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EP 2

人民解放軍の若き冷血『シェン提督』の登場

 東シナ海から遠く離れた、中国本土の地下深く。

 あるいは、絶対封鎖線の後方に悠然と浮かぶ、人民解放軍の最新鋭電磁式カタパルト搭載空母『福建ふっけん』の戦略指揮所。

 そこは、出雲の薄暗く汗臭いCICとは対極にある、塵一つない無機質で冷徹な空間だった。

「……愚かな。一隻の民間フェリー(デコイ)に、百五十発の魚雷を浪費しただと? コスト計算のアルゴリズムはどうなっている」

 ガラス張りの巨大なホログラム・テーブルを見下ろしながら、一人の男が静かに、しかし絶対的な冷気を伴って呟いた。

 沈威シェン・ウェイ中将、42歳。

 人民解放軍の東部戦区海軍を統べる、若き天才司令官。

 伝統的な大艦巨砲主義の老将たちを実力で蹴落とし、サイバー戦、ドローン、そしてAIを駆使した『現代非対称戦』の第一人者としてトップに登り詰めた、冷血の秀才である。

「し、沈提督! 申し訳ありません! 日本軍の放ったフェリーの音響偽装が完璧で、我が潜水艦隊のAIがAUKUSのイージス艦と誤認し……」

「言い訳は不要だ。AIが騙されたのではない。お前たちの『想像力』が、日本の狂気に負けたのだ」

 沈は、淹れたての龍井茶ロンジンちゃを一口啜り、タブレットの画面をスワイプした。

 そこには、日本の若林幸隆と坂上真一がこれまでに行ってきた『悪魔の戦術』のデータが、完璧にファイリングされていた。

「ハイウェイからのF-35B出撃。強制徴用によるドローン量産。そして、民間船を特攻させる幽霊艦隊ゴースト・フリート……。見事だ。資源を持たない弱者の戦い方として、これ以上ない最適解アルゴリズムを叩き出している」

 沈の顔には、敵に対する怒りや侮蔑はない。

 あるのは、純粋な『合理性』への賛美と、それを叩き潰すための冷徹な算盤そろばんだけだった。

「日本人は勘違いしている。非対称戦(ゲリラ戦)は、弱者の特権ではない。……圧倒的な『物理と物量』を持つ強者が、弱者のゲリラ戦を完全に学習し、物量で蓋をした時……弱者には、文字通り“何一つ”残らない」

 その時、戦略指揮所の巨大スクリーンに、けたたましい赤い警告アラートが表示された。

『——提督! 我が軍の沿岸レーダー施設、および海上封鎖艦隊の一部が、突如として攻撃を受けています!』

「AUKUSのミサイルか?」

『いえ、日本製自爆ドローンです! しかし、発射地点が海ではありません。日本の……『陸上』からです!』

 情報将校が拡大した衛星画像には、日本の東名高速や山陽自動車道を猛スピードで駆け抜ける、無数の『宅配トラック』や『冷凍車』が映し出されていた。

 それらの荷台の屋根が開き、走りながら次々と長距離ドローンを射出していく。

 撃ち終わったトラックは、すぐさま最寄りのインターチェンジやトンネル網へと逃げ込み、完全に姿を消す。

「……移動式ドローン発射台。日本の発達した道路インフラそのものを、巨大なミサイル基地に変えたか。……若林幸隆。恐ろしい政治家だ」

 沈は、感嘆の息を漏らした。

 しかし、彼の指先はすでに、反撃のコマンドを入力していた。

「トラックを追う必要はない。日本の高速道路網インフラの『結節点ハブ』を物理的に消去しろ。……第二砲兵部隊(ロケット軍)へ伝達。東名、名神、および主要な長大トンネルの出入り口へ、中距離弾道ミサイル(DF-26)を撃ち込め」

「提督! 民間インフラへの直接の弾道ミサイル攻撃は、国際的な非難を……」

「日本のインフラはすでに『軍事基地』だ。躊躇ためらうな。アリの巣は、穴を塞げば死滅する」

 沈の冷酷な命令により、中国大陸から数発の弾道ミサイルが火を噴いた。

 日本の『ゲリラトラック』の機動力を削ぐため、国土そのものを破壊する圧倒的な暴力。

 だが、沈がモニターから目を離そうとした瞬間、早期警戒機(KJ-600)から、信じられない報告が飛び込んできた。

『——て、提督! 日本列島上空、高度二万メートルの成層圏に、異常な熱源反応を多数探知! ……し、信じられません。偏西風に乗って、我が艦隊の頭上へ接近中! その数、およそ三万!!』

「三万だと……!? 航空機か? ミサイルか!」

 普段は沈着冷静な沈の参謀たちが、血相を変えて立ち上がった。

 しかし、沈は目を細め、衛星が捉えたその『白い球体』の拡大画像を見つめた。

「……気球バルーン、だと?」

『はい! レーダー反射断面積(RCS)は極小ですが、内部に爆発物とAI制御基板を搭載していると推測されます! このままでは、封鎖艦隊の真上で投下されます! 全艦隊に、防空ミサイル(HQ-9)による迎撃許可を!!』

 参謀が叫ぶ。高度二万メートルを飛ぶ物体を落とすには、一発数千万円もする艦隊防空ミサイルを撃つしかない。三万機の気球をすべて落とそうとすれば、中国艦隊のミサイル在庫は一瞬で空になり、国家予算規模の金が吹き飛ぶ。

 沈の脳内で、秒間数億回の計算が行われた。

 日本の町工場。粗悪な部品。風船。

 そして、それに釣り合わない自軍のミサイルの価格。

「……撃つな!!」

 沈の鋭い一喝が、指揮所に響き渡った。

「迎撃を禁ずる! それは日本のトラップだ! 五万元(約百万円)にも満たないゴミに、一発三千万元(約六億円)のミサイルを撃たせる気だ! 撃てば我が軍の防空網は丸裸になるぞ!」

「し、しかし! 放置すれば、気球から爆弾が降ってきます!」

「……」

 沈は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

 彼が構築した、絶対に抜けられないはずの太平洋の『鳥籠』。

 その完璧な封鎖線の頭上、はるか二万メートルの成層圏から、日本の放った『一発数万円の死神フウゴ・ツー』が、無数に降り注ごうとしていた。

「全艦隊、回避行動! 近接防御火器(CIWS)とレーザー兵器のみで対処しろ! ……日本め。どこまで我々をコケにすれば気が済むのだ……!」

 若き天才司令官・沈威の完璧な計算式が、日本の『狂った算盤(コスト交換比)』によって、初めて大きく狂わされた瞬間であった。

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