私にしか果たせない使命。
五年前。
私は、何者でもなかった。
普通のサラリーマンの父親と主婦の母のもとに生まれ、普通の公立中学へ行き、普通の公立高校に進学した。
勉強も運動も真ん中くらい。
何かに秀でているわけではないが、何かが劣っているわけでもない。
得意なことを挙げるなら、みんなに嫌われないよう、うまく相槌を打って笑うことくらいだった。
そんな私が魔法少女の才を見出されたのは、高校一年の頃だった。
「足立ヒナ様、ですね」
なんの気なしに部活の練習帰りを歩いていた私に話しかけてきたのは、白装束をまとい、神妙な顔をした大人たちだった。
「私たちは魔法連合会の使者です。足立ヒナ様には、類稀なる魔法少女の才能があります。是非、この世界を救い、人々を導く魔法少女になっていただけませんか?」
道端でそう言われ、とても困惑したのを覚えている。
「魔法少女……ですか?」
魔法少女――人が抱える負の感情が具現化し、人に危害を与える魔物、レイバースを駆逐する力を持つ人たち。
教科書にはそう記されており、日夜人々の生活を守るために戦っているのだと先生が言っていた。
みんなの憧れの存在
非凡で、特別な人たち。
その力が、私にあるの……?
少しだけ、迷いがあった。
勉強も運動も平凡。
特技は、みんなに嫌われないように笑うこと。
誰といても、笑っていても、不安ばかりで、自信なんてない。
魔法少女なんて大役を任されるような器じゃない。
だけど――そんな私を変えるなら、今しかない。
「や、やります!」
自分でも驚くほど大きな声だった。
「私、魔法少女になります!」
平凡で取り柄もない私が、教科書を挟んでしか見られない特別な人たちになれるなら、私、頑張りたい。
高校一年の夏。
私は、人生で初めて「何者かになれるかもしれない」と思った。
数日後、私は魔法少女育成高等学校に編入することになった。
魔法少女であることは絶対に口外してはいけない。
このことを知っているのは両親だけで、二人とも「なんて名誉なことなの」とか、「やっぱりヒナはすごい!」と笑っていた。
私としては、自分が本当に凄いなんて自覚はこれっぽっちもなかった。
だけど、一番近くにいる人たちに「選ばれた存在」だと褒めてもらえることは、凄く嬉しかった。
「こちらが、足立ヒナ様の学び舎になります」
案内された校舎は、驚くほど普通だった。
もっと秘密の施設みたいな場所を想像していたのに、前の高校と何ら変わらない廊下と教室が並んでいる。
「中には、足立ヒナ様と同じ魔法少女がいらっしゃいます」
「は、はい!」
急に緊張してきた。
きっとみんな、私みたいな平凡な人間じゃない。
本当に選ばれた人たちなんだろう。
「し、失礼します」
ドアをノックし、扉に手をかけた瞬間。
私のものではない大きな力で、目の前のドアが開いた。
「わー!!」
目の前には、銀色の髪の可憐な少女が笑顔を浮かべ立っていた。
「転校生ちゃんだね!!待ってたよ〜」
びっくりして、思わず後ずさりした。
「あ……えっと……………えー……はい」
完全にペースを崩される。
こういうのって、私が教室に入って、黒板に名前を書いて自己紹介するのが一般的な流れじゃなかったの……?
というか、この人、どこかで見たことがある気がする。
「はじめましてー!私は南ゆうか!同じ一年で、魔法少女になって半年目!よろしくねー!」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥が小さくざわついた。
南高校一年三組、南ゆうか。
勉強の成績はトップクラスで、性格もとても明るい、元三組のクラス委員長。
体育祭では、いの一番でデコったうちわを持って、クラスの競技を盛り上げていたのを覚えている。
突然転校したとは聞いていたけれど、まさか魔法少女高等学校にいたなんて。
「私は一組。南さんのことは、なんとなくだけど知ってます」
「うっそー!!そうなの?私って有名人じゃん!!神様に感謝」
「え……うん。有名だと思う」
「えーそうなんだ!同級生と会えるなんてうれしいなー」
とても朗らかに笑いながら、私の周りをリズミカルに回る。
演技なのか、彼女の素なのか、まるでわからなかった。
でも、不思議と緊張が少しずつ和らいでいく。
「これからはヒナッちって呼んでいい?ヒナッち!」
「う……うん!よろしくね、ゆうかちゃん」
もう私が断る前に呼んでるし。
苦笑しながらも、顔を知っている人が実は魔法少女だったということに、感動と安心を感じた。
その時だった。
「おい、何騒いでる」
重くて、新品のナイフのような鋭い声がする。
慌てて声のする方を見ると、ドアの前には、ゆうかちゃんと同じ制服を着た長い黒髪の少女が立っていた。
ゆうかちゃんが真夏だとしたら、その子は真冬と表せるような、対照的な様子だ。
そして彼女の右手に握られているのは――黒い日本刀だった。
「え。だ、誰ですか?というかそれ」
混乱でつい声が出てしまう。
敵襲!?
「あ、ヒナッち!待って待って。もーー驚かさないでよ、レイナ」
「……驚かせたつもりはないが」
「そんな物騒なもの持ってたらヒナッち驚いちゃうでしょ」
「ヒナッち……君が新入生の足立ヒナか」
無表情で、彼女はそう言った。
な、なんだ。
敵襲じゃないんだ。
よかった……。
「は、はい!南高校から来ました、足立ヒナです」
レイナと呼ばれた彼女は、日本刀を空席に立てかけ、丁寧にお辞儀を返した。
「八重坂レイナだ。元北高校。魔法少女になって今月で四か月目になる」
八重坂レイナ。
突然、頭の中で取っ掛かりのある記憶が呼び起こされた。
私は彼女を知っている。
朝、学校へ行く準備をしながらぼんやり見ていたテレビ番組。
そこには、確かこう書いてあった。
『北高校の天才、八重坂レイナ選手。入部四か月で全国剣道大会を制覇』
隣町の高校の子だ。
しかも、彼女は同い年なのに、もうアスリートみたいな華々しいキャッチコピーをつけられている。
住む世界が違う。
そう思った記憶が、彼女の名前を心の奥にひっそりと刻みつけていた。
「レイナちゃんって、あのテレビに出てたレイナちゃんだよね。剣道部の」
「ああ。知っているとは驚いた」
有名人ばっかりだ。
既視感のある人ばかりのせいで、もはら初めましての挨拶をしている感じがしない。
「私たち二人が、このクラスの魔法少女メンバーだよ!想像してたより少ないでしょ?」
「確かに、少ないかも」
「だよねー。私も魔法連の人たちに言われて驚いたもん。『あなたたちは数少ない、選ばれた存在だ』って。だから、ヒナッちも選りすぐりの精鋭なんだよ!」
ゆうかちゃんとレイナちゃん。
確かに、彼女たちは選ばれた存在だ。
成績優秀でクラス一の人気者。
剣道全国一位の天才。
魔法少女のことを何も知らない私でも、彼女たちはその器だと断言できる。
だけど、それに比べて私には、本当に誇らしい才能らしいものが一つもない。
なんで私なんかが……。
「皆さま、お揃いでしょうか」
後ろを振り返る。
いつからそこにいたのだろう。
白衣を着て、般若面をつけた女性が教卓に立っていた。
ひんやりとした空気が混じってくるような、雰囲気の変化を感じる。
「足立ヒナ様、初めまして。この魔法少女育成高等学校にて、魔法等のご指導を担当します、ルツボと申します」
驚いた。
この学校にも担任がいるんだ。
当然かもしれないけれど、前の高校の担任だったムキムキ体育教師の高橋先生とは、まるで雰囲気が違う。
神社の神主さんみたいな雰囲気だ。
「は、初めまして」
会釈を返す。
般若面の視線が、じっとこちらを見つめてくる気がした。
少しだけ気まずい。
「足立ヒナ様」
静かな声が、教室に落ちる。
「は、はい!」
「あなた様には、これからたくさんの試練が待っております」
私は息を呑んだ。
「なのでどうか――あなた様にしか果たせない使命を果たしてください」
私にしか果たせない使命。
その魅力的で、私を縛り付ける言葉に、心を奪われた。
平凡で、何者でもなかった私に、「私にしかできないことがある」と言ってくれる人がいる。
それだけで、胸の奥が強く揺れてしまう。
「ちょっとルツボっち!いきなり意味深なこと言わないでよー!ヒナッち怖がってるってーーーー!」
ゆうかちゃんが慌てて割って入る。
でも、私はその声が遠く感じた。
「……私にしか果たせない使命?」
思わず、同じ言葉を繰り返していた。
「おっしゃる通りです」
般若面の奥の声は、少しも揺れない。
「いずれ、お分かりになるかと」
私にしか果たせない使命。
それはいったい、何なのか。
そう聞こうとした、その瞬間。
キーンコーンカーンコーン。
どこにでもあるチャイムが、少しだけ高らかで歪に流れた。
「では、授業を始めます」
言葉は、そのまま飲み込まれる。
だけど、私の心の中には、感じたことのないざわめきだけが取り残されていた。




