつけるようにぶつかり、相殺された。
私は、彼女たちの戦いを実況することしかできない。
私も戦わないといけないのに、何もできない。
「ゆうか!」
レイナちゃんがゆうかちゃんの近くまで駆け寄る。
見ると、彼女は左肩と頬にざっくりと切傷を受けていた。
特に左肩からは、赤いインクが内側から漏れ出しているように、鮮血がしたたり落ちている。
「おそらく、私の斬撃の方が効いている。私がヤツを真っ二つにする。目眩ましでも何でもいい。ヤツを真っ二つにするために、必要なフォローを頼む」
「任された!」
「ヒナ!」
「は、はい!」
レイナちゃんは、まっすぐ私を見つめる。
その目は、孤高で澄み切った月のようだった。
「私たちの戦いを見ていろ。そして、考えろ。いま、何のためにここにいるのか」
そう言うと、レイナちゃんは風を纏うような速さでレイバースへ突撃する。
間合いに入った瞬間、彼女は宙を舞った。
その背後を走っていた炸裂魔法が、レイバースに直撃する。
二人の背中が遠ざかっていく。
「凄いな……」
「集中しろ、ヒナ。今、君は彼女たちに見惚れている場合じゃないだろ」
私の乱れた意識を落ち着かせるように、契約者の声が問いかけてくる。
「う、うん」
そのとおりだ。
見惚れている場合じゃない。
集中しろ。
爆撃音、斬撃音、レイバースの怒声。
考えろ。
私は何のためにここにいる。
どうして、魔法少女になった。
彼女たちの戦いに少しでも役立つために、考えるんだ。
手繰り寄せる必要のあるものは、全て見つけるんだ。
思考を巡らせ、自分の言葉を探した。
空白。
そこには、空白という言葉にできないものを、無理やり一言にしたような感覚があった。
身震いがした。
ずっと、どうして気がつかなかったんだ。
私には、魔法少女として今ここに立っている理由らしいものが、一つもなかった。
特別になりたい。
誰かに認められたい。
そんな言葉だけが心の中を駆け巡って、これが魔法少女になった理由であるかのように、湧き上がってくる。
そんなの、理由になっていないじゃないか。
でも、それが理由じゃないとしたら。
私は今、何を支えに立っているんだ。
力が抜けた。
膝から崩れ落ちる。
地面に這いつくばって、ただ静観する。
ずっと私はそうしている方が、気が楽だったのかもしれない。
「どうした、ヒナ」
「私……ダメだ」
「私は、本当に空っぽだったんだ」
ごめんね。ゆうかちゃん。レイナちゃん。
私には、このステージに立つ資格すらなかった。
そのときだった。
「ヒナ!」
レイナちゃんの声が響いた。
顔を上げる。ハッとした。
私を粉砕しようと真っすぐ伸びた巨腕を、レイナちゃんは受け止めていた。
「くっ……!」
刀を両手で構え、押し返そうとしている。
その背後からゆうかちゃんが直接、脇腹辺りに炸裂魔法を叩き込む。
一発。
二発。
三発。
それでも、レイバースは倒れない。
「レイナ!あと少し!」
「分かっている!」
どうして、二人は私を庇ってくれる。
私は分からなかった。
二人だって傷ついている。
ゆうかちゃんも額と膝から血を流していた。
きっと、怖くないわけじゃない。
それでも、二人は立っている。
「……どうして」
思わず声が漏れた。
「どうして、そこまでして……」
答えは返ってこない。
「ゆうか!」
「うん!」
炸裂する白い光。それは、レイバースの片目に直撃し、大きくよろめいた。その瞬間、膠着状態にあったレイナちゃんの刀は大きく振り上げられた。雷のような、速く重い斬撃。レイバースの腕が宙を舞う。
「今だ!」
一気に2人は攻勢に出る。
何かしなければ。
でも、魔法は使えない。
武器もない。
力もない。
「なんとか、動け」
けたましい衝撃が空気に走った。
見ると、ゆうかちゃんとレイナちゃんが、レイバースの一振りをモロに受け、飛ばされたのだ。
「ゆうかちゃん!レイナちゃん!」
ゆうかちゃんは、私の居る方へ吹き飛ばされ、地面に転がり回った。鮮血が、空を舞う。
「ゆうかちゃん!」
ゆうかちゃんのもとへ駆け寄り、肩を抱き起こす。
「大丈夫!?」
「……ヒナッち?」
どうやら、杖で防いだようだが、その衝撃は大きく、片腕が真逆の方へ向いていた。
「血が……こんなに……」
自分の手についた血を見て、身体が震えた。
私はレイナちゃんを離せなかった。
「ヒナッち……」
「何?」
ゆうかちゃんは苦しそうに、だけどいつものの太陽みたいな明るい色の笑みを見せた。
「……そこに、いてね」
「え?」
「私たちの戦いを……最後まで見ていて!」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥で、何かが小さく揺れた。
魔法の起こりでは、きっとない。
それでも、胸の奥に何かが生まれた。
「ダメ」
気づいたら、私はそんな声を発していた。
ゆっくりとゆうかちゃんの肩を離す。
「……ヒナッち?」
私は、地面を蹴り走った。
身震いも、恐怖も、何もかもが感覚からそぎ落とされたみたいに、身体が軽かった。
「こっちに来い!!バケモノ」
私はレイバースに石を投げつけ、グルっと回って引きつけた。
ギロリと、攻撃的な隻眼が赤く光る。
やっぱりだ。こっちを見た。
レイバースの特徴、それは敵意に反応すること。それは、敵意の発信者が魔法を使えるか否かには関係ない。
つまり、私が奴に敵意を向ければ、体力が消耗し敵意が微弱な状態の2人と優先順位は変わる!
「ここからは私が相手だ」
魔法が今この瞬間、発動するかは分からない。だけど、私は、このままじゃ終われない。
魔法少女は、空っぽのままじゃ終われない!!
「ヒナッち!!やめて!!」
レイバースは、少しだけほくそ笑んでいるように見えた。
片腕を真っすぐ伸ばし、私に振り下ろす。
私に、これを止める術なんてない。
だけど、今この瞬間、私はここに立っていると強く感じた。




