Ep.32
ヒナタの記憶が一部喪失した。
ということが当たり前になって数日。今日もヒナタは何も思い出せていない。
だが、生活は何も変わっていない。
もはや、ヒナタが記憶を失っているということさえ忘れてしまいそうなほどに、いつもの日常は進行していった。
「今日は図書館にでも行きましょうか!」
「今日はって……昨日も行ったでしょ」
朝食を食べ終えたヒナタ、サクラ、アズキ、ユイの四人は、今日という日を何して過ごすか決めていた。
「えへへ、そうでしたね! まぁ二日連続になっても大丈夫ですよ!」
サクラはそう行って皆を連れて図書館へ行く。
全員別に図書館が嫌というわけでもないので、おとなしく全員で行くこととなった。
「図書館、やっぱ広いですねー! 誰もいませんが!」
図書館はとても広いスペースだが、絶望的に人気がない。殆どは、レクリエーションルームや休憩室、ラウンジや庭などで過ごしているからだ。
「ヒナタさん、こっちに来てください」
サクラが、小声でヒナタを呼ぶ。どうしたのかと、小走りでヒナタもサクラのもとへ向かう。
「ちょっと懐かしい話をしましょうか。覚えてますか? アズキさんと初めてあった日に話してたことを……」
「……ごめん、思い出せないや」
それは、アズキが扉の外で盗み聞きしていたことにより中断されていた話だった。
「……私たちがクモに何を求められているか、ですよ」
「そんな話をした……気がする」
うろ覚えだが、ヒナタにも記憶があった。
しかし、その時その場に居たヒカリやキヨのことは思い出せなかった。
「私たちを勝手に連れてきて罪人みたいな場所で寝させる割には食事は豪華だし庭は広いし……なにより自由すぎます。そうは思いません?」
「確かに、言われてみれば……」
サクラの言う通り、はじめは寝る場所として提供された場所が牢屋で驚いた。中は生活用具が整い、意味のない窓まであるが、牢屋は牢屋だ。犯罪者を閉じ込める場所なのだ。
しかし実際の待遇はそんなことはなかった。
刑務作業なんてものは存在せず、あるのは豪華な食事、大きな庭に楽しいレクリエーションルーム、そして一日の殆どを占める自由時間だ。
「そのうえ、私たちには『運命』とかいう謎の能力を授けています。この私にも、クモが何をしようとしているか、何を求めているのか、検討もつかないんですよ」
サクラはそこでうーんと唸る。
しかし、いくら考えても答えは出てこなかった。
「あ、そういえばなんですけどね? せっかくだし今教えておきます。私の『愚者』、こんな事ができるんですよ!」
おもむろにサクラは一冊の本を取り出す。
「この本の内容、よーく覚えてくださいね?」
ヒナタは、言われたとおりにその本の内容を覚えた。
短い本だったので、そこまで苦労せずに読み切ることができた。
「それでは行きますよ……」
そして、サクラがぶつぶつと呟く。
「どうです? その本の内容、覚えていますか?」
「あれ……なんだっけ」
ヒナタは、その本の内容を綺麗サッパリ忘れていた。
「ふっふっふ、これが私の能力、五感や記憶を欠けさせる事ができるんです!」
そこまで言って、サクラは胸を張る。
しかし、その自信のある様子も、すぐにしぼんでいく。
「……最初は、ヒナタさんの記憶は私の能力が悪さしてるんだと思っていました。しかし、私の能力にはどうあがいても制限があるんです。時間制限があるんですよ。どれだけ長い間それを忘れさせていても、六時間以内には解除されて思い出される……はずなんですよ」
サクラは、自身の能力をよくわかっていた。
アズキやユイにも協力してもらい、自身の能力をより深くわかっていた。
だからこそ、はじめはヒナタの記憶喪失は自分のせいじゃないかと思った。
しかし、何時間経っても、何日経っても、ヒナタの記憶が戻る様子はない。
「サクラちゃん……」
「ごめんなさい。らしくないところ見せてしまいましたね」
サクラの様子は、いつも以上に弱々しいものだった。
「そこの二人は何してるんですか?」
気づいたら、アズキが直ぐ側に居た。いや、アズキだけでなくユイも来ていた。
「なになに~、ボクを差し置いて楽しいことしてるの?」
「そんなことないですよ! ただ本を読んでもらっただけです!」
ユイの質問に対し、サクラは少しはぐらかす。
「ふーん、まぁ、ボクも読んでほしい物があるんだよね」
そういって、ユイは懐から一冊の本を取り出した。
「なんですか? これ」
題名は何も書かれていない。それどころか、表紙すら存在していなかった。
サクラが本を受け取り、ページをペラペラと捲る。
中には、普通の本のような印刷された文字ではなく、人によって書かれたかのような文字がびっしりと敷き詰められていた。
「えーっと、なになに……『二十一人で暮らしていた……一人死んだ……一人処刑されていった……もう残りは私たち三人だ……ああ、死んだ』……なんか物騒なこと書いてますね!」
そこに書いてあったのは、まるで日記のように書き記された記録だった。
「明らかにさ? これって私たちと同じ状況だよね? 人数は違うけどさ」
ユイの言う通り、そこに書いてあったことは現在のヒナタ達と似ていた。
「処刑……」
「あれ、ヒナタさん処刑のことは覚えているんですか?」
「あ、うん……あれ、でもなんで……」
ヒナタは処刑自体は覚えている。しかし誰が処刑されたか……つまりはリリィやキヨのことは思い出せなかった。
「とにかく、この本によれば多分過去にも同じ事があって、それをどうにか記したこの本が図書館に置かれていた……っていうことなんじゃないかな?」
そこに居た全員は、ユイの言うことに納得する。
そして、ユイの言うことが本当ならば、過去にも自分たちと同じようにここに囚われ、そして処刑された存在が居るということだった。
「なるほど、あの黒いスライムはもしかしたら過去に処刑された人たちかもしれませんね!」
そして、サクラの発言も信憑性が増す。
処刑されたリリィやキヨは、どちらも最後に黒いスライムとなった。
ならば、もし過去に同じ事があれば、同じように黒いスライムとなった存在も居るはず、というわけだ。
「それは……ちょっと笑えないです……ね……」
アズキは、肩を震わせている。それは恐怖からくるものだった。
「大丈夫ですよ! アズキさんをあんな黒いスライムには私がさせません!」
サクラはそんなアズキを励ます。
ヒナタも、黒いスライムのことは覚えていた。
「それにしても、探せばまだこんな感じの情報がここには眠っていそうですね!」
サクラはウキウキとした表情で図書館を見渡す。
まだまだ呼んでいない本はたくさんありそうだった。
「それじゃあ、どんどん探していきましょう!」
サクラのテンションが上っていく。
そこからは一日中図書館に入り浸っていた。昼食を食べては図書館、夕食を食べて寝るまで図書館、そうして特にこれと言った情報を見つけることができぬまま、今日という日を終えるのだった。




