第三章 『Phase 3〜反撃のゲリラ戦と大艦隊決戦』
天才の最適解『成層圏の死神』
2027年10月上旬。
日本に一時の希望をもたらしたAUKUS補給船団の到着から数日後。太平洋は、人類史上最も強固で、最も絶望的な『絶対封鎖線』へと変貌していた。
「……中国海軍は、我々の“幽霊艦隊”の戦術を学習した。奴らはもう、大艦隊でノコノコと出歩くような真似はしない」
木更津港に停泊し、突貫工事で応急修理を受ける護衛艦『出雲』のCIC。
モニター越しに、永田町の地下にいる若林幸隆が、血走った目で戦況マップを指し示した。
日本列島をぐるりと取り囲むように、真っ赤な『網の目』が敷き詰められている。
「無人潜水艇(UUV)と、AI搭載型の自律型機雷群。……奴らは太平洋側の海中に、文字通り見えない『鳥籠』を構築した。次にAUKUSの輸送船団が来ても、今度は海峡に入る前に、海の底から無数の機雷が自動で浮上してきて船底を食い破る」
「……なるほど。海の水面(ルビ:サーフェス)も底(ルビ:ボトム)も、完全に塞がれたってわけか」
坂上真一は、伸びた無精髭を撫でながら、忌々しそうに舌打ちをした。
ドローンによる空の封鎖、そして機雷による海の封鎖。中国の描いた『日本兵糧攻め』の最終形態が、ついに完成してしまったのだ。
「なら、どうする。空自の戦闘機も限界だ。このままじゃ、二ヶ月後にはまた一億人が飢え死にするぞ」
坂上の問いに対し、コンソールの前で作業していた早乙女蘭が、ガタッ、と椅子を蹴って立ち上がった。
「……海が塞がれたなら、空の『一番高いところ』から、ゴミを降らせればいい」
蘭は、目の下に濃い隈を作りながらも、その瞳には世界最高峰のハッカーとしての鋭い光を宿していた。
彼女がメインスクリーンに表示させたのは、戦闘機でも、ミサイルでもない。
……巨大な『白い風船』の設計図だった。
「なんだこりゃ。気象観測用の気球か?」
「『成層圏の死神』。……私が町工場のおっちゃん達と設計した、新しいオモチャだよ」
蘭は、チュッパチャプスの代わりに配給の氷砂糖を口に放り込み、ガリッと噛み砕いた。
「第二次世界大戦で、日本軍がアメリカ本土を攻撃した『風船爆弾(ふ号兵器)』って知ってるでしょ? あれの現代AIアップデート版。……上空1万から2万メートルの『成層圏』に吹く偏西風(ジェット気流)に乗せて、この自爆気球を中国艦隊の頭上へ大量に飛ばすの」
CICの海自幹部たちが、ポカンと口を開けた。
「き、気球だと? そんな図体のデカい的、敵の防空艦にすぐ撃ち落とされるぞ!」
「撃ち落とせるもんなら、撃ち落としてみろって話だよ」
蘭は、極悪非道な笑みを浮かべた。
「おっちゃん達、いい? 高度2万メートルの成層圏をフワフワ飛んでる気球を撃ち落とすのって、実はめちゃくちゃハードルが高いの。普通の対空砲は届かない。迎撃するには、F-22みたいな最新鋭のステルス戦闘機を飛ばして、一発【6000万円】以上する最新の空対空ミサイル(AIM-9X)を撃つか、イージス艦から数億円の対空ミサイルを撃つしかないの」
坂上の目が、スッと細められた。裏社会で培った『算盤の嗅覚』が、この兵器の異常性に気づいたのだ。
「……蘭。その気球、一機いくらだ」
「日本中の町工場で、農業用のビニールとスマホのカメラ部品をかき集めて作らせた。……AI制御基板と爆薬込みで、一機【5万円】」
CICが、水を打ったように静まり返った。
「一発6000万円のミサイルを、5万円の風船に撃たせる……」
「そう。しかも気球はレーダー電波を反射しにくいから、敵は直前まで気づけない。もし敵がミサイルで撃ち落とせば、数千億円の『大赤字』を出して、勝手に弾切れ(すっからかん)になる。……で、もし放置すれば?」
蘭は、キーボードをターンッ!と叩いた。
「搭載された私のAIが、真下にいる中国艦隊のレーダー波と熱源を感知して、自動で気球を切り離す。……高度2万メートルから、重力加速度に乗った爆弾が、敵艦の急所にピンポイントで突き刺さる」
「……」
迎撃すれば大赤字。放置すれば死。
それはかつて、日本が中国のドローン群に味わわされた『飽和攻撃の地獄』を、極限までコストダウンし、さらに悪辣に進化させた『絶対勝利の計算式』だった。
『……お前たち。軍事(戦争)をなんだと思っている。悪魔の所業だな』
モニター越しの若林が、腹の底から愉快そうに笑い声を上げた。
『だが、私からのプレゼントはそれだけじゃないぞ、真一。……お前たちが海で暴れるなら、私は陸から援護しよう』
若林が切り替えた画面には、日本全国を網の目のように走る『高速道路』と、そこを走る無数の「宅配便のトラック」や「冷凍車」の映像が映し出された。
『ドローン工場に徴用した国民に、運送会社のトラックを改造させた。“移動式の長距離AI自爆ドローン発射台”だ。……名付けて【ゲリラトラック】部隊。普段はトンネルの中や高架下に隠れ、命令が出た瞬間、高速道路から中国沿岸部や艦隊へ向けてドローンを乱射し、即座に逃げる』
「……なるほどな」
坂上は、分厚い手で顔を覆い、喉の奥から低い笑い声を漏らした。
民間フェリーを特攻させ、風船に爆弾を吊るし、宅配トラックからミサイルを撃つ。
もはや、正規軍の誇りなど微塵もない。だが、国を守るために手段を選ばないその徹底した『ゲリラ戦』こそが、島国・日本の真の恐ろしさだ。
「上等だ。……蘭、若林。準備はいいな」
坂上が、血の滲むような闘争心で海を睨みつけた。
「てめえらが作った『鳥籠』ごと、太平洋を火の海にしてやる」
* * *
翌朝。
日本列島の各地から、無数の『白い点』が、秋の青空へ向けて静かに舞い上がり始めた。
偏西風(ジェット気流)に乗った数万の『成層圏の死神(自爆気球)』。
そして、東名高速や名神高速では、ごく普通の見た目をした数千台の民間トラックが、発射のハッチを開き、長距離ドローンのエンジンを唸らせていた。
第三次世界大戦、日本による反撃のゲリラ戦が、ついにその狂気の牙を剥いた。




