Ep.50
知らなければという、半ば脅迫じみた信念に突き動かされるようにユイは調査を進める。
黒幕や、クモにつながるようなものを見つけるために、片っ端から建物を復元していた。
「ここは……」
そこは、かつてリリィがヒカリを殺した場所の、リビングルームだった。
そこで、まるで過去の残影のように、リリィがヒカリを刺す場面が再生された。
同時に、今までは涙のように垂れていた黒い涙が、鼻や口からも溢れ出す。
「うぉぇ……おえぇ……」
強烈な不快感とともに、その黒い物体を飲み込む。
「ユイ……」
「ボクは大丈夫。それよりも……」
目の前に広がる凄惨な光景。半透明に見えたリリィの影が、より黒くなる。
どす黒いリリィの感情が可視化されたようなものだった。
「これって……」
「多分、黒いスライム……なのかな」
自身の先程の状況も、おそらくは黒いスライムによるものだろう。
しかし、今目の前にあるものは、それよりももっとおぞましく、恐怖すら感じるようなものだった。
「なんか、怖い」
ルゥの感じたことは、ユイにも伝わっている。
その恐怖に、一歩下がったほどだった。
そして、その光景が終了する。
「今の……なに?」
「わからない……でも多分、ボクの『復元』によるもの……のハズ」
リビングルームを復元したと同時に、今の光景は流れた。考えられるのは……
「……過去の出来事の『復元』?」
「ボクが言うのもなんだけど、そんなこと可能なの?」
だが、実際に今目の前に再生されたことは、過去の出来事だった。
「可能だからこそ、たった今その光景が流れた、という方が自然」
「まぁ……そうだけど」
そこで、一つ思い出したことがあった。
この屋敷で起きた二回目の殺人事件……つまり、物置部屋だ。
ユイは、一階を一旦全て復元し、つづけて二階の復元を行った。もちろん、物置部屋をはじめに行った。
「これは……」
そこに流れたのは予想通り、ウミとキヨの姿だった。
拘束されているウミが、キヨに物置の奥へと連れて行かれている。時間が経つほどに、キヨの中の黒い存在がより鮮明になっていく。
「うおぇ……」
ユイも、再び鼻と口から黒いものが流れ出る。
記録の復元を行うと、どうやらそうなってしまうらしかった。
「これって……」
黒いスライムがおぞましくなっていくのはさっきも見た流れだった。しかし、先ほどとは違う点もあった。
「ウミは……なにをしている?」
ウミが、手を伸ばしていた。キヨへの爪痕なら、既につけられている。
なんなら、キヨは既に居なかった。
それなのに、ウミは死ぬギリギリまで、虚空へと手をのばしていた。
「まさか……『等価交換』?」
ウミの能力をルゥは知っていた。
もし、そこになにもないのに手を伸ばしているなら、能力の発動と考えるのが自然だった。
「でも、何と交換したんだろう?」
「わからない」
ユイの疑問に、ルゥは答えられなかった。
実際、何を交換したのかはさっぱりだ。
本人に聞こうにも、こちらからは何も干渉できないようだった。
「あ……」
やがて力尽きたのか、その手も落ちる。しかし、そこにはメッセージが残されていた。
「『2』……?」
ちょうど、死体の壁側の床、よくよく見てみると、小さく『2』と書かれていた。
「なんのことだろう……」
あまりに見にくい場所のせいで、おそらく調査の時に見落としていたのだろう。その数字の存在を、二人はたった今初めて知った。
「2……考えられるなら、二階とか二番とか、タロットだったら『女教皇』だけど……なんか関係あったっけ?」
「……わからない」
二人はその場でうーんと考える。
「二階、もしかして、地下二階があるとか?」
「まさか」
ルゥ達はここに来てからずっと牢屋で寝泊まりをして過ごしているのだ。もちろんもう地図を見なくても自由に部屋を移動できる。
それほど暮らした場所に、まさかあるとは思っていなかった。
「……あったね」
「……うん」
牢屋の間取り。どこもおかしなところはない。
ただあったのは、隠し階段のようなものだった。
最も奥の、行き止まりとなっている場所。その壁に隠されるように、階段が存在していたのだ。
ここに暮らしていたときには、壁のことを見向きもしなかったため、気づけるわけがなかった。
「……ボクは行くよ」
「もちろん、ついていく」
二人は迷わず階段へと足を踏み入れる。
暗い階段、足から伝わりに全身へと広がる冷気。その二つが二人の恐怖心を掻き立てるが、ユイは知りたいという欲求で、ルゥはユイが居ることへの安心感で、その恐怖を押し殺していた。
やがて、最下部へとたどり着く。
「……研究所?」
ルゥが呟く。そこはまるで研究所のような場所だった。
今いる部屋は少し狭いが、開きっぱなしの扉の先に、広い部屋が見える。
「これは……なんだ?」
ふと、ユイは机の上に広がっている資料を手に取る。
そこには、極秘という文字がでかでかと書かれていた。
そんな事が書かれていたら、読みたくなってしまうのが人間の性だ。
「どれどれ……」
ユイは、その文書を読み進める。
内容はまとめるとこうだった。
・第一回、二十一人の少年少女から、『女帝』、『皇帝』、『教皇』、『力』、『運命の輪』、『正義』、『死』を回収。
・第二回、十七人の少年から、『女教皇』、『戦車』、『隠者』、『節制』を回収。『愚者』の回収に失敗。
・第三回、十五人の少年から、『魔術師』、『恋人』、『太陽』を回収。『愚者』の回収に失敗。
・第四回、十三人の少年少女から、『吊るされた男』、『塔』を回収。『愚者』の回収に失敗。
・第五回、十三人の少女、現在進行中
そこには、運命の回収についてまとめられていた。
そして何度も失敗している『愚者』の回収。
最後に、現在進行中。これはおそらく、ユイ達のことだろう。
「ユイ、こっち来て」
資料を読み漁っていたら、ルゥに呼ばれた。ルゥもまた別の資料を読んでいた。
「これ、サクラのことじゃない?」
そこに書かれていたことは、とんでもない暴言だった。
『くそ、「愚者」のやつがコソコソ動き回ってるくせに一向に足取りがおえない。くそが。これだから厄介なんだ。手紙を書いてるのは見たのに、場所がわからん。クソクソクソ……』
それ以上は読む価値がないほど暴言に満ち溢れていた。
「『愚者』って、どんな運命なんだ?」
ユイの疑問が声に漏れる。
しかし、この部屋にそれに答えられる人物は居なかったのだった。




