3―4 広島へ その四
ハァイ、最上美耶だヨ。
第二陣で船内見学を終えた後、水着に着替えて、運転席のあるデッキに戻って来たけれど、お姉ちゃんが終始にこにこしていることに気づいた。
これまであまり見たことの無いお姉ちゃんの笑顔だった。
何の屈託も無く、矢田さんと話をしている。
いつものお姉ちゃんなら、男の人と向かい合う時って、ちょっと怖いぐらいの目つきで用心しているのが分かるのに、今日はマリーナで矢田さんに会った時からそうなんだ。
少なくとも知らない男性とはほとんど口を利かないし、お兄ちゃんと接する時とも感じが違うね。
お姉ちゃんの違う一面を見た気がしたけれど、多分、これが恋をしたときの顔なのかな?
とってもきれいだし、私でも可愛いと思う。
そう、・・・。
福山での結婚式から帰って来た時から少し雰囲気が違ったようには思っていたけれど、その後に休みの日に珍しく丸一日外出した時から、雰囲気がすっごく変わったと思ったもの。
きっと、あれは、初デートだったんだと思う。
だから、福山に行って矢田さんと会っていたんじゃないのかな?
だって、この船の事を教えてもらう機会が他にはなかった筈だもの。
お姉ちゃんの休みは、変則的だからね。
土日に休みが当たることがなかなか無いんだ。
矢田さんとデートするなら、矢田さんが会社経営者なら、きっと毎日忙しいだろうから、会うのには土曜日か日曜日しかない筈。
お姉ちゃんは、私やお兄ちゃんには何も言わなかったけれど、お母さんにはちゃんと行先を言ってから出かけていたみたい。
私がその日少し遅く起きた時には、お姉ちゃんがもう出かけていて居なかったから、お母さんに「お姉ちゃんは?」って聞いたら、お母さんがくすっと笑いながら言っていたんだ。
「うん、ちょっと遠出のようだよ。
夜には帰って来るって。」
その時は別に不思議にも思っていなかったけれど、多分、お母さんも何となく男の人と会う為と感づいていたんだと思う。
帰って来た時のお姉ちゃんの服装が、普段と全然違っていたもの。
お姉ちゃん、滅多に余所行きの服装をしないんだ。
他所行きの服装をしたら、外で男の人に声を掛けられまくって困るんだって。
だから、市内に買い物なんかに出かけて行くときは、ものすごく地味な服装をして、マスクをかけていることが多いんだ。
出勤の際の服装も大体似たようなものだよね。
多分できるだけ目立たないようにしているんだと思うけれど、そんな恰好をしても、お姉ちゃんはスタイルが良いから絶対に目立つはずなので、諦めたほうが良いと思うけれど・・・。
まぁ、仕方がないよね。
でも、今日のお出かけスタイルはしっかりと他所行きの服装だった。
だから、お姉ちゃんのお友達もきっと感づいていると思うよ。
女は恋をすると綺麗になるっていうけれど、お姉ちゃんはそれを地で行っているね。
上手く行けば、玉の輿になりそうだしね。
私もお姉ちゃんの恋が実ることを祈っています。
だって、矢田さんて、私でも格好いいって思うもの。
ラフな服装の時も精悍だったけれど、厨子が浜海水浴場に到着して船が錨泊してから、すぐに船室に入って、水着に着替えて出て来た時にびっくりしたよ。
体形としてはスリムなのに、腹筋が割れているんじゃけぇ。
だけど、ボディビルのように筋肉ムキムキじゃない。
ボディビルダーの身体はチョット敬遠したい感じだけれど、矢田さんの身体はより男らしさを感じさせると思う。
で、うまくすれば将来相方になるであろうお姉ちゃんが、またまたすごい。
いわゆるボインボインなんだよね。
ボインも大きすぎると嫌味になるんだけれど、お姉ちゃんのは、女の私が見ても恰好が良いと思うもの。
因みにお姉ちゃんの水着は、これまでの地味な水着じゃなかったね。
きっとこの日のために新調したんじゃろうと思う。
ちょっと、大人し目のセパレーツタイプで、パレオをつけている。
この格好で、お姉ちゃんが砂浜を歩いたら、絶対に若い男の人が振り向くじゃろうね。
矢田さんが着替えて、甲板に上がって来ると、すぐに、船尾で何やら作業を始めた。
折りたたんだものに、エアーボンベの空気を充填すると、大きな浮体になって、船尾につながれたよ。
それが二つで、一つは天井が無くって日光が直接当たるけれど、もう一つは日覆いがついているから日焼けしないで済むような浮体。
私は高校生じゃけぇ、余り気にしないけれど、お姉ちゃん達お年頃の女性はきっと日除けの付いた方が使いやすいのかな?
矢田さんは、それ以外にもゴムボートを膨らませ、船外機を取りつけていた。
どうやら、必要なら、ゴムボートで、砂浜にも運んでもらえそう。
でも船の中に必要なものは揃っているから陸に行く必要は無いような気がするね。
矢田さんの準備が整ったらすぐに海水浴のつもりじゃったけど、その前に矢田さんが提供してくれたのは二の腕に取り付ける救急用のブイらしい。
船が錨泊しているのは、砂浜から250mほど離れた場所で、水深が10mほどもあるところなんだ。
今日の参加者は、皆泳げるようだけれど、足がつったりすれば溺れることもあるので、念のため二の腕につけておけば、万一の場合、この二の腕につけるちょっとした道具で浮体が飛び出す仕組みになっているので、それに掴まっているだけで溺れなくて済むようだ。
しかも、普段泳ぐときには、ほとんど抵抗にはならない。
浮体が飛び出してからは、逆に泳ぎにくいらしいけれどね。
お父さんとお母さんは、水着姿にはならず、船首部で釣りをするそうじぇけぇ、別のごつい救命胴衣を着けさせられていた。
いずれにしろ、お父さんが釣りをするようじゃから、余り船首方向には行かんようにしなきゃいけんね。
矢田さんは、人数分のシュノーケリング用具も人数分揃えていてくれた。
アクアラングによるダイビング用具も準備はしているらしいけれど、民間の資格が無いと危ないから駄目と言われました。
残念だけれどボンベを背負っての潜水は駄目みたい。
矢田さんはスキューバ・ダイビングの資格を持っているようだけど、指導員の資格までは持っていないそうですよ。
指導員の資格を取っていれば私も教えてもらたじゃろうに、残念至極。
エアーボンベも6本は用意しているんだって。
いずれにしろ、矢田さんから泳いでも良いよと許しを貰って、私たちは早速船尾から海に入って船の周囲で泳いだよ。
うん、とっても水がきれいだ。
シュノーケルとダイビングマスクをつけていると、海面からでも海底が良く見えるし、小さな小魚やカニまでも見えるんだよ。
これは、私も初めての経験だよ。
以前、坂のベイサイドビーチには行ったことが有るけれど、こんなに沖までは出たことが無かったし、人が多かったのは覚えているけど、海底の様子なんか全然覚えていないよ。
きっと、余り透明度が良くなかったんじゃないのかな?
チョット潜ってみたけれど、私では、海底まではたどり着けなかった。
そんな中で矢田さんは、スゥっと潜って行って海底の砂地で何かを掘り出して来た。
何だか見た目に綺麗な貝殻を複数拾って来たみたいじゃった。
船に上がった際に、矢田さんは、サクラガイとタカラガイだよと教えてくれ、希望者にはくれるという。
私とお姉ちゃんが真っ先に手を揚げ、お姉ちゃんのお友達がその次、そうして残っていた一つがお兄ちゃんの手に渡った。
私がもらったサクラガイは、ピンク色のとてもきれいな貝殻だった。
因みに深く潜るコツを聞いたら、5m以上の深さの場合は、息を止めるだけじゃなくって耳抜きと云う動作をしないといけないんだそうだよ。
海に潜るにしたがって、海水の圧力が高まるんだけれど、息を止めているだけでは体内の気圧が海水の圧力に負けてしまうんだって。
で、無理をすると耳の鼓膜が破れちゃうんだって。
それを防ぐためには、息を止めたまま鼻を塞いで、フンと鼻をかむような所作をすると、エウスタキオ管を通って鼓膜内部に空気が送られ、深いところまで潜れるんだって。
海女の人達は、素潜りで15m以上も漏れるけれど、こういった所作をしているから潜れるんだね。
因みに、アクアラングを使った潜水でも必要に応じて何度かこの耳抜きと云う所作をしなければいけないんだって。
矢田さんって本当に物知りだよね。
広島から厨子が浜海水浴場に来るまでの間にも、周辺の島の名前や色々な昔話なども教えてくれていた。
それでいて、広島や周防大島の海域には来たことが無いんだって。
矢田さんがこの船を使ったのは延べで12日ぐらいで、主に燧灘や備讃瀬戸の周辺海域だったんだって。
だから、安芸灘には来たことが無いらしいんだけれど、今回この海域を航海するので事前に色々と調べて来たらしいよ。
特に船を動かすには、船が航行する上で危険な個所等を事前に覚えておく必要があるそうで、そのついでに雑学も仕入れたそうです。
私が聞いたことは何でもきちんと返してくれるから、何だか先生みたいな人じゃね。
泳ぎ始めてしばらくして、お昼の時間になった。
操縦席の後ろにあるリビングで皆で食事をする。
流石に全員は座れないのでお姉ちゃんと矢田さんは後部甲板のところで一緒に座って食べていたよ。
お好みで食べられるように、イタリア料理がバイキング方式でたくさん並べられていたよ。
そうしてお父さんやお母さんのために牛丼と和菜が用意されていた。
無論、みそ汁もだけど、全部手作りのモノを保管していて、電子レンジんでチンした料理の様だった。
お味は?
うん、とっても美味しかった。
これなら立派に主婦じゃなくって、主夫になれる腕前だよ。
女が料理っていうのは古い考え方。
今のアルファ世代は、絶対に男子だって料理ができなければ婿さんにはなれないと思うよ。
少なくとも私が婿さんを選ぶときには、仕事も出来て料理もできるそんな人を選ぶつもりだよ。
お姉ちゃんは古風な考え方をするじゃけぇ、どうなのかは知らんけど、絶対矢田さんを逃がしちゃだめだよ。
私は矢田さんとのお付き合いを応援するよ。
頑張りんさい、瑠偉姉ちゃん。




