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EP 2

EMPの闇と、不可視の侵略者

 その瞬間、東京からすべての『音』と『光』が消え失せた。

 上空数十キロの成層圏で炸裂した、沈威シェン・ウェイ提督の放った非核EMP(電磁パルス)弾頭。

 太平洋上の出雲艦隊の目を潰したその強烈な見えない電磁波は、当然、日本の中枢である首都・東京にも容赦なく降り注いでいた。

「……何事だ! 予備電源は!」

 練馬駐屯地。

 真っ暗になった作戦本部で、第一師団の幕僚たちが怒号を飛ばす。しかし、いくらスイッチを叩いても、ディーゼル発電機すらピクリとも動かない。内部の電子制御チップが、高出力マイクロ波によって完全に焼き切られているのだ。

 無線機はただの文鎮と化し、スマホの画面は二度と点灯しない。

 約一千四百万人が暮らす巨大都市・東京は、一瞬にして、連絡手段のすべてを絶たれた『中世の暗黒都市』へと突き落とされた。

「……慌てるな。非核EMP攻撃だ。電子機器は全滅したと思え」

 暗闇の天幕の中で、力武義正りきたけ・よしまさ1尉は、懐中電灯の代わりにケミカルライト(化学発光スティック)をへし折り、ぼんやりとした緑色の光で周囲を照らした。

 パニックに陥る部下たちをよそに、彼の理知的な頭脳は、氷のように冷たく状況を分析していた。

「通信が死んだということは、指揮系統が分断されたということだ。警察も、消防も、そして我々自衛隊も、連携が取れない。……敵がこのタイミングで仕掛けてくるとすれば、狙うのは一つしかないな」

 力武の呟きの通り、この『絶対の闇』は、偶発的な事故ではない。

 太平洋での敗北を予期していた天才・沈提督が、あらかじめ盤面に仕込んでいた『最悪の毒』だった。

     * * *

 同刻。東京湾岸、江東区エリア。

 暗闇に包まれた港湾施設に、数隻の小型ボートが音もなく接岸していた。

 ボロボロの服を着た、難民の群れ……ではない。

 彼らは上陸するや否や、背負っていた荷物の中から、暗視ゴーグルと消音器サプレッサー付きの最新鋭アサルトライフルを取り出し、無言で装備を整え始めた。

 沈提督が、開戦当初から難民船に紛れ込ませて密入国させていた、人民解放軍のトップエリート特殊部隊。そして、平時から民間人に偽装して潜伏していた工作員(便衣兵)たちだ。

 彼らの目的は、正規軍による派手な侵略ではない。

 EMPによって警察機構が麻痺し、暴徒が街を破壊しているこの『混沌カオス』に乗じて、日本のインフラ——浄水場、変電所跡、政府の地下シェルターの換気塔などを、内部から物理的に制圧・破壊すること。

 都市を完全に麻痺させ、一千万人の都民を『巨大な人質』として人道的なパニックを引き起こし、日本政府に無条件降伏を突きつけるための、悪辣な内部崩壊(トロイの木馬)作戦であった。

 ——パスッ、パスッ!

 乾いた銃声が暗闇に響く。

 駆けつけた地元の警察官たちが、状況を把握する間もなく、暗視装置を持ったプロの軍人たちによって、次々と眉間を撃ち抜かれて血の海に沈んでいく。

 通信が使えないため、応援も呼べない。

 東京の街は、外で暴れ回る飢えた市民(暴徒)と、闇に紛れて急所を掻き切る透明な暗殺者(特殊部隊)によって、内側から食い破られようとしていた。

     * * *

「……報告ッ!!」

 数時間後。夜明け前の練馬駐屯地に、泥だらけになった一台のオフロードバイクが滑り込んできた。

 乗っていたのは、電子制御の不要な旧式のキャブレター車をかき集めて編成された、師団本部のオートバイ伝令部隊の隊員だ。

「江東区、港区、および千代田区周辺にて、正体不明の武装勢力が蜂起! 重武装のプロフェッショナルです! 警視庁の機動隊は壊滅状態……都内の重要施設が、次々と占拠されています!」

 伝令の悲痛な叫びに、作戦本部の幕僚たちが青ざめた。

「暴徒ではない……正規軍の特殊部隊だと!? いつの間に東京に入り込んでいたんだ!」

「師団長より命令! 第一師団所属の全レンジャー部隊および普通科連隊は、直ちに都内へ展開! これは治安出動ではありません……『防衛出動』です! 敵を、殲滅してくださいッ!!」

 その報告を聞いた瞬間。

 天幕の隅で腕を組んでいた力武義正の肩が、ピクリ、と揺れた。

 開戦から一ヶ月。

 ただ穴を掘り、暴徒の投石に耐え、泥水をすすってきた鬱憤。

 親父から言われ続けた「お前はまだ地獄を知らないお利口さんだ」という呪いの言葉。

 海自や空自が華々しくミサイルを撃ち合っている間、飼い殺しにされてきた陸の狂犬を縛り付けていた鎖が、今、完全に断ち切られた。

「……1尉。ついに、俺たちの出番ですね」

 部下の佐藤陸士長が、緊張で顔を強張らせながら、小銃(89式)を握りしめた。

「……ああ」

 力武は、ゆっくりと顔を上げた。

 その理知的な防大エリートの仮面は、すでに跡形もなく剥がれ落ちていた。

 代わりに顔を出したのは、血と泥の匂いを渇望し、狂気のように口角を吊り上げた、一人の修羅の顔だった。

「……さあ、待ちくたびれたぞ。泥沼の戦争の始まりじゃ」

 力武の口から、低く、ドスの効いた岡山弁が漏れた。

 それは、彼が理性を捨て、己の肉体と戦術のすべてを「殺し合い」に全振りした合図スイッチだった。

「オドレら、いつまでボサッと突っ立っとるんじゃ! 早よ小銃ハジキのセーフティ外せ! 実弾タマあるだけポーチに突っ込め!」

 突然の豹変と、凄まじい覇気に、部下たちが弾かれたように動き出す。

「相手は海渡ってきたエリートの工作員様じゃ。真っ暗闇の東京で、かくれんぼがお望みらしいのぉ……」

 力武は、コンバットナイフをタクティカルベストに差し込みながら、獰猛にわらった。

「ええじゃろう。東京のコンクリートジャングルが、どんだけエグい泥沼か……俺が骨の髄まで、たっぷりと味おうたらせたるわ。……第一小隊、出撃じゃァッ!!」

 EMPの暗闇に沈む巨大都市・東京。

 不可視の侵略者たちを狩るため、親父譲りの狂気と、極限まで研ぎ澄まされた戦術眼を併せ持つ「陸の若獅子」が、ついにコンクリートの地獄へと放たれた。

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