私は普通のまま。
轟音と炸裂した白い光が世界を飲み込む。
その瞬間、耳元で誰かがささやいた。
私は、パンケーキとチーズフォンデュを抱えたまま固まった。
「やあ、元気?」
「え、誰?」
「どーしたのヒナッち」
確かに、はっきりと聞こえるこの声はいったい何だろう。
「あ、僕の声、他の人には聞こえないから、はたから見たら不審者になっちゃうよ。だから、耳だけ貸してくれたらなと」
やけに親身で気さくな声だった。
敵意は感じない。
私はその声に従う。
「僕は、あなたと契約した契約者」
「け、契約者!?」
思わず変な声が出た。
「どうした? 体調でも悪いのか」
不審がるレイナちゃんがこちらを覗き込む。
「大丈夫! ごめんね、喉つっかえちゃって」
「あーテステス。君と僕は魂が結びついているので、心で念じれば会話できます」
心の中で念じる。
「はじめまして。さっそくだけど、タイミングがおかしいです。今どんな状況か分かっていますか?」
「うん! 理解してるよ。しっかし、ゆうかちゃんの勇敢っぷりにはびっくりだね」
消し炭作戦。
ゆうかちゃんが提案した、本人曰く最強の作戦。
レイバースは人の敵意に鋭く反応する。
この性質を利用し、ゆうかちゃんが魔法の装束をまとって敵意をぶつけ、近づいたところを消し飛ばすまで撃ち続ける。
レイナちゃんと私はゆうかちゃんの後ろで待機し、存在を消す。
「ヒナ!ショートケーキのストックが切れた。次はホットケーキだ。ルツボ先生にさっき焼いてもらったやつ」
「ごめんね、今取り出すよ!」
ゆうかちゃんの魔法は、蓄えたエネルギーの発散量が、そのまま攻撃の強度と速度を左右する。
だから。
ゆうかちゃんが連撃している間、私とレイナちゃんは大きなバッグからお菓子を出しては彼女の口に突っ込み続ける。
とにかく炭水化物を投下。
この繰り返し。
だけど、ものすごいスピードでゆうかちゃんは食べ続けるので、手が休まらない。
連撃を浴び続けるレイバースは、未完成のパズルみたいに穴が空き、無惨な姿になっている。
ホットケーキ、投下。
「むぅ! このホットケーキ美味しい! ルツボ先生ナイス腕前!」
「しゃべってないで、食え!」
炸裂魔法、投下。
「はは、面白いチームだ」
チェリーパイ、投下。
炸裂魔法、投下。
「あなたも手伝って!」
「で、本題なんだけどさ」
「後にして!」
「ヒナ! 誰と喋っているんだ」
アイスクリーム、投下。
炸裂魔法、投下。
――気づいたら、レイバースは全員、消し炭になっていた。
私たちの勝利だ。
「で、本題なんだけどさ」
学校に隣接した寮のベッドに寝転んでいる最中、半日ぶりに契約者から言葉が届いた。
「はい」
「かしこまらないでよ。パートナーなんだからさ、僕ら」
二体のレイバースを討伐したあと、私たちはマクハリ――レイバースとの戦闘で現実世界に被害が広がらないよう展開する魔法結界――を解除し、撤退した。
レイバースの発生現場に赴き、戦いを見て、ゆうかちゃんのサポートをして、その繰り返しを一週間。
とても、歯がゆい時間だった。
「君、まだ魔法が使えないんだね」
胸が、ずきりと痛んだ。
「……分かってるなら、わざわざ言わないでください」
「ごめんごめん。責めたいわけじゃないんだ」
「じゃあ、何ですか」
「ちょっと不思議だなって思って」
私は枕を抱きしめた。
「不思議って、何がですか」
「契約はちゃんと成立してる。魂の繋がりも感じる。じゃないと、君の考えていることは僕に伝わらないから。なのに、僕の魔法が君に発現しない。こんなこと初めてだ」
軽い口調なのに、その言葉だけは妙に真剣だった。
「ねえ、あなたって何者なんですか」
少しだけ、沈黙が落ちる。
「難しい質問だなぁ」
笑ったような口調で返ってくる。
「誤魔化さないでください」
「誤魔化してるわけじゃないよ。本当に、うまく言えないんだ」
「人間なんですか?」
「たぶん、違う」
「たぶん?」
「でも、怪物でもないと思う」
余計に分からない。
私は天井を見上げた。
「そのうち分かるかもしれないし、最後まで分からないかもしれない」
最後まで。
その言葉が妙に引っかかった。
私はシーツを握りしめる。
「じゃあ、これだけ教えてください」
「うん」
「なんで私は魔法が使えないんですか」
今度の沈黙は長かった。
「それ、ルツボ先生にも聞いた?」
「聞きました」
「なんて?」
「前例がないって」
「そっか」
その軽い相づちが、無性に腹立たしかった。
「そっか、じゃないですよ」
思いが少し強くなる。
「私は選ばれたんですよね。契約もしたんですよね。それなのに、何もできないんです」
胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ漏れ出していく。
「ゆうかちゃんは戦えて、レイナちゃんも戦えて、私はただ見ているだけです」
悔しい。情けない。焦る。
いろんな思いがぐちゃぐちゃに混ざって、自分でも整理できない。
「私だけ、普通のままなんです」
言ってしまった。
一番認めたくなかったことを。
「……普通、か」
契約者が小さく繰り返す。
私は苛立ってシーツを握りしめた。
「私は何をすればいいんですか」
「抗うこと」
「は?」
「魔法が出ない自分に、諦めないこと」
私は返事ができなかった。
そんなの、答えになっていない。
でも、頭のどこかで、その言葉が引っかかって離れなかった。
その時だった。
けたたましい警報音が寮全体を震わせた。
『緊急警報。レイバースの発生を確認。魔力規模の判定、A級。魔力規模の判定、A級。全魔法少女は直ちに出撃してください』
私は勢いよく起き上がる。
A級。
今までのノーランクのレイバースとは違う。
教科書での記載で言えば、マクハリがなければ1個市が吹き飛ぶくらいの災害に相当するレイバース。
窓の外を見ると、遠くの空が赤く染まっていた。
火事?
違う。
大規模な、マクハリの光だ。誰かが、戦っている。
「ヒナッち!!」
廊下からゆうかちゃんの声がした。
「急いで! ちょっとヤバそう!」
ゆうかちゃんはここにいる。ということは、マクハリを張って、戦っているのはレイナちゃんだ。しかも、たった一人で。
私は制服の上に上着を羽織り、部屋を飛び出す。
階段を駆け下りながら、心臓がうるさく鳴っている。
怖い。行きたくない。
でも、足は止められない。魔法が使えなくても、私は選ばれた魔法少女なんだ。
その直後。頭の奥で、契約者の声が今までになく静かに響いた。
「ヒナ」
「……なんですか」
「今夜だけは、目を逸らさないで」
「……ほんと、訳わっかんない!」
靴を履いて、私は駆け出した。




