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EP 10

鳥籠崩壊。そして血塗られた勝者のない海

 二万トンの護衛艦『出雲』と、八万トンの空母『福建』。

 二つの巨大な鋼鉄の塊が激突した瞬間、太平洋の中心で、太陽がもう一つ墜ちてきたかのような強烈な閃光と大音響が弾け飛んだ。

 ギャリギャリギャリギャリッ!!!!

 出雲の鋭角な艦首が、福建の分厚いチタン合金の装甲を、まるで濡れた紙のように引き裂いていく。

 運動エネルギーの完全な暴力。艦内に積まれていた航空燃料と弾薬が誘爆し、数百メートルの火柱が両艦を包み込んだ。

「……あ、あァ……!」

 福建の戦略指揮所。

 床に叩きつけられた沈威シェン・ウェイ提督は、割れた防弾ガラスの向こうで、自分たちのフネに深々と食い込んでいる出雲の艦橋を、呆然と見上げていた。

 彼の完璧な『合理のアルゴリズム』が、日本のヤクザ将軍が放った『絶対的な狂気ラム』によって、物理的に粉砕された瞬間だった。

「て、提督! 右舷第三区画から第六区画まで完全に浸水! 機関停止! フライトデッキ崩壊! ……だ、駄目です! 本艦はこれ以上の戦闘能力を維持できませんッ!」

 頭から血を流した参謀が、泣き叫ぶ。

「……あり得ない。こんな、古代のガレー船のような野蛮な戦術で……私の、私の完璧な鳥籠が……」

 沈威は、震える手でタブレットに触れようとした。だが、その画面は激突の衝撃でひび割れ、何も映していなかった。

 そして、その『隙』を、歴戦のアメリカ軍が見逃すはずがなかった。

『——サカガミ。てめえらのイカれたヤクザキック、見届けたぜ』

 ジャミング(電波妨害)のノイズが晴れかけた通信機から、AUKUS連合艦隊を率いるジャック・ジャスティス大将の咆哮が響き渡った。

『第七艦隊、全艦砲門開け! ……日本の狂犬が食らいついて止めた“中国の心臓”に、ありったけの鉛玉トドメをぶち込めェェッ!!』

 旗艦のシステムを回復させたジャックの号令とともに、生き残ったアメリカとオーストラリアのイージス艦が、一斉に対艦ミサイル(ハープーン)と主砲の火蓋を切った。

 出雲との激突で完全に動きを止め、防空システムもダウンした空母『福建』と、その周囲で混乱に陥っていた中国護衛艦隊へ向けて、数百発のミサイルの雨が降り注ぐ。

 ズガァァァァァァァァァンッ!!!!

 太平洋の絶対封鎖線(鳥籠)は、完全に崩壊した。

 中国が誇る最新鋭空母は、業火に包まれながら、その巨大な巨体をゆっくりと冷たい海の底へ沈め始めていた。

     * * *

「……総員、退艦アバンドン・シップ! 海へ飛び込めェッ!」

 一方、福建に突き刺さった『出雲』もまた、自らの衝撃と火災で艦体が真っ二つに折れようとしていた。

 坂上真一は、大きく傾斜した艦橋で、血まみれの蘭の首根っこを掴み、非常用ハッチへ向けて引きずっていた。

「おっちゃん……! 雪之丞が……バカ空が、落ちたんだよ! 探さなきゃ……っ!」

 蘭が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、燃え盛る空へ向けて手を伸ばす。

「分かってる! だが、今はテメエが生き残ることだけ考えろ!!」

 坂上は、蘭を抱え上げたまま、数十メートル下の真っ暗な海面へ向けて、燃え落ちる出雲から跳躍した。

 海面に叩きつけられる衝撃。口の中に広がる、鉄と油と血の味。

 坂上が海面へ顔を出し、蘭のライフジャケットを引き上げた時。

 二人の背後で、日本の盾として戦い抜いた二万トンの護衛艦『出雲』が、断末魔の軋み音を立てながら、太平洋の底へと沈んでいった。

     * * *

 数時間後。

 夜が明け、どんよりとした曇り空の下に広がっていたのは、文字通りの『地獄』だった。

 中国軍は、空母『福建』を含む主力艦艇の六割を喪失し、西へ向けて完全撤退(敗走)を開始した。

 日本の補給線を断ち切る『兵糧攻め(鳥籠作戦)』は、これで完全に頓挫した。日本の勝利だ。

 ……しかし、その代償は、あまりにも巨大すぎた。

「……被害報告を、読み上げろ」

 総理官邸地下。

 若林幸隆は、死人のような顔で、防衛省官僚に命じた。

「……は、はい。……日米豪連合艦隊の損害。……米空母『ロナルド・レーガン』大破、航行不能。イージス駆逐艦、計十二隻沈没。……海上自衛隊、護衛艦『出雲』沈没。その他、随伴艦多数喪失。……日米の航空戦力損失、およそ二百五十機。戦死および行方不明者……一万二千名を超えます」

「……」

 若林は、ゆっくりと目を閉じた。

 CSIS(戦略国際問題研究所)が、かつて弾き出したシミュレーションの最終結果。

 『中国の台湾侵攻および日本封鎖は失敗に終わる。しかし、日本とアメリカもまた、数十年間にわたって再起不能となるほどの、甚大な兵力と人命を喪失する』——。

 それが、勝者のない戦争(ピュロスの勝利)。

 太平洋は、両国の血と油で真っ赤に染まり、数万の兵士たちの死体が波間を漂っていた。

「幹事長。……木更津へ向かう救助ヘリから、報告が入りました」

「真一たちは、生きていたか」

「……はい。坂上将補、および早乙女蘭一曹、海上で漂流しているところを救出。……しかし、上空で中国ステルス機を撃墜した、平上雪之丞一尉の機体は……未だ、発見されていません」

     * * *

 救助ヘリの冷たい金属の床。

 毛布にくるまり、ガタガタと震える蘭は、自分の手の中に握りしめられた『一つの破片』を見つめていた。

 海を漂流している最中、波間から拾い上げた、焦げたF-35Bのヘルメットのバイザーの破片。

「……バカ空。……まだ、給料ケーキの分、働いてないくせに……」

 蘭の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、ヘリの床を濡らした。

 坂上真一は、毛布を被ることもせず、血まみれの仁王像を剥き出しにしたまま、開け放たれたヘリのハッチから、黒煙を上げる太平洋を無言で見下ろしていた。

 日本という国は、生き残った。

 銃後の家族(鷹人と恵)の元へ、再び食料を届ける道は開かれた。

 だが、そのために払った血の代償は、彼らの心に、決して癒えることのない巨大な傷跡を残した。

(……終わらねえ。……こんな泥沼の喧嘩、誰かが『大将の首』を獲るまで、終わらねえんだ)

 坂上は、血まみれの拳を強く握りしめた。

 太平洋の大艦隊決戦は、終わりの始まりに過ぎなかった。

 第三次世界大戦は、泥沼の消耗戦を抜け出し、国家の存亡を懸けた『最終局面』へと、静かに、そして残酷に移行しようとしていた——。

【第三章 Phase 3〜反撃のゲリラ戦と大艦隊決戦】 完

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