私は二人を助けたい!!
振り下ろされる巨大な腕。
ああ、死ぬ。
怖くて、目をつぶることしかできなかった。
今まで以上に大きく、鋭い金属音が響く。
目を開けると、二人が立ち塞がってくれていた。
レイナちゃんが刀を両手で構え、レイバースの腕を間一髪で受け止めている。一人ではもはや抑えきれないのか、受け止める彼女を、ゆうかちゃんが必死の形相で支えていた。
「レイナちゃん! ゆうかちゃん!」
大きく陥没し、ひび割れる地面。
衝撃が地面から伝わり、足元が眩んだ。
片目と片腕を失っても、この強さ。
このままじゃ、ゆうかちゃんとレイナちゃんが殺されてしまう。
先に体力が尽きるのは、きっと二人だ。
「私のことは大丈夫! 私が逃げ回るから、二人は後ろから攻撃することに専念して!」
「ヒナッち!」
「今だ」
――――お前がやるんだ。
そう言葉が続くことを、確信した。
それは、暗に私に魔法を使うよう示している。
泣きたい気分だ。
汚泥みたいなものがまとわりつき、身体がずんと重くなる感じがした。
「何……言ってるの」
私は魔法が使えない。
逃げ回って、二人が攻撃するチャンスを作る。
そこまではよかった。
だけど、それ以上は無理だ。
どうして、このタイミングで私にすべて任せるの……。
「私には――」
「本当にそうか」
声が聞こえる。
契約者の声だ。
毎回、随所随所で、かけてほしいような、かけてほしくないような、私の心の奥に触れる言葉を投げかける。
「だって、現に魔法使えてないんだよ?!」
二人が徐々に押され始めている。
このまま行けば、きっと潰されてしまう。
二人が死んでしまう。
心の内側が塞がるような音がした。
「私には――」
「目の前の二人を見ろ!!」
鳥肌が立つ。
契約者の声音が変わった。
怒号と言える、身体の芯を震わせる強さを帯びている。
「君が、さっき感じたことはなんだ。君は何を思って、走った?」
何を思って、走った。
その言葉は、口にしなかった。
だけど、あの瞬間。
胸の内をじんわりと熱くした原動力が、確かにあった。
ハッとした。
波が引くみたいに、すっと冷静になれた気がした。
それが、私の足が動いた理由だから。
ずっと、特別になりたくて、魔法少女になりたかった。
ずっと、何者かになりたくて。
でも、中学のあの日、なれなくて。
もう一度、なれるかもしれないと思って、ここまで歩いてきた。
だけど、ボロボロになった二人を見て、思ったんだ。
全身が軽くなる。
血が巡り、力がみなぎる。
空っぽだった器に液体が注がれ、あふれていくような感覚。
特別になんて、なれない。
私は二人のように特別な存在じゃない。
あの時、私はそれを叩きつけられた。
脳みその内側の血管に熱が走り、そこから全身が、自分のものではないかのような力で満たされる。
拳に力が宿った。
青い光が、拳の輪郭をなぞる。
「私は二人を助けたい!!」
私は二人の脇をすり抜け、レイバースの胸部を拳で殴った。
重い音が響き、レイバースの胸部が大きく陥没した。
あれだけ大きかったレイバースが身を縮ませ、後ずさった。
黒い煤が視界を覆う。
「そうだ、ヒナ。それはもう私が宛先を無くしてしまった、大事なものだ」
これが、魔法。
空中に留まったテニスボールのような、身体が自分の意志から離れている感覚がする。
レイバースが間合いを詰めてくる。
大仰な横振りは、先ほどとは別物のように遅く感じた。
私は身体を捻って回避する。
地面についた両足をバネに、トスを上げるみたいにふわりと身体が宙へ舞う。
そしてそのまま、レイバースの頭を殴打した。
ゆうかちゃんやレイナちゃんが与えた一撃のように、レイバースはよろめいた。
不思議な感覚……。
目の前のレイバースは、ゆうかちゃんとレイナちゃんのたゆまぬ攻撃のせいか、着実に弱まっている。教科書で見る千鳥足みたいに、足元がおぼつかない。
「ヒナッち……」
「ついに、来たのか」
二人の声が聞こえる。
倒せる。
今の状況なら……。
両手の甲を走る青い光が、脈打つように明滅している。
これが私の力なんだ。
プロボクサーのように両手を顔の前に構える。
意識が氷水を被って研ぎ澄まされるような、ゾーンに入る感覚。久しぶりの感覚だ。
右手を引き、私はレイバースの顔めがけて拳を放つ。
――――喉に突然、締め付けられるような痛みが駆け巡った。
力が抜けた。
気づけば、私は両手と両膝を地面についていた。
「う……」
頭に鋭い痛みが断続的に走り、息もしづらい。
苦しい。
何、これ……。
身体が動かなかった。
身体が自分のものじゃないみたいとは、さっき思った。
だけど今、それが悪い意味で起きている感じだ。
「ヒナ! 大丈夫か」
「契約者さん、これって――」
レイバースが、けたたましい奇声を上げた。
そして、身の毛もよだつような姿で私のもとへ走ってくる。
ヤバい……。
「ゆうか! ヒナを守るぞ!」
「うん!」
二人が走り出し、レイバースと正面から対峙しようとしている。
待って。
枯れるような声を、必死で出そうとした。
―――――――――――――――――――――
そのとき。稲妻が走り、轟音がマクハリの中を震わせる。
土煙がふわりと舞い、私は反射的に目をつぶった。
―――――――――――――――――――――
「……雷か」
「これって……」
二人の声が聞こえ、私は恐る恐る目を開いた。
ギョッとした。
目の前にいたレイバースの頭部は、完全に消失していた。
さっきまで確かにあった巨大な頭が、そこだけをくり抜かれたように、だ。
状況から考えて、あの稲妻がレイバースを撃ち抜いたのだと、私は思った。
「殺……さないで」
――え。
私は息を呑んだ。
レイバースが、喋った。
頭もないのに。
不気味にそう言い残して、レイバースは黒い塵になった。
「今の……何?」
誰に聞くでもなく、言葉が漏れた。
「いやぁ。後輩ちゃんがA級レイバースと戦っていると聞いて、どんな状況かと思ったら――少し遅かったね」
上から、声がした。
視界の隅で、短いスカートとそこから伸びる長い脚が、灰色の空を背景に浮かんでいた。
ハッとする。
私は痛む身体を引きずり、その誰かを捉えるために、顔を精一杯上げる。
ニヤリと上がった口角。金色の髪。鋭い目。耳元のピアス。そして、稲妻がビリビリと走る長い杖。
見たことのない人だ。
その人は杖を肩に担ぎ、こちらを見下ろしていた。
「魔法少女育成高等学校三年、八重坂クルミ」
彼女は、傷だらけになっている私達、いや、レイナちゃんを見下ろしていた。
「しごかれてんじゃん、レイナ」
「お姉さん……」
苦しそうな顔で、レイナちゃんがそう言った。それを聞き、彼女はもう一度不気味に笑った。




