表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/41

EP 3

一発六千万のジレンマ。気球の雨が降る

 高度二万メートルの成層圏。

 薄っぺらいビニール製の白い球体——『成層圏の死神フウゴ・ツー』の群れは、偏西風(ジェット気流)に乗って、静かに、しかし確実に太平洋上の中国封鎖艦隊の真上へと到達していた。

 その腹に抱えた、町工場製の安価なAI制御基板が、海面を蠢く中国艦隊のレーダー波と熱源を、完璧にロックオンする。

「……ターゲット補足。……デリバリー、開始」

 蘭の組んだプログラムに従い、三万機の気球から、一斉に爆薬を積んだ『バラスト(砂袋)』が切り離された。

 数万円のゴミから放たれた、数千個の死の雨。

 それらは、重力加速度によって瞬時に音速を超え、大気を切り裂く不気味な風切り音を立てながら、無防備な中国のイージス駆逐艦めがけて突き刺さっていった。

     * * *

「…… MAYDAY! MAYDAY! 上空より多数の落下物! CIWS(近接防御火器)が追いつきません! うわあああッ!!」

 中国海軍の最新鋭052D型駆逐艦のCIC(戦闘指揮所)は、地獄絵図と化していた。

 沈威提督からの『ミサイル迎撃禁止』命令。

 それは、合理的な判断であった。だが、現場の兵士にとっては、ただの死刑宣告に等しい。

 高度二万メートルから自由落下してくる、マッハを越える無数の小さな目標。

 艦に搭載されたCIWS(高性能機関砲)やレーザー兵器は、その飽和攻撃の前には、あまりに無力だった。CIWSの銃身が熱で真っ赤に焼けただれ、弾薬が尽きかけた、その時。

 ドガァァァァァァン!! ズズズンッ!!

 立て続けに、数発の爆弾が駆逐艦の甲板に直撃した。

 致命的な沈没には至らない。だが、数万円の爆弾が正確に狙い撃ちにしたのは、艦の『脳』であるフェーズドアレイレーダー、そして『喉元』であるVLS(垂直発射装置)のハッチだった。

 レーダーが沈黙し、ミサイル発射口が炎上する。

 数千億円を投じて建造された最新鋭の軍艦が、町工場で作られた数万円のゴミによって、一瞬にしてただの『鉄の棺桶』へと成り果てた。

     * *|

 空母『福建』の戦略指揮所。

 ホログラム・テーブルに表示された封鎖艦隊のデータリンクが、次々と赤い『戦闘不能ミッション・キル』のマークに変わっていく。

「提督……! 第三駆逐艦分隊、全艦大破! 第二フリゲート艦隊も、レーダー喪失で防空能力を完全に失いました! ……このままでは、封鎖線が崩壊します!」

 参謀が血の気の失せた顔で叫ぶ。

「……日本め。……日本めッ!!」

 沈威は、淹れたての龍井茶ロンジンちゃの茶碗を、ホログラム・テーブルに叩きつけた。

 陶器が粉々に砕け、熱い茶がテーブルに広がるが、沈はその熱さを感じてさえいなかった。

 彼の脳裏にあるのは、蘭が弾き出した、悪魔のコスト計算式だ。

(……撃てば、弾切れ。放置すれば、艦隊全滅……。……どちらを選んでも、私は『大損ゲームオーバー』か)

 沈は、ギリッと血が滲むほど唇を噛み締めた。

 天才司令官としてのプライドが、日本の放った『風船』というあまりにチープな兵器の前に、粉々に打ち砕かれようとしていた。

「……全艦に通達」

 数分間の息詰まる沈黙の後。

 沈は、血を吐くような思いで、その命令を口にした。

「……一部の重要艦(空母および補給艦)の防空圏内に入る気球のみ、HQ-9(防空ミサイル)による迎撃を許可する。……残りの艦は……CIWSと回避行動で……耐えろ」

 沈の屈服。

 一発数億円の高級ミサイルが、数万円の風船を落とすために、太平洋の夜空へと次々と射出されていく。

 中国艦隊の貴重なミサイル在庫が、蘭の『算盤(コスト戦術)』によって、一方的にすり潰されていく。

 成層圏からの自爆気球フウゴ・ツーの雨。

 それは、中国軍の完璧な封鎖線を、文字通り頭上から蹂躙した、日本側の圧倒的な勝利の瞬間であった。

     * * *

 同時刻。日本国内。

 東名高速道路、由比PA(静岡県)付近。

 海沿いを走るこの美しい高速道路の暗闇を、一台の民間トラックが駆け抜けていた。

 宅配便のロゴが描かれたそのトラックの荷台からは、先ほど、三機の長距離ドローンが中国艦隊へ向けて射出されたばかりだ。

「よし、全弾発射完了! 撤収するぞ! 次のトンネルへ急げ!」

 コクピットで操縦桿を握る、徴用された元運送会社の男が、隣に座る自衛隊員へ叫んだ。

 ドローンの撃ち終わったゲリラトラックは、敵の報復から逃れるため、トンネルや高架下をハブ(アリの巣)として神出鬼没に移動する。彼らは、日本の発達した道路網そのものを、巨大なミサイル基地に変えた、陸のゲリラ部隊だった。

「……? おい、なんだ。空が……明るいぞ?」

 自衛隊員が、窓の外を見上げ、目を丸くした。

 深夜の由比の空。

 そこから、数条の『光の矢』が、異常な速度で降り注いできた。

 中国のロケット軍(第二砲兵部隊)が放った、中距離弾道ミサイル(DF-26)だ。

「あ……ああっ……!?」

 男がブレーキを踏む暇もなかった。

 マッハ10を越える弾道ミサイルが、トラックのわずか数十メートル前方の、高速道路の路面に直撃した。

 ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!

 淒まじい爆発。

 高速道路のアスファルトが泥のように溶け、コンクリートの高架橋が一瞬で崩壊した。

 ゲリラトラックは爆風に吹き飛ばされ、火ダルマになりながら、崩落した高速道路と共に、下の暗い由比の海へと真っ逆さまに墜ちていった。

     * * *

 同じ頃。静岡県内、日本平トンネル。

 ここを拠点ハブとしていた、数十台のゲリラトラック部隊にも、中国の弾道ミサイルの雨が降り注いだ。

 ドガァァァァァァン!! ズズズズン!!

 トンネルの出入り口が集中的に爆撃され、巨大な岩とコンクリートが崩落。

 トンネル内は完全に封鎖された。

 中にいた数百人の徴用工と自衛隊員、そしてゲリラトラックは、真っ暗なトンネルの中に、生き埋めとなった。

「……熱い。……空気が……足りない……。母さん……」

 崩れかけたトラックのコクピットで、一人の元フリーターの青年が、滲み出る血を流しながら、真っ暗な天井を見上げた。

 ただ、家族に配給のカロリー(パン)を届けるためだけに、ハンダゴテを握り、トラックを走らせた。

 だが、その彼の日常は、中国の放った圧倒的な暴力(弾道ミサイル)によって、呆気なく、そして残酷に叩き潰された。

 沈提督の冷酷な命令——『アリの巣の穴を塞げ』。

 日本のゲリラ戦術(気球)が海の敵を蹂躙したその時、陸では、日本の生命線である道路網と、そこに生きる国民の命が、一方的に削り取られていた。

 成層圏の白い風船と、燃える高速道路。

 第三次世界大戦は、ついにその『非対称戦』の、最も血生臭く、そして最も不条理な地獄の底へと、両国を引きずり込もうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ