EP 4
民間トラックの反逆と、燃える大動脈
日本の大動脈である東名高速道路。
かつては物流の血液を絶え間なく運んでいたそのアスファルトの道は今、全長数百キロにわたって『巨大な火葬場』と化していた。
「……あ、ぁ……たすけ、て……」
静岡県・日本平付近の崩落したトンネルの入り口。
ひしゃげた『佐川』や『ヤマト』のロゴが残る民間トラックの残骸の中から、血まみれになった腕が伸びていた。
彼は兵士ではない。ほんの数ヶ月前まで、Amazonの荷物を笑顔で配達していただけの、ただの父親だ。若林幹事長の『徴用特措法』によってハンダゴテを握らされ、特攻ドローンを中国の空へ向けてパチンコ玉のように撃ち出す『ゲリラトラック部隊』に組み込まれた民間人である。
中国海軍の沈提督が下した、中距離弾道ミサイル(DF-26)による国土インフラへの直接攻撃。
それは、文字通り「アリの巣に熱湯を注ぎ込む」ような、絶対的な物理の暴力だった。
トンネルというトンネルが崩落し、橋脚がへし折られ、逃げ場を失った民間トラックの車列が次々と火ダルマになっていく。
彼らが国を守るために撃ち出したドローンの代償は、あまりにも惨い『自分自身の命』での支払いとなった。
* * *
「……被害状況、まとまりました。東名、名神、山陽自動車道の主要ジャンクションおよび長大トンネル、計42箇所に弾道ミサイル着弾。……ゲリラトラック部隊の損害率、60%を超えました。……死傷者は、民間人の徴用工を含め、すでに四千人を突破……ッ!」
総理官邸の地下。
報告を読み上げる防衛省官僚の声が、嗚咽で震えていた。
モニターに映し出されるのは、黒煙を上げて分断された日本列島のインフラマップ。
「……沈威。噂に違わぬ、血も涙もない男だ。こちらのゲリラ戦の『拠点』が高速道路だと見抜くや否や、躊躇なく民間インフラへ弾道ミサイルを撃ち込んできたか」
若林幸隆は、灰皿に山積みになったピースの吸い殻を見つめながら、低く唸った。
高速道路網の破壊は、単にドローン部隊が全滅することを意味しない。辛うじて息を吹き返しかけていた『国内の食料輸送』が、再び完全に物理切断されたということだ。
「幹事長! このままではトラック部隊が全滅します! 残存部隊に退避命令を!」
「……退避して、どこへ行くというんだ」
若林の冷たい一瞥に、官僚が息を呑む。
「彼らがドローンを撃つのをやめれば、海上の出雲艦隊に敵の火力が集中する。太平洋の絶対封鎖線(鳥籠)は閉じられ、結局はこの国全体が餓死して終わるだけだ。……彼らには、トラックのタイヤが焼け焦げ、エンジンが焼き切れるまで、撃ち続けてもらうしかない」
政治家として、同胞をミサイルの雨が降るハイウェイに縛り付ける地獄の決断。
若林は、深く目を閉じ、誰にも見えないように拳を強く握りしめた。
* * *
「……エラー。接続ロスト。……エラー。応答なし……」
木更津港に停泊する護衛艦『出雲』のCIC。
早乙女蘭は、自分の専用コンソールに表示される無数の『緑色の光点(味方のトラック)』が、次々と『赤』に変わり、そしてブラックアウトしていくのを、瞬きもせずに見つめていた。
「……あー、もう。……せっかく私が組んだ完璧なルーチンワークが、台無しじゃん」
蘭は、いつものように呆れたような口調で言おうとした。
チュッパチャプスの棒を咥え、生意気な天才ハッカーとしての仮面を被って、糖分を要求しようとした。
「……おっちゃん。これ、銀座の……キルフェボンのタルト、百個くらい……」
だが、その声は、ひどく震えていた。
咥えていたチュッパチャプスの棒が、カタリ、と床に落ちた。
蘭の目は、モニターの隅に表示されている『損害リスト』——ただの数字ではなく、山田、佐藤、鈴木といった、昨日まで町工場で自分と一緒に笑いながらドローンを組み立てていた「おっちゃん」たちの名前に釘付けになっていた。
「……蘭」
背後から、坂上真一の分厚い手が、蘭の華奢な肩を力強く掴んだ。
坂上の顔もまた、かつてないほどの凄惨な怒りと、悲哀に満ちていた。
「……私のせいだ」
蘭が、キーボードの上にポタポタと涙をこぼしながら、子供のように嗚咽を漏らし始めた。
「私が……私が、トラックからドローンを撃つなんて効率のいい『チート』を思いついたから……! あいつら、中国のミサイルに狙われて……ただの荷馬車のおっちゃん達なのに……生きたまま焼かれて……ッ!」
天才ゆえの傲慢さ。
ゲーム感覚でコスト交換比を計算し、敵を出し抜く快感に酔いしれていた彼女の心に、初めて『戦争の真の重み(血の匂い)』が、鋭い刃となって突き刺さったのだ。
「……見ろ、蘭。これが戦争だ。俺たちの『最適解』は、誰かの命をチップにして成り立ってんだ」
坂上は、蘭の肩を抱き寄せ、その頭を荒々しく撫でた。
「お前は悪くねえ。……悪いのは、この理不尽な喧嘩を吹っかけてきた連中と……それを力で押し返せねえ、俺たち大人の不甲斐なさだ」
『——坂上のおっさん』
CICのスピーカーから、上空をパトロールしている平上雪之丞の、ひどく掠れた声が響いた。
彼もまた、上空から、日本の大動脈が炎に包まれていくのを、血の涙を流しながら見下ろしていた。
『……俺たちのチート戦術は、もう賞味期限切れみたいだな。……あの中国の司令官(沈提督)、完全に俺たちの「心臓」を的確に削りに来てる』
「ああ。ゲリラ戦(小細工)の時間は終わりだ」
坂上は、涙を拭って立ち上がった蘭を背にかばうようにして、メインスクリーンに映る中国の空母打撃群の威容を睨みつけた。
「てめえらも、これ以上仲間が死ぬのを見るのは御免だろう? ……なら、覚悟を決めろ。残ったタマと、この船の命を全部賭けて……太平洋のド真ん中で、沈の野郎と正面から殴り合うぞ」
チート(小細工)が通じなくなった時、最後に残るのは、己の血と肉と鉄の塊による、絶対的な物理の激突。
成層圏の風船と燃える高速道路の戦いを経て、第三次世界大戦は、ついに避けられない『艦隊決戦』へと、その舵を大きく切った。




